第十一話 謎電波さんのお仕事


 ナナミと二度目に連絡が取れたのは、シュメリルールから帰って晩飯の用意をしていた時だった。



「でしょう!? 私も初めてシュメリルールに行った時は、ゲームかファンタジー小説みたいって思ったわ!」


「もう、なんか、常識が崩壊しましたよ」


 なぜかテンション高めのさゆりさんを相手に、つい乾いた笑いが漏れる。


「ねーねー、さゆりおばあちゃん、魔法は? 魔法は使えるの? スライムやゴブリンはいるの?」


 ハルくんナイス! いい年をしたおっさんでは決して口にできない良い質問だ!


「不定形粘液生物と鬼族かしら。うーん、少なくともパスティア・ラカーナにはいないわね。耳と尻尾のある哺乳類の動物の人と、鳥の人たちが住んでいるの。両生類とか爬虫類の人は見た事がないわ。妖精とか精霊とかエルフドワやーフもいないのよ。ほんと残念だわ。スライムはたぶん茜岩谷サラサスーンじゃ干からびちゃうわね!」


 ……さゆりさんはけっこう二次元の人なのかも知れない。


「魔法は? 魔法!!」


「魔法は――」


 さゆりさんがそう言いかけた時、リビングからハナの声が聞こえてきた。


『あーたん!』



▽△▽


「あーたん! あーたん! ハナちゃん、ばーばのうちにいるの!」


 俺のスマホに向かって話かけている。


 ハナの言う『あーたん』はナナミのことだ。おかーさん、かーたん、あーたん。


 ナナミと話しているのか?


「ハナちゃんげんきー! ハルちゃもいっしょ」


「ハナ、お母さんか? 替わってくれ」


「とーたん、あーたんないてるよ? いいこいいこ、したげてね」


 スマホを受け取り耳を寄せる。


「ナナミか?」


「ヒロくん!! やっと通じたよー」


 ナナミだ……。ナナミの声だ!


「ナナミ、状況説明してくれ。今どこにいる? 地名わかるか?」


「うぐっ、えっ、えぐっ。わかんない。言葉全然通じない! みんな耳生えてるし――」


 良かった!! どうやらナナミも俺たちと同じ世界にいる! 俺たちは世界でへだたれてはいない。


「ナナミ落ち着いて。俺たちはサラサスーンっていうところにいる。大丈夫だ、絶対に迎えに行くから諦めるな!」


「おかーさん! おかーさん!」


 ハルが泣きそうな声で呼ぶ。


「何か食べたのか? 寝るところはあるのか?」


 聞きたい事、伝えたい事が多すぎて、早口になる。ああ、またガーガーと雑音が入り出す。


 切れないでくれー!


「ナナミ、ナナミ!」


 ガーガーという雑音もナナミの声も、だんだんと小さくなり……。途切れた。




「驚いたわ、本当に電話が繋がるなんて。携帯もずいぶん進化したのね」


 さゆりさん、ソレタブンチガウ。確かにさゆりさんのガラケーからは進化してるけど、なぜ繋がるのかさっぱりわからない。電話会社があるはずもないこの地に、どんな謎電波があるというのだろう。


 あ、メール! メール送信してみよう。あたふたと操作していると、メール着信通知が来た。



 件名は『何が起きたの?』


『今、教会みたいな感じのところにいる。言葉は全然通じないけど、困ってることは伝わったみたい。ごはんを食べさせてくれたし、泊めてくれた。お礼に掃除や洗濯の手伝いしてる。危険はないと思うし、シスターらしい人も優しい。ヒロくんどこにいるの。ハルやハナに会いたいよ。』



 教会か! 良かった、教会なら安全かも知れない。


 安心したら力が抜けて、ドスンと椅子に座り込んでしまう。ハルにスマホを渡すと、声に出して読みはじめた。読めない字を教えてやる。


「ハル、いそいでメール打て。お母さん、ハルに会いたがってる。あ、お母さんが今いる街の名前、わかったらすぐ知らせてって書いてな」


 食べて、寝ているなら大丈夫だ。ナナミはへこたれたりしない。ナナミは泣き虫だが(俺の前でしか泣かないがな!)とんでもなく根性がある。


 もりもり力が湧いて来るのを感じる。さっさと金貯めて、ババーンと言葉を覚えて、三人でナナミのいる街へ行こう!

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