第15話 屋敷の大掃除 Ⅰ
「……ヤ! ……ズヤ!」
何だよまだ眠いんだから寝かせてくれ。
「……起きて」
俺の体が尋常じゃないくらい揺らされる。それに加えて耳元で大声を上げられていた。
──これ何て拷問だろう。
そう考えている間にも揺さぶりと大声による波状攻撃は止まらない。
「カズヤ! 早く起きて! 大変なのよ!」
──だんだんと聞こえる声がはっきりしてきたな……って大変? 何かあったのか?
俺は思い切りベッドから起き上がった。
「やっと起きたわね。そういえば幽霊でも睡眠は必要なのね……って今はそんなことどうでもいいわ、とにかく大変なのよ」
ソフィーが慌てた様子で説明しようとする横ではリーネが首を縦に振っていた。
「一体何が大変何だよ」
「それはね……」
ソフィーはこの先の言葉を口に出すのを躊躇うように口をつぐむ。
──何だ、何だ? そんなに言い出しにくいことなのか?
「何だ? 自分で言うのもなんだがある程度の問題は解決出来る自信があるぞ」
「それはね、お腹がすいて力がでないの」
「は?」
「いやだからね、お腹がすいて力がでないのよ」
いや声は聞こえてる。ソフィー、お前は頭がアンパンで出来たヒーローか。
まぁそれを本人に言っても伝わらないだろう。それよりも……。
「リーネもなのか?」
リーネは返事の代わりにキュルルとお腹を鳴らしてそれに答える。
「分かったよ。じゃあ食べに行くか」
そうだ、よくよく考えれば一人で食べに行けたはずだ。
それなのに食べに行かなかったのは俺を待ってくれていたからなのかもしれない。そう思うと心が温かくなるな。
だが行く前に少し支度をさせてくれ。
「ちょっと外で待っててくれ。後で行くから」
「早くしなさいよ! さぁリーネも行くわよ」
ソフィーはリーネを連れて部屋から出ていく。
「今日は例の掃除の依頼だからな。持っていく物を準備しないと…………ってよく考えてみたら準備するものは何も持ってないな。とりあえず寝癖だけでも直していこう」
久しぶりの睡眠は快眠だった。幽霊になってから一度も睡魔に襲われなかったからだろうか、寝ることがこんなにも心地よいことだとしばらく忘れていた。
「待たせちゃ悪いし、行くか」
俺は手で軽く髪を撫で付け部屋の扉を開けた。
「あ、来たわね。早く行くわよ!」
「へいへい」
俺達が一階へと階段を下りているとエリカが挨拶をしてくる。
「おはようございます! 皆さん!」
「おう、おはよう」
うん、元気で大変よろしい。
「おはよう! エリカちゃん。」
「おはよう」
俺達がエリカと挨拶を交わしていると焼きたてのパンの良い匂いが厨房の方からしてくる。
「お、今日の朝は焼きたてのパンか」
昨日のパンも確かに美味しかったが、焼きたてではなかった。
昨日のパンが焼きたてになれば通常より二倍増しで美味しく感じるだろう。今から朝食が楽しみである。
「そうですよ。私のお父さんお手製の美味しいパンです!」
「料理をしているのはエリカのお父さんなのか?」
「はい。お手伝いが入るときもありますが基本的にお父さんが一人でやってます」
「そうか、今度会う機会があったら料理が美味しいってことを伝えないとな」
「いえ、私達は料理を美味しく食べていただけるだけで満足ですよ」
エリカは何て健気なんだ。それに比べてあの二人ときたら……。
「朝食で焼きたてのパンは良いわね。リーネ、そういえばパンが苦手だったでしょ。それなら私が食べてあげましょうか」
「ソフィー、勝手に人の好みを決めつけないで! 昨日も普通に食べてたでしょ!」
「あら、そうだったかしら」
「そうよ!」
ソフィーとリーネの二人はパンの所有権で争っていた。
何をやってるんだか。食べ物のことになると二人は途端におかしくなる。だが今はそんなことはどうでも良い。
朝食を食べなければいけないからな。焼きたてのパンが俺を待っている。
「エリカ、朝食三つ分頼むよ」
俺はエリカに朝食を三つ分頼み、足早に空いているテーブルへと向かった。
◆◆◆◆◆◆
「はぁ美味しかった」
「そうね。あのパンの香ばしさときたら堪らないわ」
「それにあのふっくらとした柔らかさ、今まで食べたことないパンだった……」
リーネはパンのことを思い出してか遠くの空を見つめる。
もっと二人とパンの美味しさについて語りたいが今はそんな暇はない。ギルドに急がねばならないのだ。
「二人ともギルドに急ぐぞ! 依頼者とは朝早くギルドで会うことになっているからな。待たせちゃ悪い」
それから俺達は寄り道せずまっすぐギルドに向かった。
ギルドの前につき扉を開けると昨日は感じられなかった熱気が俺達を襲った。
「なんなんだ? このむさ苦しい熱気は」
ギルド内を見渡してみると、掲示板に体格のいい厳つい男達が群がっていた。
「おい! お前それは俺が先に見つけた依頼だ! よこせ!」
「何だと? 俺が先に見つけたんだよ!」
掲示板の周りではあちこちでは争いの声が聞こえる。
「朝の依頼の争奪戦ってこんなにも激しいものなのか」
「そうですね。朝は毎回こんなものですよ」
突然の声に驚き横を見るとエリーが俺の隣で掲示板の争いを眺めていた。
──エリー? というか仕事しなくても良いのか?
「今日は休みなんですよ」
──なるほど休みか……ってなら何でここにいるんだ?
「こちらの方が落ち着くんですよね」
「その、心の声読むの止めてもらえませんか」
「私は心を読めませんよ。カズヤ様の顔の表情で判断しただけです」
「俺ってそんなに顔に出てた?」
「はい、誰でも分かると思いますよ」
そんなに分かりやすかったのか。ポーカーフェイスが特技だと思っていたのに……っとそれよりも依頼者のことだ。
確かギルド内にいるはずなんだが。
「……いないな」
「カズヤ様、もしかしてこの前の掃除の依頼のことですか?」
「そうだけど、どこにいるか知っているのか?」
「分かりますよ、一応私もギルド員ですから。良ければ案内しますよ」
「良いのか? 仕事休みなんだろ?」
「はい、ボランティアもときには大事です。それに私自身、報酬金が十五万コルクもあるFランク依頼はどんなものだろうって気になっていたんです」
そうこの依頼はFランクの依頼にもかかわらず、報酬金が十五万コルクもある。
通常のFランクの依頼の報酬金が三千コルクから一万コルクなのでこの十五万コルクという金額は異常と言えるだろう。
「じゃあお願いするよ。ありがとう」
「いえいえ、では私について来て下さい」
エリーは迷うことなく依頼の受付カウンター横の扉へと歩みを進める。
なるほどギルド内の個室にいたのか、ギルド内を見渡しても見つからないはずだ。
「依頼のことは普通はギルド内の個室で話し合うんですよ。緊急の要件が起こった場合などはこのギルドホールでする事もありますが」
「やっぱりここでお金の話をするのは危険なのか?」
「はい、そうですね。特に新入りの方の被害が多いのでカズヤ様達も気をつけて下さいね」
そうこう話している内に俺達は扉の前までつく。
「では開けますね」
エリーはトントントンと三回ノックをして扉を開け、部屋の中へと入った。
俺達はエリーが部屋に入った後に俺を先頭にしてソフィー、リーネの順で続いて部屋の中に入る。
「やあやあ、待っていたよ。早く座ってくれたまえ」
部屋に入ると身なりは良いが小太りな男がソファーに腰掛けていた。
「カズヤ様紹介しますね。こちら今回依頼をされたアドルフ様です」
エリーは俺達と男の間まで歩き俺達に男のことを紹介した。
「アドルフさんどうも今回依頼を受けた冒険者のカズヤだ。それとこっちの二人は一緒に冒険者をやっているソファーとリーネ」
「ふん……今回はどんなやつかと思っていたがまだ子供じゃないか。本当に大丈夫なのか?」
こっちの世界でも俺達くらいの歳は成人してないのかとエリーに確認の意味を込めて視線を向けるがエリーは首を横に振る。
「アドルフ様、一応この国では十五歳が成人となっていますのでカズヤ様達は決して子供などでは……」
「そんなことは分かっている。私が言いたいのはこんな経験の浅いやつで大丈夫かということだ」
「こちらの依頼は総合的に判断してもFランクの依頼ですので適切なレベルかと……」
「……? なぜFランクなのだ。私はBランク以上の人を出せと前から言っているだろう」
「ですから総合的に判断して……」
「うるさい! とにかく上のやつを出せ!」
アドルフは辺り構わず喚き散らす。
──もう俺達とどっちが子供何だか分かんないな。
そんなことを思っているとソフィーが突然俺達の前に出る。
「アドルフさんちょっといいかしら? つまり貴方は私達が依頼を達成出来るか不安だってことでしょ?」
「ああ、そうだ。今まで散々失敗されているからな」
「なら、そうね。今回もし失敗したら私達三人が何でも言うことを聞くってのはどうかしら? これならどっちに転んでも貴方には得しかないでしょ?」
その言葉を聞いた途端アドルフは下卑た視線をソフィーとリーネの二人に向けた。何か良からぬことを考えているに違いない。
「そうだな。今回のところは大目に見てお前達に託してやろう。次は無いからな」
アドルフは捨て台詞ともとれる言葉を残してこの場を後にする。
「……って依頼については話さないのか?」
その場に残された俺達四人は困惑するしかなかった。
依頼者が急にこの場からいなくなったら誰でもそう思うだろう。だが流石は日頃様々な人を見ている受付嬢と言うべきか現状からもっとも早く復帰したのはエリーだった。
「この依頼を受注する許可は今アドルフ様から頂いたので、私が代わりに依頼の詳細をお伝えしますね」
それから俺達はエリーに依頼の詳細を聞いた。
依頼の詳細と言ってもただある屋敷を掃除するだけなのでそう難しい説明はない。ただ、問題があるとすればさっきのソフィーの発言だろう。
「これでもう失敗出来なくなったな……」
俺の口からは自然とそんな言葉が漏れていた。
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