第十八話 翌朝のヒロト

 次の日の朝、たっぷり眠って多少スッキリした俺は、「たとえナナミがラーザに居なくても、見つかるまで探せば良い」という事が、ストンと自分の中に落ち着くのを感じた。


 何度も何度も自分に言い聞かせ、それでもスルリとすり抜けてしまい、残るのは焼け付くような焦燥感しょうそうかんだった。路銀の事、ハナの事、危険な野営の事、不安材料はいくらでもある。


 だが、俺がナナミに会いたいと思う気持ちがなくならない限り、探し続ければ良い。たとえ、ハルやハナが母親を忘れてしまったとしても。


 ここまで考えて、自分が『ラーザには、きっとナナミはいない』と思い込んでいる事に苦笑する。俺は常に最悪の事態を想定して行動するタイプだ。


 直感のみで突っ走り、壁があったら脊髄反射せきずいはんしゃでその壁を登りはじめるようなナナミを嫁にしたのは、 自分にない思い切りの良さにれ込んだからだ。


 だからこそ、今ひとりでいるナナミが心配でならない。無茶はしないでいてくれと、願わずにはいられない。


 とにかく、今日ラーザの街へ着いたら、その足でハルと教会へ行こう。ナナミがいたら、誕生日のプレゼントを渡して、今日までの事を夜通し話そう。



 そして、ダメだったらハルと何か美味いものでも食べに行こう。


 まずは謝らないとな。きっと心配をかけた。


 俺はハルを起こさないように、そっと寝袋を抜け出し、馬車から飛び降りる。夜番をしていたヤーモに、おはようと声をかけると、ヒロト、もう良いのか? と聞かれた。それ病気で寝込んでた人への言葉じゃなかったか? そうか、俺はそんなに変だったのか。


 苦笑しながら「大丈夫、心配かけたな」と答える。


 この森を抜けたら、またラーザの街が見えてくる。きっと美味い魚介類があるに違いない。魚の干物をお土産にたくさん買って行こう。異世界の海にはどんな生き物がいるのだろう。


 あんなに怖かったラーザの街への到着が、やっと少し楽しみになってきた。俺は朝の光が差し込みはじめた森の空気を、大きく吸い込んでから伸びをした。


 それはサラサスーンの乾いた空気とも、ドルンゾ山の冷たい空気とも違い、かすかに潮の香りがした。

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