第七章 茜岩谷に吹く風が

第一話 茜岩谷に吹く風

 馬車は順調に街道を進み、砂漠との境界に位置するトンネルを抜け、茜岩谷サラサスーン地方へと戻って来た。行く時は馬車から荷物を降ろしながら進んだが、帰り道は積みながら戻る。


 露店市場でビーズのアクセサリーや被り布フィーヤをたくさん買い付けたし、途中の村や集落でも荷物を積む。行きに寄った時に商談は済んでいたらしく、取引は慌ただしいほどスムーズだった。サボテンの漬物やピクルス、干したナツメヤシ、サーボスの粉といった砂漠の特産品ばかりだ。


 底の街アポートスに入る時、あくびがつづら折りの道を全部ショートカットするという暴挙に出た。丁度乗っていたのがハザンだったので喜んでいたが、俺やハルが乗っていたら振り落とされていただろう。


 通じると思ったわけではないが、説教せずにはいられなかった。あくびは涼しい顔で『あんなまどろっこしいのやってらんないわ』とでも言うように、知らんぷりしていた。あくびも良い年なんだから、少し落ち着いて欲しい。


 アポートスでは鉱石を仕入れる予定だったのに、なぜか荷物はドライフルーツや乾燥野菜ばかりだった。ロレンに聞いてみたら、どうやら鉱石は値段のふり幅が大きくギャンブル性が高いらしい。


「今回は宝石がありますから、他は手堅く行きます」


 と、若干残念そうに言っていた。


 コイツ、そういうるかるかみたいな勝負、好きそうだよな。誰か止めてやれよ?


 俺か?


 アポートスでは一泊したが、残念ながら鉱石を掘る現場は、関係者以外立ち入り禁止だった。危険があるらしい。ハルもクルミちゃんも楽しみにしていたので、がっかりしていたが、名物のドライフルーツ入り寒天かんてんのようなお菓子を買ってあげたら、機嫌も上向きになった様子だ。二人とも、なんてチョロくて可愛いのだろう。


 寒天のお菓子ピラーナはカラフルで目に楽しく、くにゅくにゅした食感が癖になる。日持ちするらしいのでお土産にたくさん買って行こう。



 アポートスを出ると、景色はほぼ見慣れたサラサスーン地方のものとなる。カチカチに固く、ひび割れた大地を乾いた風が吹き抜けていく。風の音はガーヤガランでパラヤさんの旦那さんが吹いてくれた笛の音に似ている。ポーポーニャという名前の笛で、ドルンゾやサラサスーン地方の民族楽器だ。


『あの笛の音色は、サラサスーンの風の音なの。ドルンゾ山から吹き降ろして、赤い大地を駆け抜ける風の音』


 パラヤさんがそんなふうに言っていたのを思い出す。


 朝も、昼も、夜も、いつも風が吹いている。時折り突風となり、ポンチョを巻き上げる。砂漠とは違う厳しさがあり、そこに根付いて生きる動物も植物も、人も、みんなしぶとくたくましい。


『しぶとい』と『逞しい』は、俺の大好きなめ言葉だ。へこたれないさまを表し、生命力に溢れた素晴らしい表現だと思っている。女性に使うと大抵は俺の意図は伝わらないのだが。




 ガーヤガランまで来ると、パラシュはほとんど見かけないため、あくびが注目の的になった。俺も砂漠へ行くまで一度も見たことなかった。サラサスーンにも大きなトカゲはいるが、パラシュほどじゃない。唾液に猛毒があり威嚇する時、喉をカラカラカラカラと、乾いた木片を打つような音を出す。普段はのんびり歩いているが、瞬発力があるので侮れない危険生物だ。


 あくびは安全性をアピールするために、口輪をめられてしまった。かわいそうだが仕方がない。街にいる間は我慢して欲しい。口輪は自警団の詰所で貸してくれた。



 ガーヤガランの街では、パラヤさん家族が合流する事になった。これを機会に大岩の家に里帰りする事にしたらしい。旦那さんと、ハルよりふたつ年上の双子の娘さんも同行する。


 パラヤさんにクルミちゃんを紹介すると、


「地球の人って、けっこういるのかしら。私長いこと、母さんだけだと思っていたわ」と言っていた。


 うーん。探せばもっといるのか?




 宿屋について部屋で荷物整理をしていると、ロレンが息を弾ませて駆け込んで来た。


「ヒロト! 行商人から情報が入りました!」


「えっ?」


「ナナミさんの情報です!」


 状況が、動いたらしい。

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