トライアングラー

大和ヌレガミ

第1話 あのころ、モー娘。は全盛期で。

 ときは西暦2006年、そのころ、加護ちゃんは2ちゃんねらーたちにたたかれている真っ最中だった。

 メンバーチェンジをくり返しつつも、根強い人気を持続していたモーニング娘もたった一年で崩壊してしまった。理由は外部ではなく、内部、つまりはスキャンダルである。

 ある者は妊娠し、ある者は芸人とつきあっているのが発覚し、ある者は弟が犯罪者として逮捕され、そしてある者は……書き連ねるのもつらいほどに半数以上が検挙されてしまったのだ。

 何者かに呪術攻撃でもかけられているに違いない。恐ろしいほどのスキャンダルの嵐。そして、嵐の後の静けさ。もはやコンサート会場はガラガラになっていた。まさに諸行無常。俺は裏切りに裏切られ続け、途方に暮れた。そして事務所にたいして強く思った。

 ちゃんと道徳の教育しとけやボケ! と。


 そして一年の休業期間を終え、元メンバーの加護ちゃんが帰ってきた。

 ちなみに加護ちゃんがおこしたスクープとは、未成年の喫煙&父親以上に年の離れたオッサンとの温泉旅行を激写されているのである。

 処女性の失墜。堕天使である。ルシフェルだと思う。

 にもかかわらず、復帰を望んでいたファンはブログにあたたかいコメントを残しているのだ。

 そう、ファンは盲目。信者というのは時として客観性を見失っているのだ。今回の件は加護ちゃんは被害者なのだ。両親がお金のことでもめていて、それで精神的にまいってるところを……オッサンにたぶらかされてしまったのだ。

 だから、俺たちが……今こそ俺たちがささえてあげるべきなのだ!

 だが、ブログにアップされていた写真に三十八万円もする高級洗濯機がうつりこんでいたことを一人の男が指摘すると、ざわざわとファンたちはどよめいた。

 もしかすると、手首をハサミで切ろうとしたことがあるというのも、同情を買おうとして言っただけで、本当は大嘘ではないだろうか?

 どよめきは波紋となって広がり、大河に流れ込む。そして一気に氾濫する。ファンたちはため息をつく。もう少し、できうるならばもう少し……上手にだましていてほしかった。いま一度、夢を見させてほしかったと。


       ※


 さかのぼること五年。ときは2001年。

 俺は夢を見ていた。身近な現実を捨て、夢を選ぶほどの、それはそれは鮮烈な夢であった。その夢とはモーニング娘。だった。

 モーニング娘。と結婚することが夢でもなく、

 モーニング娘。に入ることが夢でもなく、

 ただ漠然と、モーニング娘。を応援することそのもので、夢のさなかにいたような気がする。そんな俺は、世の中のありとあらゆる常識や規範にたいして、今よりよっぽど反抗をしていた。

 かっこよくいうと、反骨精神を持っていたように思う。


 とある日曜の朝、俺はモーニング娘。の石川梨華のポスターを前にして葛藤していた。まるで、マリア像を前にした敬虔なクリスチャンのように、ひざまづき、両の拳を握りあわせていた。

「あぁ……チャーミー石川よ。今日たった一日だけ、壁から外すことを許してたもれ」

 慣れない言葉を使ったせいで、変な敬語になってしまったな。そんなことを思いつつ、俺は丁寧に画鋲を外す。

 なぜ愛する女性のポスターを部屋から隠す必要があるのか? それは愛しているというほどではないが、若くて健康的な女が部屋に遊びに来ることなったからだ。


 ここ数年、俺は部屋に女性を呼んだことなどなかった。ニートに近い生活を送ってきたことで、女性の知人が増えることなどなかった。

 そんな俺が、ピザ工場でアルバイトを始めただけで、女友達ができてしまったのだ。無論、俺のヘタレた性格からして、あまり知らない女性に話しかけることはもちろんない。

 では、そんな俺がなぜ工場で女友達を作るにいたったのか?(さっきも『そんな俺』だなんて表現を使っていたな、あまり自分を卑下するのはやめよう)簡単明瞭! 俺が働き始めた日と、彼女たちが働き始めた日が同日だったことで、自然に仲良くなる機会ができたのだ。

 人生って素晴らしい! 同期ばんざい!

 しかも、気づいてくれたであろうか? 見逃してはいないかな? 彼女たちという表現に……。

 つまり、部屋に遊びにくる女は複数形。女は二人来るのである。

 女が二人に男が一人、まるでマクロスである。それこそ七割以上の人が安易に三角関係を想像してしまうことだろう。


 彼女たちがモーニング娘。のことを好意的に思っていないのは事前にリサーチ済みである。工場での昼飯のとき、ためしに「こないだ友人の家に行ったらモー娘。ダイエットと称して、恋愛レボリューション21を完璧な振り付けで踊っていてさ……」と笑顔で言ってみたところ、二人声をそろえて「キモ!」と叫んだ。

 俺にはそんな友人など存在せず、恋愛レボリューション21を完コピしているのは俺自身である。その踊りの完璧さは、女であればオーディションをうけているんじゃなかろうか。無職の時代、鏡の中の己とむきあい、錬磨して習得した技術を「キモ!」の二文字で全否定されてしまったのである。

 その「キモ!」は「死ね」に匹敵するくらいに圧倒的破壊力をもつ二文字であった。

 そして俺は自身がマイノリティであることを悟り、モーオタであることを隠しとおすことにしたのだ。


 部屋の中の高橋愛ポスターや安倍なつみポスターをもはがす。イエスの絵を踏みつける信者たちもこんな気持ちだったのだろうか? ポスターの画鋲をぬくたびに、まるで心の蔵に画鋲が食い込んでくるような痛みを感じる。

 俺は神に背いている。娘を裏切っている。だが、信者であることがバレて、死するより生きて為すべきことがある。


 娘が歌っているラブソングのような青春を実践するのだ。


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