第六章 砂漠の旅とパラシュ

第一話 知らない街を歩こう

 シュメリルールを旅立って三日目の午前中、街道沿いに街が見えてきた。街道を挟むように左右に広がる『ガーヤガラン』は、サラサスーン地方で一番大きな街だ。


 三方向から街道が交差する、交易の拠点であり、上級学校や武術の道場、大きな商会が軒を連ねる。


 ちなみに、ロレンのうちの商会の本店や、ガンザの息子が通っている学校があるのもこの街だ。


 人や物や情報が集まってくる大きな街特有の、焦燥しょうそうとも活気とも取れる、独特の熱気を感じる。


 馬車道を通り、倉庫街へと抜ける。護衛の面々が荷物を降ろしている間に、俺とハルは馬を厩へと連れて行く。この街では宿屋に二泊するそうだ。


 水をたっぷり飲ませて、飼い葉を飼い葉桶に入れる。馬の様子は、シュメリルールを出発した時よりは幾分いくぶん落ち着いたが、やはりいつもと違うように感じる。体温が若干高いのがどうにも気にかかる。


 どうしたものかと思いながらも、馬の身体を拭いてやっていると、トプルがやって来た。病気の心配もしていたので聞くと、どうやら発情期はつじょうきらしい。


「発情期ってなに?」というハルの質問に恋の季節だと答えながら、ナルホドと納得する。


 キャラバンの牡馬は去勢済きょせいずみだが、それでも影響えいきょうがあるらしい。トプルが牡馬を他の厩へと連れて行った。


「恋のきせつってどんななの?」「去勢って何?」「なんであの馬連れて行かれちゃったの?」


 ハルから確信かくしんに迫る質問がポンポンと飛んでくる。


 ちょっと待ってハルくん、お父さんに時間をくれ!


 馬の去勢の話なんて生々しくてハードルが高いよ! もっとふわっと雄しべあたりからはじめさせて欲しい。


「ハルはどう思う?」


 俺はとりあえず、時間稼ぎに聞いてみた。


「馬が連れて行かれちゃったのは、同じ馬が好きだったりしたらケンカになるからかな?」


 うんうん、その通りだな。


「恋のきせつって事は、秋とか冬は恋しないって事? 好きになるのに、きせつがあるの?」


「そう。動物には子育てに適した季節があるから、その時期に合わせてあるんだ。馬だと夏ごろ恋して、柔らかい草がたくさん生える次の春先に子供が生まれる。クーがそうだろう?」


「へぇ! すごいね。それ誰が決めたの?」


 難しい質問がきたな。進化論か? でもこのまま去勢きょせいの話かららしてしまおう。ハルの性教育せいきょういくについては、俺の手に余る。第一こんな感じの事は、思春期の入り口あたりで、ロクでもない友達や先輩から聞くのが一番だ。盛り上がったりショックを受けたりして、大いに青春の一ページを飾って欲しい。


 進化について話しながら、馬の世話を続ける。牡馬の厩へと移動して、身体を拭いてやる。考えてみると、去勢馬の発情期なんてもの悲しいにも程がある。同じオスとして、その内いい事もあるさと、抱きしめてやりたくなった。せめてたくさん食ってくれ。飼い葉しかないけどさ。



 馬の世話を終えて、キャラバンの面子メンツと宿屋へ向かう。獣の人にも恋の季節があるのだろうか? 歩きながらトプルに聞いたら『まあ、ない訳じゃないな』と、苦いものをつぶしたような顔をする。ほほう、面白い話が聞けそうだ。


 ハルが寝てから飲みにでも誘ってみようか。


 宿屋で荷物を置いてから、早速リュートの姉ちゃんである、パラヤさんの家に向かう事にする。さゆりさんからの荷物と手紙を届けに行くのだ。商会で小さな荷車を借りて、荷物を載せてハルと歩く。


 ガーヤガランの街並みは、白い石作りが基本になっていて、シュメリルールと良く似ている。茶筒やサイコロのような形がつらなって、一軒の家になっている。増築ぞうちくの結果なのかも知れないな。


 それにしても見渡す限りに赤茶色の地面の広がるサラサスーン地方で、なぜ白い街が出来るのだろう。



 さゆりさんに聞いた、通りの名前を探しながら歩く。俺とハルはポンチョのフードが風で外れないように、あごのベルトを締めた。


 大きく張り出した日除け布が連なる、市場を歩く。果物を売る店で『好きなの買って来ていいぞ』とハルに金を渡すと、見たことのない鮮やかな黄色い房状の果物を買ってきた。


 皮ごと食べられるって、と言って早速かぶりつく。


「うわーすっぱい! あ、でも皮が甘くておもしろい」


 言いながら、荷車を引く俺の口に放り込んでくれる。


 意外に硬く、噛み締めるとタピオカのような歯ごたえだ。じゅるりとみ出る果汁はなるほど酸味が強いが、皮と果肉の間に甘い層があり、追いかけるように甘みが広がる。


「東の国のくだものだって。あ、道も聞いておいたよ。この通りを抜けたら左だってさ」


 ハルも随分ずいぶんこの世界に馴染なじんで来た。俺と同じで相変わらずカタコトだが、ヒヤリングは俺の上を行く。子供の適応力におっさんは敵わんよ。


 ハルがポーンと投げる実を、パクッと食べながら歩く。ポーンパク、ポーンパクッと歩く。ハル、迷惑にならないよう、気をつけてな。あ、俺もか。


 長い市場通りを抜けて左に曲がると、徐々に食べ物屋が減り、金槌や針、靴やカゴの絵の看板が目に付きはじめる。職人や工房が集まる通りだろう。


 さゆりさんの話だと、パラヤさんは刺しゅう、ご主人はガラス細工の職人だそうだ。それっぽい看板を探して、聞いてみよう。

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