第6
「あの、先生、先生」
「何、遠くて聞こえない」
「せんせえっ」
「それとも声が小さいのかな。おや、なんでそんな遠くにいるんだよ、じゃなきゃ叫んでくれ」
「ぜは、ぜは、ああああしが速すぎて、お、追いつけませ、ん」
「走ってないし、歩いてるだけだし、行く先は言ってあるんだから、先回りしてくれてもいいんだよ?」
「……はい」
「うーん、いっぺんに言い過ぎたか。いいかい、ローラ、僕は止まらないし、歩く速さも変えない。この速度じゃないとスケジュールが間に合わないからね。まずは追いつきたまえ、走ってもいいし、外なら自転車を使ってもいい」
「自転車……」
「そうだ。ブツが必要だね、構内での使用許可も要るかもしれん、停める場所に制限があるかもだ。これらは別の作業になるが、その先で一つのことが実現する。これが準備というやつだ」
「準備……」
「時間がかかっても、行動すれば必ず結果が出る単純な作業だよ。それまでは、まぁ、せめて、僕の所在を見失わないこと。伝えておいた行く先を覚えたりね。幸い僕は他より背が高いし、背幅も広い、目立つはずだ」
「わかりました」
「よろしい、じゃあ再開」
「あの、先生」
「なに」
「授業はいつするんですか?」
「毎日ちゃんと仕事してるよ、僕は」
「……わたしの授業です」
「弟子に授業はしないよ」
「え……?」
「師匠の技は盗んで覚えるものだからね」
「そん……」
「ただそれ以外は教える。その意味はいずれわかるだろう。……急ぎたまえ、置いてくよ」
「待っ……」
「待たない」
「行きますっ……」
「ところで、弟子にして助手よ、行き先を僕はどこだって言ったかな? キミに」
「会議室です」
「会議室も各種あるよね」
「……ナントカのナントカ」
「どこだよ……絶対たどり着けないやつじゃん、怖っ、想定以上に君は怖いな。言われた時になんで具体的な場所を、思い浮かべておかないんだい」
「会議室の名前が暗号みたいで、数字を覚えるのは、に、に、苦手なんです」
「そうですか……ピンポイントに扉のプレート目指すんじゃアリマセン。その扉がどこにあるのか考えるのが先だよ。今、向かってるのは中央棟、組織の指揮系統が集まってる所だ、総官もいらっしゃる。十階建てで重要な会議室はより上にある。センターの頭文字をとって、部屋の呼び名にはCが付いてる」
「そ、そうなんです、か」
「これからC–901で会合がある。重要な話し合いが行われる、つまり、だいたいの場所に予想がつくといいんだが?」
「はい、たたたたぶんっ」
「来られるところまでおいで。僕を見失うなよ、ローラ」
「はいっ……」
「オルガ様、お疲れさまでした」
「終わるまで待っていたのですか、ジリアン」
「いえ、お声が聞こえましたので、お迎えに参りました」
「いい子ですね」
「お荷物をお持ちします。回廊を開くのは、建物の外に出てからでよろしかったでしょうか」
「九層から上は私の結界がありますからね、階下に降りたら、もう構いませんよ」
「は……では、こちらへ」
「あ、おお、お久しぶり、です……」
「? 誰です、お前は」
「っ……」
「オルガ様、その者は……。いえ」
「口がないのですか? 聞いているのです」
「わ……たし、……」
「自分の教え子を忘れたのかい、薔薇の魔女?」
「覚えていますよ」
「気に入った子だけだろう?」
「余計なことを覚えていないだけです、ウォレス」
「そんなに都合よくねぇ。アンタには情ってもんがないんですか? お迎えご苦労様だね、ジリアン、にらまないでくれよ。魔女殿にとってこれはほめ言葉なんだ」
「情を失くせたらどんなにいいでしょうね? この
「こっちのこれは、悪い子だったということかな」
「そのように考えたことはありません。
「その通りです。この子を無下にしているようで、面白くなかったんだ。オルガ、彼女はローラ・ケンハート、僕の弟子です」
「そうですか。では、無作法は師の責任ですね。ここへ入れるなら、質問にくらい答えられるよう指導すべきですよ」
「ジリアンくん、僕にメンチ切ったけど」
「私や貴方はどう扱われようと構わないでしょう。あの態度では先が思いやられます」
「もっとお偉いさんね。はい、以後気をつけます」
「では、先を急ぎます」
「はいはい、どーも。……さて、おや、ブーゴイさん、見てました?」
「白々しいな、無視して通れと言うのか? ……弟子とは、忙しい男だな」
「そこ?」
「会ったかもしれんが、ワシがエイブラハム・ブーゴイだ」
「……あ、……はい」
「ローラ、そこは名乗れよ!!」
「キレるな、ウォレス。……初対面なら、所属と名前を言うものだ」
「……あなたは自分の名前しか言わなかったのに?」
「寮生ならみんな知ってるからだよ! 忘れる顔じゃないでしょ、これ」
「コレって、ウォレス、お前」
「ブーゴイさんは、入局式、前期、後期の始業式でもあいさつしてたよ、名乗った本人がむしろエライよ!」
「だが、敬意を払われていないと感じたのなら、申し訳なかった。元陸軍所属、現退治局郊外対策、総司令官だ。局員の養成課程においては、機動部の長官を務めとる」
「う、私は、……教養部の長官ウ、ウォレス・グ、グロッケンスピールの、ででで、弟子になりました。い、一週間前。ローラ・ケンハート、です」
「噛み噛みだよ」
「よろしい。たしかに言い慣れる必要はあろうな。……ウォレス」
「はい?」
「魔女にあまり突っかかるな。互いに孤立するつもりか」
「歩み寄ったって、あの人の秘匿主義は変わりませんよ。いったいあの魔物たちはどこから仕入れてくるんだかな?」
「なんでもいいが、ケンハートを思うならなおのこと、正面から怒らんとあの女には刺さらんぞ」
「お互いに昔の顔を知ってるから、構えちまうんですよ」
「だからか、警戒とはらしくもない。いい機会だ、解消しろ」
「かんたんに言いますね」
「かんたんだ。道は先にしかないからな。戻らぬ過去などなかったことにせい」
「ブーゴイさんの遺言だと思って、うけたまわっときます」
「縁起でもないなっ!」
「そこで大笑いとか。……行くよ、ローラ。じゃ、僕らはこれで」
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