第十八話 旅支度
パラシュは力持ちだが、あまりたくさんの荷物を積めない。独特の歩行の邪魔にならないようにするには、あまり身体に荷物をぶら下げる訳にもいかないのだ。超撫で肩なので肩にも掛からない。
ハナはユキヒョウの姿になれば、若干大きめの猫くらいの大きさになる。俺の肩にでも乗せておけば大丈夫だろう。
「おとーさん、クーを連れて行こうよ。もうぼくを乗せて走れるんだよ」
クーは最初の旅でドルンゾ山から連れ帰った、ビークニャの子供。アルパカに似たモコモコで、とても辛抱強い生き物だ。クーは今、生後七~八か月くらい。人間でいうと高校生くらいだろうか。線は細いがずいぶん大きくなった。
「クーはまだ子供だからなぁ。旅に連れて行くのはかわいそうじゃないか?」
「ヤーモが、クーが食べる草や木の実はぼくたちが食べても平気だから、連れて行けって言ってたよ」
それは何とも
クルミちゃんはお留守番予定だ。
「家族の感動の対面とか、ぜひこの目で見たいんだけど、今は大岩の家を離れられないんですよねー」
クルミちゃんは今、巣から落ちていた卵から
谷大鷲は、谷角牛の子供を持って飛ぶくらい大きくなる。あくびといい、これ以上大岩の家に危険生物が増えて大丈夫だろうか。
でも、怪鳥と大トカゲの戦いとか、ちょっと
ザドバランガ地方の事を色々調べたり、聞いたりした。俺の絵を、委託販売してくれている本屋のご主人のトリノさんが、ザドバランガ出身だったので、色々教えてもらった。
「ザドバランガは雨が降るんだ。雨具を持って行った方がいいぞ。生水は絶対に飲むなよ。必ず腹を壊す。竹林があってな、なかなか風情がある。ぜひ描いてきてくれ。あ! 豚がいるぞ」
耳なしについても聞いてみた。
「耳なし? うーん、子供の頃は『いい子にしてないと耳なしが来るぞ』って言われたな。あと、祭りでは耳なし退治の演目がある」
地球での悪魔とか悪い妖怪とか、そんな感じだろうか。
「ザドバランガの教会だと、神を裏切ったみたいな教義になるから、近づかない方がいい。注意は必要だが、まあ気にするな。突然襲われたりはしないさ」
と肩を叩かれた。これは完全にバレているな。あと、教会が目的地だ。
「知ってたのか?」
一応聞いてみる。
「隠してたのか?」
逆に聞かれた。
「耳なしってのは、何なんだ? 本当に
「耳はここ、ある。そういう種族なだけ。故郷ではこれが普通だ」
「そうか。俺はおまえさんの絵がもっと見たいだけだから、使徒様でも構わんよ。ああ、でも、火は吹かないでくれ。この店はよく燃える」
本屋だからな。トリノさん的には会心のギャグだったらしい。にやりと得意そうに笑った。
「俺にそんな
俺が吹き出し、ハハッと笑いながら言うと、
「そうか、良かったよ」
と言った。俺が火が吹けないからなのか、会心のギャグに笑ったからなのか。トリノさんは、少しほっとしたように見えた。
委託してあった絵の代金を受け取り、画用紙を買う。出発前にもう一度寄る約束をして本屋を後にする。
しかし雨具か。サラサスーンには雨がほとんど降らないので、雨具は見た事がない。どうにか考えないといけないな。
図書館に行き、ザドバランガ地方の事を調べる。気候や地形、危険生物や植物の分布。治安や野営した場合の危険度、物価や宿の相場。日本でふらりと温泉に出かけるのとは訳が違う。調べなければならない事も、備えなければならない物も、山ほどあった。
今までの旅で、どれだけ自分がお客さんだったのかを、思い知らさせる。
ロレンが一日の流れを決め、危険な時はハザンが前に立った。ガンザが先を歩いて狩りをして、ヤーモの鼻はどこにいても食えるものを見つけた。
本の山に囲まれて、ついため息が漏れる。
『難儀な人ですねぇ』
ロレンに言われた事がちらりと頭を
一人前になりたくて、足掻いていた頃を思い出す。もう十年以上前の、若造だった自分だ。格好をつけて実力以上に見せたくて、必死でイキがった。思い出すと身悶えるほど恥ずかしく、それでいて忘れられない熱があった。
今俺が感じている熱は、あの頃と同じものなのだろうか。それとも、年甲斐もなく、あの頃の自分と同じような事をしようとしている自分を、ただ恥ずかしく感じているのだろうか。
無茶をするなら、出来る事は全てやろうと思っている俺は、やっぱりあの頃とは少し違うような気もするが。
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