こーして××は敗北しました。

中梨涼

第1話 五万人の勇者たち

「どうすればいいんだ! このままじゃ……全滅だぁ……!」

 東の果てにある、魔界の城の最上階で。

 若い男が、泣き出しそうな顔をして、頭を抱えておりました。

 その者、光の剣を携え、ここまでたどり着いた、人間の勇気ある若者――勇者。


 ……それなら、よかったのですが。


 残念ながら頭を抱えているのは、勇者ではなく、魔王様その人でした。




「無理だよぉ……。勇者って、普通、少数精鋭で来るものだろう?」

 円卓に突っ伏し、頭に生えている角をぷるぷる震わせながら、魔王様は問いかけました。四天王のうち三人の魔族が席についていましたが、皆目をそらすばかりで、誰も答えません。

 円卓の中心には、魔力のこもった水晶玉が輝いています。遠くで起こっている物事を映す、優れ物のアイテムです。そこから、腹の底が痺れるような、緊張を孕んだ喧騒が聞こえてきます。

 聞こえるのは、人間の大群が、この城へ近づいて来る行進の音。

 魔王討伐軍の、軍靴の足音です。

「こっちが五千の軍しかいないのに……っ! 五万で攻めてくるとか、バカか、もう! 手加減してくれよぉ!」

 とうとう、本式に泣き出してしまった魔王様を傍目に、四天王たちはヒソヒソと話し合いを始めました。

「おいおい、どーする? 逃げちゃう?」

「お前なぁ」

 逃げ腰のミノタウロスを、一つ目の魔物・サイクロプスがにらみました。

「今俺たちが逃げ出したら、この人が指揮をとるんだぞ? 全滅の時間が早まるだけだっての」

 本人を目の前にして、お互いひどい言いようです。

「先代様が生きておられたら、こんなことにはならなかったのに」

 悲しそうに、色男のヴァンパイアがつぶやきました。

「魔族にして、偉大なる魔導士だった先代様さえ、生きていてくだされば。人間が五万人攻めてこようが、隕石が落ちてこようが、僕たちは何も怖くなかったのに」

 ヴァンパイアのため息に、ミノタウロスとサイクロプスが小声で言い返しました。

「その先代様が、強すぎたせいで人間はこんな手段に出たんだぞ?」

「今まで何人もの勇者が来たけど、全部返り討ちにしちまったんだからな。代替わりしたのがバレて、人間どもはこれ幸いと攻めてきたんだ」

「……なんで死んじまったんだよぉ、パパー!」

 いきなり話に参加してきた魔王様に、びくりと側近三人は跳ね上がりました。

 鼻水を垂らして号泣する魔王様を、冷や汗をかきながらなだめ、三人は思案します。

「どうする? 今の魔王様に、先代様のような魔法は使えん」

「地形を変えるほど爆発を起こしたり、軍隊の人間全員を錯乱させたりはできん」

「魔族の兵士個々の兵力に頼るとしても、数が違いすぎる」

「今さらわかりきっていることを言うな。討伐軍は、あと三日程度でここにたどり着いてしまうぞ」

「……やっぱり、この手しかないか」

 ふう、と息をつくと、ヴァンパイアはまだ泣いている魔王様を横目で見、腕を組みました。

「僕に考えがある。人間の兵五万人に、勝てる方法がある」

 ミノタウロスとサイクロプスが目を見張り、びっくりした魔王様が泣き止みました。

「どっ、どんな?!」

「どうすればいい!」

「早く言え!」

 注目を浴びたヴァンパイアは、暗い表情で告げました。

「四天王の一人、デビル・ゴットマザーを叩き起す」




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