第86話 魔国調査 Ⅱ


 昼食を終え、俺達は再び歩き始めていた。

 既にカタストロと魔国の境界線を越え魔国内に入っている。


「魔国に入った瞬間空気が変わったな」


「そうね、なんだか少し気持ち悪いわ」


 周囲は多くの木に囲まれており空からの光が少ししか届かない。

 それに加えて空気がどんよりと淀んでいた。


「ソフィー、それは仕方ないこと……魔国は空気中に大量の魔力を含んでいるから普通の人は気分が悪くなるって聞いたことがある」


「へぇそうなのね」


「私も聞いたことがあるだけ、まさかここまでとは思わなかった……」


 二人ともこの淀んだ空気にやられているようだ。

 一方のあかりと鈴音、それとホワイトサンダーは何事もなくケロッとしていた。


「あかりは大丈夫なのか?」


「私はなんともないよ。寧ろ力が湧いてくる気がするくらい」


「鈴音とホワイトサンダーもなのか?」


「アウゥ!」


「流石にあかりちゃんみたいに力が湧いてくるとかはないけど大丈夫だよ」


 もしかしたらあかりとホワイトサンダーは人間ではないから平気なのかもしれない。

 鈴音の方は勇者だからなのだろうか?

 とにかく二人と一匹にはまったく害がないようだ。

 俺も幽霊だからか気分が悪くなるということがない。

 被害を受けているのは前を歩いているソフィーとリーネの二人だけか……。


「ホワイトサンダー、もし前の二人がダウンしたときはお前の背中に乗せてやってくれないか?」


「アウゥ」


 ホワイトサンダーは大きく首を縦に振る。


「ありがとう、助かるよ」


 今回の調査、ホワイトサンダーがいなかったらどうなっていたか……。

 今日は本当にホワイトサンダーに助けられてばかりだ。

 帰ったら美味しいものでもたらふく食わせてやろう。


「アウゥ?」


 俺がホワイトサンダーのお礼の美味しいものを何にするか考えているときである。

 突然ホワイトサンダーが歩みを止めた。


「ホワイトサンダー、どうかしたのか?」


「アウゥウウ!」


 ホワイトサンダーは自らの正面を鋭い目で睨み付けていた。

 まるで自分の天敵に会ったかのような反応だ。


「ソフィー、リーネ! 一旦その場で止まってくれ! ホワイトサンダーが前方を警戒している。何かいるぞ!」


 俺が声を出すと同時に前方の木の影からその何かが飛び出してくる。


「これは……人の影!?」


 相手を観察しながらもいつでも反応出来るように俺は臨戦態勢をとる。

 しかし木の影から飛び出した黒い人型の影は俺達を襲うことなくそのまま目の前を通りすぎていった。


「あれは一体何だったの?」


「分からないけどなんだかゾッとした……」


「ホワイトサンダーはあれが何なのか分かるか?」


「アウゥ……」


 あの黒い影にいち早く反応したホワイトサンダーに黒い影のことについて聞くがホワイトサンダーは首を横に振る。

 どうやらホワイトサンダーにもあれが何だかは分からないらしい。


「いくら調査でも実物がいないんじゃどうすることも出来ないな」


 そういう事情からあの黒い影の魔物?のことは置いておいて他の魔物について調査することにした。

 他の魔物の調査をしている途中で再びあの黒い影の魔物に遭遇することもあるだろう。

 その時にまた調べればいい。


 そう考えていたのだが……。


「ついて来ているな」


 俺達が魔国内の調査を再開してから数分も経たないうちに前方の木の影から先程の黒い影の魔物が顔を覗かせていた。

 どうやら初めに会ったときからずっとついてきているみたいだ。


「アウゥウウ!」


 おかげさまでホワイトサンダーがさっきからずっと唸りっぱなしだ。


「ホワイトサンダー、ついて来ているのは分かっているから一旦落ち着いてくれ」


「アウゥ」


 ホワイトサンダーは返事をしながらもやはり気になってしまうのか時折黒い影の魔物が顔を覗かせている前方の木へと視線を向ける。


「ずっと見られているだけなんて気味が悪いわね」


 ソフィーの言う通り黒い影の魔物はさっきからただこちらを見ているだけで特別俺達に危害を加えようとはしない。

 目的は分からない、しかしついて来ているのは事実。

 ここは早く正体を暴くに限る。

 俺は相手のステータスを見ようとするが……。


「おかしいな……」


 いくらステータスを見ようとしてもまったく反応しない。

 反応するのはそこら辺の『木』や『土』だけで黒い影の魔物については表示されないのだ。


「あ、あっちに行っちゃったわよ」


 そうこうしているうちにまたもや黒い影の魔物はどこかに行ってしまう。

 そしてどこかへ行ったのも束の間再び黒い影の魔物は俺達の前方の木の裏に現れる。


「あの影は何が目的なんだ……」


「あの影に目的などないよ」


 俺の独り言に答える者が一人、男の声ということからソフィー達ではないことが分かる。

 しかし、まったく知らない声というわけではない。

 つい最近聞いたことがある声。

 恐る恐る声がした方を向くとそこには木の幹に寄りかかっている暗黒騎士ゼガールの姿があった。


「お前! 何をしに来たんだ!」


「何をしにとは面白いことを言う。ここは魔国だぞ? 私がいたら何かおかしいのか?」


 そういえばここは魔国だった。

 それならゼガールがいたとしてもおかしくはないか……。


「じゃあ何で俺達の前に現れた? 俺達を排除しに来たのか? もしかしてこの影の魔物もお前が!?」


「待て、勘違いしているようだが今回俺は貴様を排除しようとかそういう考えはない。それにそいつは魔物ではない」


「魔物じゃない? それはどういうことだ?」


「説明は省くがその影が直接襲ってくることはない。とにかく魔王様がお呼びだ。分かったらさっさと来い」


 ゼガールはそれだけ言うと森の奥へと行ってしまう。


 魔王? どうして魔王が俺を呼ぶんだ?

 やはり俺達を排除するためか。

 いくら考えても悪い方向にしか思考がいかない。

 ゼガールの目的は一体なんなんだ。

 俺達に何をしたいんだ……。


「おい、何をやっている。わざわざ貴様のために俺が出向いてるんだぞ。俺の手を煩わせるな」


「一つ聞いていいか? 本当に俺達に危害を加えようとかそういうのじゃないんだよな?」


「くどい、さっきからそう言っているだろう。これだから人間は」


 危害を加えるつもりはないか。

 果たしてそれを信じていいものやら……。

 これまでのゼガールの行いは人だったら誰が見ても許せないと思うことばかりだった。

 それで急に危害を加えないからついてこいというのはやはり信じられない。


「そんなに心配なら手を出せ」


「手か?」


「ああ、そうだ。そのままでいろよ?」


 ゼガールの突然の発言に俺は咄嗟に従ってしまう。

 手を出した直後ゼガールが何やら呪文のようなものを唱え始めた。


「これは何だ?」


「貴様、契約魔法も知らないのか?」


 契約魔法? 単語から察するにそれは何かの契約をする魔法であろうか?

 俺が契約魔法について考察していると出した手のひらからポップアップ画面が飛び出してくる。

 そこには『我、ゼガールは今日一日人間に危害を加えないことを誓う。破った場合は死をもってそれを償う。 承認しますか?』と書かれており、あとは『YES』か『NO』を選ぶだけだった。

 俺は文面をよく読んだ上で『YES』を選択する。

 すると次の瞬間、手のひらのポップアップ画面がガラスが割れたときのように粉々に砕け散った。


「これで俺が貴様らに危害をくわえた瞬間、この契約魔法で俺は死ぬことになる。どうだ? これで満足か? それならさっさと行くぞ。魔王様を待たせている」


 これでゼガールを信用したわけではない。

 ただ仲間に確認したところ先程の契約魔法は実在しており手順も先程の手順と同じ、そして何より契約後に出来た手のひら模様が契約している証のようなので一先ずはついていっても問題はなさそうだ。

 それなら魔王が俺達を呼ぶ理由というのも気になるのでついて行ってもいいかもしれない。


「分かったついて行こう」


 それから俺達は魔王に会うためゼガールの後をついていった。

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