第85話 魔国調査 Ⅰ
「これを干し肉にしたいんだが出来るか?」
「これって……フォレストボアじゃないですか! 狩ってきたんですか?」
「ああ、今日森に行って狩ってきたんだ」
「それはお疲れ様です。それでこのフォレストボアの肉を干し肉にするんですよね。ちょっと待っててください」
少女は受付カウンターの奥へと入って行く、それから少しして大柄の女性を連れてきた。
「干し肉を作りたいってのはあんたかい?」
少女の連れてきた女性は戦争帰りの歴戦の戦士のような風貌をしており、常に周囲へ殺気を振り撒いていた。
「そうだよ、お母さん。この人が干し肉を作りたいって言う人だよ」
驚くことに少女とこの大柄の女性は親子だったらしい。
一見した限りではまったく分からない。
「出来れば明日の朝には持っていきたいんだが……」
「明日の朝かい? 普通は早くても二日はかかるんだけどね。出来ないことはないよ」
「そうなのか?」
「ああ、魔法を使えばね。だがうちにそれをやるメリットはあるのかい?」
俺も流石にただでやってくれとは思ってはいない。
「このフォレストボアの肉でどうだ? 俺は半分の肉しか使わないからな。」
「それは残り半分の肉を私達に譲るってことかい?」
「ああ、そうだ」
「そうかいそうかい、それならこの話乗ったよ。明日の朝までには作っておくからそのとき受け取りに来な。ほらさっさとフォレストボアの肉を出しな」
俺は大柄の女性の指示に従いフォレストボアの肉が入っている袋をカウンターに置く。
「じゃあこの肉は預かるよ」
大柄の女性は俺が置いたフォレストボアの肉が入っている袋を肩に担ぎカウンターの奥へと姿を消した。
残ったのは俺と宿の少女のみだ。
「本当に良かったんですか? フォレストボアを狩るのは大変だって聞きますけど」
「ああ、いいんだよ。あれだけあったら食べきれないしな。食べきれずに腐らせるくらいだったら干し肉を作ってもらう代わりに渡した方がましだ。それにこの宿でいつでもフォレストボアは食べられるからな」
「今日はちょうどお肉が足りなかったので助かります。今夜の夕食は楽しみにしておいてくださいね!」
「おう、楽しみに待っておくよ。じゃあまた後で」
俺は今日の狩りで汚れた体を洗うためまずはお風呂場へと向かった。
◆◆◆◆◆◆
夜が明けて次の日、本日が魔国の調査一日目。
そこで俺達は宿の馬車を停めるスペースで出発前の最終確認をしていた。
「準備は大丈夫だよな。忘れものとかないよな?」
「大丈夫よ、さっき散々確認したわ」
「私達もバッチオーケーだよ」
「大……丈夫……」
明らかに大丈夫ではない声がリーネの方から聞こえる。
「なぁやっぱり半分くらい置いていった方がいいんじゃないか?」
俺はパンパンに膨れ上がったリュックのような袋を背負ったリーネにそう声をかける。
「大丈夫……辛いのは一日目だけ。時間が経てば経つほど軽くなる」
「確かにそうだけどそれだけの食料を消費しきれるのか?」
「本当に大丈夫だから……」
そこまで言われたら引き下がるしかあるまい。
「まぁとにかく皆準備が出来ているようだし馬車をギルドに預けに行こうか」
今回の依頼の目的地は徒歩でしか向かうことが出来ない。
そのため馬車を置いていくことになるのだ。
しかし馬のこともあるのでただ放置するわけにはいかない。
そこで馬車を停めるスペースの提供と馬の世話をしてくれることになったのが冒険者ギルドというわけだ。
「ここに置いて置けばいいか」
俺達は早速宿を出て冒険者ギルドの裏にあるスペースへとやって来ていた。
「はい、そこで大丈夫ですよ。お預かりします」
声がする方へ振り返るとギルドの職員専用出入口の前に一人の少女が立っていた。
どうやら彼女が馬の世話をしてくれるようだ。
「そうかじゃあ頼むよ。多分六日くらいで戻ると思うから」
「はいそれまでお任せください。申し遅れましたが私はシエラと申します。以後お見知りおきください」
「よろしくシエラ。俺は和哉だ」
シエラに馬車を預けた俺達はそれから魔国の調査のためカタストロの町を出発した。
◆◆◆◆◆◆
町の北門を出て、前方にある森の中へと入る。
途中までは昨日俺がフォレストボアを狩りに行った道のりと同じだ。
「アウゥ!」
森に入ってすぐにホワイトサンダーと合流し今のところ快調に森の中を進んでいる。
ちなみにだがリーネの荷物はホワイトサンダーに持ってもらっている。
これでいざというときリーネの身動きが取れないなんて事態も起こらないはずだ。
「もうすぐ行ったら魔国だからな。その前に昼食にしようか」
「賛成……」
「そうね、魔国に入ったら休憩出来ないかもしれないものね」
「結構歩いたからもうヘトヘトだよ……」
鈴音は文句を言いながら手をダラーンと下に垂らし歩く。
それに加えて足元もおぼついていないようで見ていて危なっかしい。
「ホワイトサンダー、鈴音を乗せてやってくれないか?」
これ以上鈴音に歩かせるのは危険だと思った俺はホワイトサンダーに鈴音を背中に乗せるよう頼んだ。
「アウゥ」
ホワイトサンダーは鈴音をチラッと見るとすぐにその場で伏せる。
どうやら乗せてくれるらしい。
「悪いけど頼むよ、ホワイトサンダー」
「ありがとう……乗せてもらうね、ホワイトサンダー」
それから俺達は森を少し行き、魔国手前の森が開けた場所で昼食をとることにした。
「ここで昼食にしよう」
「やっと休憩……流石の私でも疲れるわね」
ソフィーはその場に座り込む。
他の三人も同じような感じだ。
「ちゃっちゃと食べるぞ。ここは魔物が出るからな」
「分かってるわよ」
ソフィーはそう言って自分が持ってきた荷物の中からパンと水の入った筒を取り出す。
「やっぱりこれだけだと寂しいわね。そういえばリーネはあんなにたくさん何を入れてきたのよ」
「私? 私はこれを持ってきた……」
リーネは大きくパンパンに膨れた袋の中からある長い物を取り出す。
「ソフィーと同じ、私もパンを持ってきた……」
リーネが取り出した物、それはソフィーよりも少し長いパンだ。
「他にはないの?」
「あとこのパンがたくさんある」
どうやらリーネが持っている袋にはパンが大量に詰め込まれているらしい。
ソフィーも俺と同じで驚いているようである。
「皆もパン持ってきたんだね」
「私も……」
そう言ってパンを持ち上げるあかりと鈴音。
ここまで来て分かったが俺以外はパンしか持ってきていないようだ。
「たくさんあるから良かったら食うか?」
皆の悲しそうにパンを眺める姿を気の毒だと思った俺は干し肉の入った袋を皆に差し出す。
「それは?」
「フォレストボアの干し肉だよ。昨日ここら辺で狩ってきたんだ」
「いつの間にそんなこと……ってそれよりも本当にもらっていいの?」
「まぁ皆のために余分に多く作ってもらったからな」
ソフィーは涙を流していた、いやソフィーに限らず他の三人もだ。
「まさかこんなに近いところに神様がいたなんて……」
ソフィー達は手を胸の位置で組み、俺に向かって祈りのポーズをする。
「おいおい止めてくれ……」
しかし俺の静止はまったく聞き入れられない。
「干し肉を恵んでくれた神様に感謝して、いただきます!」
「「「いただきます!」」」
こうして俺はこの昼食の間だけ神様として崇められることとなった。
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