第八話 遠い異国から来た旅の絵描き
「子供を一緒に、ですか? 年は?」
ネコ耳店長が思案顔で言う。
「八歳、男。三歳、女」
「ラーザの街までは山越えもあり、危険があります。盗賊や獣に襲われることは、珍しいことではないんです」
さゆりさんが言っていたことは、特に大袈裟な話ではないらしい。
「八歳の男の子もダメですか?
リュートが補足で説明してくれる。この世界の成人は十五歳だが、十歳くらいから働いている子供も多い。
「そうですね。でも三歳はちょっと無理でしょう。責任が持てません」
ハナは無理か。他を当たるか?
その後は、同行のための費用や日程、条件の話になる。ハナの同行を断られたことで、どこか上の空になってしまう俺に代わり、リュートが細かく話を詰めてくれる。
後日改めて返事をすることを約束して、商会を後にした。
▽△▽
「リュート……すまん」
いつも俺が似顔絵屋を開く広場へ行き、三段しかない階段に腰掛ける。ハナの同行を断られたショックで、すっかりダメな人になってしまった。
「うん。気持ちはわかるけど。ヒロト、ハナを連れて行くのは無理だと思う」
三歳は旅に出られる年齢ではない、とリュートが言う。
確かに大岩の家とシュメリルールの往復だけでも、危険と感じることは多い。この世界で過ごした一か月以上で、ハナが大岩から出たことは数えるほど。箱入りならぬ岩入り娘だ。
この世界ではそれが普通らしい。子供は村や街からほとんど出ないで過ごす。六、七歳くらいから狩りや馬に乗る練習をはじめて、十五歳で成人するまでに危険に対処する方法と、生きる
八歳のハルの同行を受け入れてくれたことこそ、驚くべきことらしい。
「たぶん、よっぽど護衛に自信があるんじゃないかな?」
確かにそうかも知れない。いい加減に引き受ける人には見えなかった。
仕事に戻るというリュートに礼を言い、考え事をしながらシュメリルールの街をブラつく。ふと画用紙の残りが
ドアを開けると、紙の匂いが鼻をくすぐり、続いてツンと絵の具が匂う。
落ちていた気分が少し持ち直す。紙や絵の具の匂いは、アロマセラピーの効果があるらしい。俺だけかも知れないが。
本屋のご主人は、いつもの席で片眼鏡をかけて本を読んでいた。俺が軽く頭を下げると、壁を指差し、
「おまえさんの絵、評判いいぞ」
と言って本を閉じた。壁には俺の描いた、風景画と似顔絵が飾ってあった。
「何人かに、レムナム用の似顔絵や風景画が欲しいと言われた。受けるか?」
願ってもない話だが、『レムナム』がわからない。さゆりさんの単語帳にない言葉だった。ご主人に聞くと、どうやら見合いのような感じらしい。結婚のための顔合わせ、と説明してくれた。他にも結婚の挨拶状の絵や、遠く離れた両親に初孫の絵を送りたい等の依頼もあるらしい。
単語帳を持っていても、わからないことばかりだ。いちいち説明が必要な俺に対して、ご主人は辛抱強く付き合ってくれた。なぜここまでしてくれるのか、そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
「俺は、おまえさんの絵は、ちょっと凄いと思っている。俺がいいと思う絵が、売れないはずがない」
ご主人がフンッと鼻息を荒くして言う。その得意そうな様子に、有難くて胸が詰まる。依頼は全て受けると答えると、段取りも引き受けてくれた。金貨は必要だ。それは日本で暮らしていた時と変わらない。だが、絵を描くことで、俺はそれ以上のものを受け取っている。
本屋のご主人の名前は、トリノさんというらしい。今日初めて聞いた。
俺の名前はヒロト、二ノ宮ヒロト。誰も知らない遠い異国から来た、行方不明の嫁を探して子連れで旅をしている、しがない絵描きだ。
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