第14話 宿
扉を開けると木が軋む音とともにチリンと綺麗な鈴の音が俺達を迎える。
「いらっしゃいませ! 食事ですか? それとも宿泊ですか?」
俺達と同じくらいの年頃の頬のそばかすが特徴的な女の子が扉をくぐった俺達の元までやって来た。
「宿泊で頼む」
「おかあさーん! 宿泊だって!」
「そんなに叫ばなくても聞こえるよ!」
女の子の声に反応してか宿のカウンターの奥からその女の子以上の大きさの声が聞こえる。
俺達がカウンターの前まで行くと店のカウンターの奥から先程の女の子に良く似た顔つきの三十代くらいの女性がやって来た。
「まったく誰に似たんだか……」
きっと先程の女の子が成長したらこんな感じになるんだろう。
「娘がうるさくて悪いね、お客さん。それで何泊するんだい?」
今は三人の所持金を合わせても一万五千コルクと手持ちが心もとない、まずは一泊いくらするか聞いた方が良いだろう。
「一泊はいくらくらいするんだ?」
「そうだね。一人一泊素泊まりなら千コルク、朝と夜の食事付きなら千五百コルクだよ」
ということは三人で一泊は素泊まりなら三千コルク、食事付きなら四千五百コルクか、五百コルクしか変わらないなら食事付きを選んだ方が良いかもな。
「三人で食事付きの二泊を頼むよ」
「部屋はどうするんだい? 三人部屋は空いてるから一緒にすればお金はかからないけど三人で二部屋にする場合は九千コルクにさらに千コルクがかかって一万コルクになるよ。部屋は分けるかい?」
そうか宿泊だったら部屋も考えなければいけないか。部屋を分けるとなるとさらにお金がかかってしまう。出来れば部屋を一緒にして節約したい。
俺は一緒で問題ないのだが二人がどう思うかが問題だな。
俺が部屋をどうするか悩んでいると後ろから救いの声が聞こえた。
「私は別に一緒でも構わないわよ。リーネもそうでしょ?」
「ソフィーの言うとおり私もそれで大丈夫」
二人とも……きっと金銭的なことを気にしてくれたのだろう。
「二人ともありがとうな。部屋は一緒で頼むよ」
「それじゃ、一部屋三人食事付き二日宿泊で九千コルクだよ」
俺は懐のお金が入った袋の中から九千コルクを取り出し、カウンターの上に置く。
「はい、ちょうど貰ったよ。それとこれが部屋の鍵だ。部屋の鍵は無くしたら二千コルクかかるからね。エリカ、部屋まで案内してちょうだい!」
どうやらさっきのそばかすが特徴的な女の子はエリカというらしい。そう言えば、エリーがこの宿にはお風呂があると言っていたな。
今ここではどうでもいい話だが幽霊になってから俺は一度もお風呂に入っていない。実体化してるわけだし久しぶりにお風呂に入りたい。後で聞いてみるか。
「はーい。じゃあお兄さん達、私についてきてください」
俺は鍵を受け取り、そのままエリカの後をついていった。
宿の階段を上がり、二階の通路の突き当たりまで進んだところでエリカは立ち止まり、後ろを振り返る。
「ここがお兄さん達の泊まる部屋になります。遅れましたが、私はエリカです。ゆっくり休んでいってくださいね」
エリカはそう言ってお辞儀をする。
「ありがとう。ゆっくり休ませてもらうわ。それでエリカちゃん、お風呂の場所ってどこか分かる?」
ソフィーも俺と同じ事を思っていたみたいだ。やっぱりお風呂には入りたいよな。
「お風呂なら一階のカウンター横の通路を抜けた先にありますよ。お風呂に別料金はかかりませんので安心してくださいね」
「ありがとう、エリカちゃん」
「いえいえ、では私はこれにて失礼しますね」
エリカは再びお辞儀をして、一階へと下りて行った。
「いつまでもここに立ってたら他の客に迷惑だし、とりあえず部屋の中に入ろうか」
「そうね」
俺が部屋の扉を開けて中に入ると大きなベッドが二つと部屋の隅に机が一つあるだけの簡素な部屋だった。
無駄なものが無くてなかなか落ち着くことが出来そうだ。この宿は部屋といい、お風呂があることといい自分好みである。
この宿を選んで正解だったかもしれないな。エリーには感謝してもしきれない。
「私はリーネとお風呂に入ってくるわ! さぁ早く行きましょう、リーネ!」
「ちょっとソフィー! そんなに強く引っ張らなくても自分で歩けるから」
「歩いていたんじゃお風呂場に辿り着かないわよ!」
ソフィーよ、お風呂場は一階の通路の奥にあるから歩いても数分で辿り着くぞ。
だが俺はそれを口にすることはしない。
口に出したらソフィーが俺に何を言ってくるか分からないからな。リーネ、後のことは任せた。
俺はいつもソフィーに振り回されるリーネに心の中で黙祷を捧げながらガヤガヤと言い争っている二人を部屋から見送った。
「俺も風呂に入りたいが鍵は俺しか持ってないからな」
俺が今風呂に入ったら、もしも二人がこの部屋に先に戻ってきたときに部屋に入れなくなる。
「大人しくこの部屋で待機するか」
とは言ってもただ待機するだけではつまらない。
ステータスでも見るとするか。最後に見てからゴブリンを数匹狩っただけだからレベルは上がってないだろうが。
そう思いつつもレベルが上がっていることを期待してステータスを表示させる。
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名前: カズヤ
種族: 幽霊
職業: 冒険者
Lv.36
HP : 0/0
MP : 635/635
ATK : 0 (種族特性)
DEF : ∞ (スキル補正)
MATK: 283
MDEF: 198
DEX : 382
SP : 50
スキル:『実体化』、『物理攻撃無効』、『メテオ(笑)』、『集中』、『夜目』、『解除』、『成長速度倍加』
称号 : 『車に轢かれちゃった系男子』、『異世界の幽霊』、『流石にあの攻撃はエグいでしょ』、『ゴブリンを殲滅せし者』
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ん? 思った以上にレベルが上がってるな。
あれから4レベルも上がってる。ゴブリン数匹狩っただけである。それにしては……上がりすぎであろう。
初めの内はレベルが上がるスピードなんて気にしなかったが、よくよく考えてみると一日やそこらで1レベルの人が20レベル台まで上がるなんて異常以外のなにものでもない。
なんでだ? なんでこんなに上がってるんだ。『成長速度倍加』を取得したからか? いやあのスキルの倍率は二倍だ。上がるといっても普通の人より倍の速度で成長するだけだ。
それはもちろんすごいことなのだが先程宿の中でこっそりと他の冒険者のステータスを覗き見たところ、この世界の人はレベルが上がりやすいとはとてもじゃないが思えなかった。
なので成長速度が倍の速度になったところでたいして変化はないはずだ。
だとすれば元々の俺の成長速度が早いということじゃなければこの成長速度は説明出来ない。
そしてそれが考えられるとすれば……。
「称号か……」
俺は部屋で一人静かに呟く。
そうだ、今まで称号についての説明は一切見なかった。もしかしたら称号に何かしらの効果があるのかもしれない。
俺はステータス画面にある称号一つ一つの説明を見る。そしてある称号の説明でこの異常な成長速度の原因を見つけた。
『車に轢かれちゃった系男子』・・・なんて可哀想なんでしょう。こんな若くして亡くなるなんて。私は貴方が生前積むことが出来なかった経験の分、これからは幽霊としてたくさんの経験が積めるようにサポート致します。
この幽霊としてたくさんの経験が積めるの部分に注目していただきたい。この世界では経験は実際に経験値、レベルという形で見ることが出来る。そこにたくさんの経験が積める称号を持った人が来たらどうだろうか。
その答えは簡単だ。普通の人より経験が多く積まれて早くレベルが上がる。倍率はよく分からないが今までのを見ている限りかなり高いだろう。
そこに俺は知らず知らずの内に『成長速度倍加』のスキルまで取得してしまった。
一体ゴブリン以外を狩ったらどうなるのだろう。この前地下で倒した狼を一匹倒した時でさえレベルがかなり上がっていた。きっとレベルがえげつない程上がるに違いない。
──これって何のチート?
俺が自分自身の新たな事実に内心驚いていると部屋の向こう側から二人分の足音が聞こえて来た。
どうやらソフィーとリーネの二人がお風呂場から戻ってきたようだ。まぁこのことは一旦置いておくとしてお風呂に入ってこよう。お風呂に入れば少しは落ち着くかもしれない。
そう思った俺は二人と入れ替わりでお風呂場に向かった。
◆◆◆◆◆◆
「おい! 酒持ってこい!」
「こっちにも一つ追加!」
「少々お待ちくださーい!」
俺達は今宿一階の酒場で食事をとっている。
お風呂から出て部屋に戻ったところソフィーとリーネに一階まで連行された。二人いわく、お腹が減ったそうだ。
「この豆のスープ上手いな」
今食べている料理のメニューは少し固めのパン、豆のスープそして何かの肉を豪快に焼いたステーキだ。それと今初めて知ったのだが俺は食べ物が食べられるみたいだ。それにしっかり味も判別出来る。食べなくても生きてはいけるが、食べられるなら食べたいと思うのは自然なことだろう。
「それよりもこの肉よ。肉の旨味が口いっぱいに広がって最高だわ」
「肉、肉、肉、肉」
二人は豆のスープやパンなどには目もくれず肉料理だけに手を伸ばしていた。
牢屋の中にいるときは肉なんて食べれていなかった。なので今の肉料理への執着心はきっとそのときの反動に違いない。
リーネの方は執着心に加えて頭の方もだいぶめでたくなっているようだがそれは一時的なものだろう……たぶん。
「二人とももうちょっと落ち着いて食事してくれ。まだ俺は周りの目が気になるお年頃なんだ」
「何言ってるのよ! 肉の前ではそんなの捨て去りなさい!」
「肉、肉」
リーネはうんうんと頷いているが言語能力が全て肉に支配されていてもはや何を言っているのかわからない。
これはもう俺が周りの目に耐えるしかないのか。
それから俺は周りの何だコイツら? という視線に晒されながら食事をとった。
視線を集める原因となった二人はそんなこと気にしなかっただろうが俺は辛かったよ。
食事をとり終えて二階の現在俺達が借りている部屋に戻ってくると急に疲れがドッと押し寄せて来た。
もう眠くて今にも倒れそうだ。今日のところはもう寝るとしよう。そういえば俺は幽霊なはずなのに睡眠欲があるなんておかしいな。まぁいいかそんなこと。今はそれよりも睡眠だ。
「ソフィー、リーネ片方のベッド使うけどいいか?」
「いいわよ。もう片方のベッドもそれなりに広いしこっちはリーネと二人で使うことにするわ」
「何か疲れてるようだし早く休んで」
「ありがとう二人とも、じゃあおやすみ」
ベッドに横たわった俺は数分と経たない内に意識を手放した。
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