第十三話 ラッチェン族のトット漁

 ハルが『神さまの湖』と称した大きな湖は『ラッチェン・トット湖』というらしい。小さな村があり、ラッチェン族という、背の低い猿の人たちが住んでいる。前髪が黄色くて目がクリクリッとした、とても可愛らしい人たちだ。


 ラッチェン族の人たちは、湖の周りにたくさん生えている、葦に似た草を束ねて作った船をいくつも連ね、その上に家を建てて住んでいる。太陽の光が乱反射する、水面みなもに揺れるコテージ風の家は、南国リゾートのコンドミニアムのようだ。


 船の家は、船としても使われていて、分離してそのまま漁に出る。湖では沢山の魚が獲れるそうだ。中でも『トット』という、ラッチェン族の人たちの、胴体ほどもある大きな魚が名物だという。


 さて、商売の時間だ。馬車から木箱がいくつも下され、村に運び込まれて行く。穀物を中心に、調味料や燃料などの生活必需品が中心だ。かわりに積むのは村の特産品であるトットの酢漬け。それとウロコの細工物だと聞いている。


 ロレンが、細工物を見せてもらいに行くというので、着いていくことにした。




 ロレンと一緒に細工師の家を訪ねてまわる。最初の細工師は装飾品が中心だった。小さなウロコを花びらのように組み合わせた耳飾りや、大きな鱗を重ねた髪飾り、シャラシャラと軽い音をたてる首飾りは、どれも繊細で可愛らしかった。鱗は染色されているらしく、彩りも豊かだ。


 ふたつ目に訪ねた細工師は、ランプが素晴らしかった。ウロコの年輪のような模様に色が入り、壁に落ちる影が幻想的だ。ハルはとても気に入ったらしく、ねだられたが結構けっこうなお値段だった。


 最後に行った細工師の工房は、ウロコ絵、とでも呼べばよいのだろうか。染色された小指の先にも満たない小さな鱗が、様々なものに貼り付けられている。例えば、皿にドルンゾの山並みを。手鏡の裏面にフクロウを。木製の小物入れのふたには、魚が水面から跳ねる姿が描かれている。


 ――欲しい。だが、ハルに我慢を言い渡した手前、非常に言い出しにくい。あとでこっそり買いに来ようか。いやバレるな。しかしあのランプとこの小物入れを買ったら、あの耳飾りも買いたくなる。それはさすがに買い過ぎだろう。観光客じゃあるまいし――。


「ヒロト、何か欲しいのですか?」


ヤーはいラーいいえ、いや、うーん」


 日本語と異世界語両方で、歯切れの悪い返事をしてしまった。


「教えてくれれば、一緒に買い付けますよ。私の交渉術カレッツィオ・レーメンを見せてあげましょう」


 欲しいものを教えれば、なんか凄いものを見せてくれるらしい。若干、悪魔の誘い文句のように聞こえる。ロレンが言うとよけいにだ。ハルが単語帳をめくる。


「『カレッツィオ』はとりひき。レーメンは書いてないよ」


「『レキン』はなんだっけ?」


「レキンは『買う』だよ」


 ロレンに『金、ある。大丈夫』と言うとニコニコと頷いている。『カレッツィオ』ってイタリア料理みたいだな。よくはわからんが、金は受け取ってもらえるみたいなので、悪魔の取り引きに乗ってみることにした。




 湖岸に戻ると、全員釣り竿を持って湖を眺めている。


「釣り、しない?」とハルが聞くと、


「ラッチェン族のトット漁がはじまる。凄いからハルも見よう」


 アンガーが言いながら、ハルを肩車してくれた。


 見るとラッチェン族の人たちが、手にもりらしきものを持って、家の船を移動させて行く。漁がはじまるらしい。


 ラッチェン族の家は、片側の屋根が極端に張り出しているし、傾斜も急だ。その傾斜のきつい側の屋根を内側にして、円陣を組むように家の船が配置される。小さな二連の太鼓を持った人が、軽快なリズムを奏ではじめる。漁ではなく、なにかの出し物か?


 太鼓のリズムにあわせて、膝の屈伸なんかをしていた人たちが、順番に屋根を蹴って空中に躍り上がる。三角跳びの要領で屋根を蹴り、クルリと宙返りをしてまた違う屋根を蹴る。


 太鼓のリズムが激しくなり、宙返りの数が二回・三回と増えていく。ハルが興奮してアンガーの頭をぺしぺしと叩き、


「うわー! シュントすごい! シュントだよ、アンガー!」


 と声を上げる。確かにこれはシュントだ! さすが猿の人! 同じ猿出身の地球人として、なんとはなしに誇らしい。


 しばらくすると、円陣の中央あたりに魚影が浮かびはじめた。あの宙返りは、魚を誘っているのかも知れない。


 水面に映る宙返りの影を追って、大きな魚が水面から跳ね上がる。口が極端に大きく、ナマズのような髭をなびかせている。


 タイミングを待っていた特に小柄な青年が、銛をかまえて跳弾ちょうだんのように屋根を蹴る。銛は魚のエラのあたりを、見事に刺し貫いた。


 キャラバンのメンバーや見物していた村人から、拍手と歓声が上がった。

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