第十二話 砂漠の狩人

 砂漠の夕方というのは、一番生き物が動く時間帯だ。夜行性と昼行性ちゅうこうせい、それに明け方や夕方に行動する生き物が、みんな動いている。狩りをするならこの時をのがす手はない。


 俺とハルは砂丘の一番高い所から、ゴーグルのレンズ機能の最大距離にピントを合わせ、動くものを探す。


 左手の砂丘の谷間に、サボテン群を見つける。今日の狩りは幸先さいさきがいい。こめかみに見事な二本の真っ直ぐな角を持つ、砂漠ガゼルが食事中だ。


 とはいえ、スリングの射程まで距離を詰めなければならない。草食動物は耳が良く、気配にも敏感だ。あくびの背中から飛び降り、慎重に、かつすみやかに、を目標にして移動する。砂の上を歩くと、ごっそりと体力を持って行かれる。あくびの足運びをなんとなく真似てみる。おお! さすが砂漠のアサシン! 良いかも知れない!


 砂丘を二つ越え、ギリギリの射程距離しゃていきょりに入る。まだ気付かれてはいない。ハルが首を振る。ハルのスリングだと、この距離ではまだ届かない。挟み討ちにするか。


 急いで砂丘の反対側へとまわる。手を挙げ、合図を送ると、ハルが距離を詰めながら玉を撃ち出す。あいつ、足腰強くなったなぁ。


 砂漠ガゼルはハルの玉を逃れるようにきびすを返す。俺も距離を詰めながら、最大限に連射する。撃ち出した玉が角に当たりガゼルがぐらりと態勢をくずす。


 ハルの玉が脚に当たった。イケるか?


 その時、右手の砂丘から、大きな影がおどりかかる。あくびだ!


 あくびは砂漠ガゼルの首元に喰らいつくと、ブンブンと振り回す。うわー、ガゼル、ボロぞうきんみてぇ。


 正面を避けてあくびに走り寄ると、あくびはガゼルを足元に置き、鼻先でこちらに押しやるように寄越す。


 まるで、イイのよ、あんたたち、まずは美味しいとこ先に食べなさい。とでも言うように、自分は口許の血を大きな舌でペロペロと舐めている。


 俺は苦笑して、あくびの背中をポンポンと叩く。


「またおいしいとこ、あくびに持って行かれちまったな」


「うん、でも、あくびカッコイイ!」


 ハルは日本にいる頃、確か仮面ライダーなんたらに夢中だったはずだ。よく日曜日の朝っぱら、鼻息を荒くしながらテレビにがぶり寄っていた。ーーー。ハルのカッコイイの基準もワイルドになったものだ。


 あくびはどうやら俺とハルを庇護対象ひごたいしょうと見ているらしく、時々こんな風に狩りを手伝ってくれたりする。


 砂漠ガゼルの首の動脈を切り、血抜きする。ハルに、食べられそうなサボテンをって来るよう言ってから、後脚の筋肉に沿ってナイフの刃を入れ、切断する。あくびに向かってポーンと投げる。


 ゴリゴリと生々しい音を立て、口から脚の先をはみ出させて咀嚼そしゃくするあくびを見ていると、


 こんな光景にれてしまったら、日本に帰った時普通の生活に戻れるのだろうか。


 と、つくづく思う。ハルの情操教育じょうそうきょういく的にも、既に日本の常識からは大きくはみ出してしまっているのだろう。生き物を殺す事に躊躇ためらわない八歳児など、異端にも程がある。


 ハルが俺のスマホの、サボテンカテゴリの画像を見ながら、食べられるサボテンを探している。


「あ! フルカがあるよ。いっぱい! やったぁー!」


 フルカはハルの好きなサボテンで、シャクシャクと歯ごたえが良く、ほんのり甘い。煮るとクタリと柔らかくなり、のように汁を吸う。


 ハルがフルカの収穫に夢中になっている間に、内臓の処理をする。膀胱と大腸は砂に埋め、他は水洗いしてタッパーに詰める。


 ハルに「全部、るなよ」と声をかけてから、あくびの腰の荷物入れに、布で包んだ砂漠ガゼルを入れる。


 ハルは最近、俺と二人きりの時でも、日本語を使わない時がある。順応性の高い子供の脳は、この世界で生き残る事を優先している。


 俺はといえば、中途半端なままだ。日本に戻った時の事を心配して、この世界のことわりに一歩踏み込めずにいる。この世界の人間ではないからと、どこか傍観者から抜け出し切れないのだ。



 ハルが布袋に入れた、たっぷりの収穫物を担いで走ってくる。砂に足を取られながらも、踏ん張って転ばない。


 本当に、たくましくなったものだ。


 あくびの、血で赤く染めた首元に砂をかけ、ブラシでゴシゴシ擦ってやる。あくびは目を細めてから、大きなゲップをした。


 今日の狩りはこれで充分だろう。ロレンたちのところに戻って、メシにしよう。

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