第十八話 旅支度

 旅支度たびじたくも三度目ともなれば、ずいぶん手慣れたものになる。だが今回は荷物の制限がキツイ。今までは馬車の旅だったので、多少荷物が増えても問題はなかった。調理器具や食材もロレンが用意してくれていた。今回持って行けるのは、本当に最低限の物だけだ。


 パラシュは力持ちだが、あまりたくさんの荷物を積めない。独特の歩行の邪魔にならないようにするには、あまり身体に荷物をぶら下げる訳にもいかないのだ。超撫で肩なので肩にも掛からない。


 ハナはユキヒョウの姿になれば、若干大きめの猫くらいの大きさになる。俺の肩にでも乗せておけば大丈夫だろう。


「おとーさん、クーを連れて行こうよ。もうぼくを乗せて走れるんだよ」


 クーは最初の旅でドルンゾ山から連れ帰った、ビークニャの子供。アルパカに似たモコモコで、とても辛抱強い生き物だ。クーは今、生後七~八か月くらい。人間でいうと高校生くらいだろうか。線は細いがずいぶん大きくなった。


「クーはまだ子供だからなぁ。旅に連れて行くのはかわいそうじゃないか?」


「ヤーモが、クーが食べる草や木の実はぼくたちが食べても平気だから、連れて行けって言ってたよ」


 それは何ともあらがい難い提案だ。この世界には食べるとヤバイものが多過ぎる。




 クルミちゃんはお留守番予定だ。


「家族の感動の対面とか、ぜひこの目で見たいんだけど、今は大岩の家を離れられないんですよねー」


 クルミちゃんは今、巣から落ちていた卵からかえった、谷大鷲たにおおわしのヒナを育てている。カパーっと口を開けてエサをねだるヒナに、畑の隅をほじくり返してミミズを探すのに忙しいらしい。餞別にと、俺たちのポンチョになんとも個性的な、谷大鷲のアップリケを付けてくれた。


 谷大鷲は、谷角牛の子供を持って飛ぶくらい大きくなる。あくびといい、これ以上大岩の家に危険生物が増えて大丈夫だろうか。


 でも、怪鳥と大トカゲの戦いとか、ちょっと胸躍むねおどる。実際戦ってもらったら困るのだが、軽いスパーリングくらいなら見てみたい。




 ザドバランガ地方の事を色々調べたり、聞いたりした。俺の絵を、委託販売してくれている本屋のご主人のトリノさんが、ザドバランガ出身だったので、色々教えてもらった。


「ザドバランガは雨が降るんだ。雨具を持って行った方がいいぞ。生水は絶対に飲むなよ。必ず腹を壊す。竹林があってな、なかなか風情がある。ぜひ描いてきてくれ。あ! 豚がいるぞ」


 美味うまいらしい。乾燥地帯にはイノシシや豚は生息していない。


 耳なしについても聞いてみた。


「耳なし? うーん、子供の頃は『いい子にしてないと耳なしが来るぞ』って言われたな。あと、祭りでは耳なし退治の演目がある」


 地球での悪魔とか悪い妖怪とか、そんな感じだろうか。


「ザドバランガの教会だと、神を裏切ったみたいな教義になるから、近づかない方がいい。注意は必要だが、まあ気にするな。突然襲われたりはしないさ」


 と肩を叩かれた。これは完全にバレているな。あと、教会が目的地だ。


「知ってたのか?」


 一応聞いてみる。


「隠してたのか?」


 逆に聞かれた。


「耳なしってのは、何なんだ? 本当に使徒様カチューンなのか?」


「耳はここ、ある。そういう種族なだけ。故郷ではこれが普通だ」


「そうか。俺はおまえさんの絵がもっと見たいだけだから、使徒様でも構わんよ。ああ、でも、火は吹かないでくれ。この店はよく燃える」


 本屋だからな。トリノさん的には会心のギャグだったらしい。にやりと得意そうに笑った。


「俺にそんな能力ちからはない」


 俺が吹き出し、ハハッと笑いながら言うと、


「そうか、良かったよ」


 と言った。俺が火が吹けないからなのか、会心のギャグに笑ったからなのか。トリノさんは、少しほっとしたように見えた。


 委託してあった絵の代金を受け取り、画用紙を買う。出発前にもう一度寄る約束をして本屋を後にする。


 しかし雨具か。サラサスーンには雨がほとんど降らないので、雨具は見た事がない。どうにか考えないといけないな。


 図書館に行き、ザドバランガ地方の事を調べる。気候や地形、危険生物や植物の分布。治安や野営した場合の危険度、物価や宿の相場。日本でふらりと温泉に出かけるのとは訳が違う。調べなければならない事も、備えなければならない物も、山ほどあった。


 今までの旅で、どれだけ自分がお客さんだったのかを、思い知らさせる。


 ロレンが一日の流れを決め、危険な時はハザンが前に立った。ガンザが先を歩いて狩りをして、ヤーモの鼻はどこにいても食えるものを見つけた。


 本の山に囲まれて、ついため息が漏れる。


『難儀な人ですねぇ』


 ロレンに言われた事がちらりと頭をよぎる。


 一人前になりたくて、足掻いていた頃を思い出す。もう十年以上前の、若造だった自分だ。格好をつけて実力以上に見せたくて、必死でイキがった。思い出すと身悶えるほど恥ずかしく、それでいて忘れられない熱があった。


 今俺が感じている熱は、あの頃と同じものなのだろうか。それとも、年甲斐もなく、あの頃の自分と同じような事をしようとしている自分を、ただ恥ずかしく感じているのだろうか。


 無茶をするなら、出来る事は全てやろうと思っている俺は、やっぱりあの頃とは少し違うような気もするが。

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