そこに、居場所があるなら

中梨涼

第1話 正義の盗み聞き

 盗み聞きはよくないことですが、とんでもない、これは正義のためなのです。

 具体的には、肝試しでどうしても祟りたいと言っている仲間を止めるため。

 私は今日も、部屋の隅の暗がりで、ぴいんと聞き耳を立てています。


***


 夏休みも終盤に差し掛かった日の夕方。

 ここは山の中腹にあるお寺です。本堂では、小六の兄と小四の妹が向かい合っています。

 兄は悲痛な面持ちで、妹に頭を下げておりました。

「だからさ! 宮子も肝試しなんかやだって言ってくれよ!」

 宮子はうるさそうに兄をにらむと、DSの画面に目を戻しました。その様子をあざ笑うかのように、セミの声が響きます。

 兄のヒロは無視されてもなお、妹の気を引こうと必死でした。顔を上げると、真剣な目をして手を合わせてます。

「うちの寺が会場候補だって話したら、お父さん、乗り気になっちゃってさ。そうなると寺の息子であるオレが不参加とかまずいじゃん。宮子だけが頼りなんだよ」

 お寺の息子であるくせに大の怖がりなヒロは、もう一度頭を下げました。

 ヒロは頭は良くなかったけれど、顔と運動神経はよく、そこそこの人気がありました。

 これからも学校でかっこいいヒロであるためには、今年から始まる町内の肝試しはあってはならない行事なのでしょう。ああ、見栄っ張りの男の子の悲しさ。

 宮子はタッチペンを動かしていた手を止め、首筋にかかっていた髪をかゆそうに払いました。

「つーかお兄ちゃん、かっこ悪いとこ見せたくないだけなんでしょ。バッカじゃね?」

 図星を指された挙句、軽蔑の表情で見られたヒロは口元を凍りつかせました。

 辛辣な妹はため息をつくと、DSのふたをパタンと閉じます。

「だいたいあたしに何しろって言うの。町内会長のヅラをむしりとってきて、脅しをかけるとか?」

「できるもんならやってほしいけどさ」

 ふたりとも、真顔で会話のキャッチボールをしないでください。

 ヒロは大きな目を伏せ、しばらく考えていましたが、やがて明らかに自分の案に自信がないと思われる、へろへろした声で言いました。

「お前さぁ、霊感あるじゃん。……だから、この寺は呪われてる、とか……」

 そのとき。

 宮子が不意に、こちらの方を見ました。

 ばっちり目が合ってしまった私は、あわてて開け放してある戸の方へ顔を背けます。

 しばらくの間。

「……宮子?」

 ヒロのおどおどした声が聞こえました。

 私は顔をそのままにして、目だけ兄妹の方を見ました。

 宮子はまだこちらを見ていましたが、その目には“なぁんだ”という色が浮かんでいました。私の盗み聞きには前科があるので、もう慣れてしまったのでしょう。

 私としては、ばれるたびにドキドキして不整脈が起こりそうですが。

 一方ヒロは気になって仕方ないようなのに、決してこちらを見ていません。額に汗を浮かべたまま、明るい夕日が指す境内の方へ無理やり視線をさまよわせています。

 まるでこちらを見たら最後、暗闇の果てに引きずりこまれてしまうとでもいうかのように。

 そんな彼の様子が情けないやら可愛らしいやらで、私はちょっと笑ってしまいました。


 暗かろうが明るかろうが、怖いものは出ますのにね――私のように。


「ね、ねぇ! 宮子ってば!」

 いよいよヒロは真っ青になって立ち上がろうとしました。

 兄の様子に気がついた宮子は、いたずらっぽく笑います。

「なんでもなーい。それよりさ、お兄ちゃん」

「なっ、何?」

「漏らすのが怖いなら、尿取りパッドで解決できるよ」

 しばし唖然としたヒロですが、すぐに眉をしかめて怒り出しました。

「できるかよ! 臭いでばれるだろ!」

 あらあら、つっこむところはそこじゃないでしょう。

 私はあきれてしまったのですが、宮子は兄によく似た顔をゆがめ、笑いをこらえています。

 余計にそれが癇に障ったのでしょう、ヒロはむっとしたまま、宮子をにらみつけました。

「真面目に考えろよ。兄のオレがお化けにギャーギャー言ってたら、お前だって恥ずかしいと思わない?」

「その前に自覚があるなら、怖がり直そうと思わない?」

 わざと似たような口調で言い返されて、くっそぉおおおと頭を抱えるヒロ。

 宮子はげらげら笑っています。ちょっと、どうにかならないんでしょうか、この兄妹。

 これじゃあ話が進まないな、と私が思っていると、急にがばっとヒロが顔を上げました。

「じゃあこれはどう?! 協力してくれたら、DSの新ソフト買ってやる!」

 とうとうもので釣る作戦できましたか。

 しかし、急に宮子の目の色が変わったのを見ると、効果はてきめんだったようです。

「何個?!」

 うげっといやぁな顔をするヒロ。

「どんだけねだる気だよ! 一個! 一個だよ!」

 あわててヒロが言うと、宮子は納得行かない表情をしながらも、分かったと言いました。




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