第12話 出会い③ 二日目・昼
「どうか、自分を破壊して下さい」
片方しかない瞳で私を見上げる少女は、確かにそう呟いた。
「……………………エディ、どうしよう?」
『どうしようって……そりゃバトロワなんだから、覚悟を決めるしかないだろ』
「だよねぇ」
いくら目の前の少女が壊れる寸前だとしても、このゲームの生き残りは一体のみであるため、同情などエゴに過ぎない。
可哀想なんて感情が芽生えるのも、少女が危害を与えるだけの力が無いと分かっているからであって、もし少女が五体満足ならば私は躊躇なくリボルバーをぶっ放しただろう。
無抵抗な相手を殺す。気分は最悪以外何者でもないけど、考えたら戦いもせず少女に搭載されたバッテリーを二つも入手出来るというのは、かなりのプラスであった。
「………………ごめんね」
「はい」
リボルバーの照準を剥き出しになった電子回路に向けてトリガーに指をかける。いくら銃の扱いが素人だとしても、この距離は必中である。
銃音と弾薬の消費が気になるならば、バッテリーを奪えばいい。なんでもいい。とにかく、殺せ。躊躇うな。命を奪うのに慣れろ。何故? 生き残るために! この無人島のルールに従って!
……銃口を向けられた少女は、表情を変えずただ私の瞳をじっと見つめ続けていた。まるで、感情がないロボットを相手しているようであった。
「………………あ――……やめだ。なんだか馬鹿らしくなってきた」
大きなため息を吐いて、リボルバーをバネが飛び出たベットに放り投げた。両手を後ろに回して、少女型アンドロイドに背を向ける。
「…………何故? 自分を壊せば、バッテリーが手に入りますよ?」
背後から少女の消えそうな呟きが聞こえたが、無視。新たな武器を入手したおかげで少し重くなった鞄を床に置き、どっこいしょという掛け声とともにその場で胡坐をかく。おっさん臭い口癖はエディのが移った。
エディほどヘビースモーカーではないけど、なんだか今はタバコが吸いたい気分であった。
『倒さないのか?』
「うーん……悩んだけど、ほっとく事にする。だって別に私が倒さなくても、別に問題になる訳じゃないし。……駄目かな?」
『いいと思うぞ。お前がやりたいようにやればいい』
多分これが『甘い』という奴なのだろう。勝ちを狙うなら間違いなく壊した方がいいのだけど……うーん、なんだか気分が悪い。殺し合いに適応している自分が気持ち悪く感じてしまう。
それに――。
「そもそも何で、君はそんなに死にたいのさ」
死が目前に迫っているというのに、少女は表情一つ変える事はなかった。覚悟を決めたなどの類ではなく、ただただ死を淡々と受け入れているように感じた。
それがどうしても頭の隅で引っ掛かったのだ。
「……?」
私の質問に、少女はほんの僅かに首を傾けた。バチッと頭から火花が飛ぶ。
「質問の意味が分かりません。自分はただ、存在価値の無くなった自分の処分を頼んだだけですが?」
「処分って、そんな機械みたいな発想を」
「機械じゃないですか。自分も、貴女も」
「………………うっせー馬鹿! 死にたきゃ勝手に死にやがれ! お前の命の責任なんか取りたきゃねーよ!」
「……?? ……???」
私は大げさにそっぽ向いて不貞腐れる。実は言うとそこまで怒っていないのだけど、つい少女の困惑する姿が見たくて拗ねてみた。概ね満足な結果を得られた。
「……ねぇエディ。あの子の考えがサッパリ理解できないのだけど、これって私がおかしいの? それともあの子がおかしいの?」
アンドロイドは消耗品である。それは分かってる。だけど、そこまで簡単に死を受け入れられるものなのだろうか? 別に命乞いして欲しい訳じゃないけど……。
『あ――…………。そうだなぁ。数年間アンドロイド業界に携わって来た俺から言わせて貰うとだな、どちらかと言うとおかしいのはお前の方だ』
「うえぇっ!? そうなの?」
驚きの余り、カクンと頭が下がる。くくくとエディの笑い声が聞こえる。
『正確に言うと、おかしいのはお前に対する俺の扱い方だな。……なぁネル『命令プログラム』って知ってるか?』
「確か、オペレーターが所有権を持ったアンドロイドに命令プログラムを行使すると、必ずその命令に従わなければならないって奴だっけ? 使われた事無いから自信ないけど」
『そう。使った事ねーんだよな、俺。……でもな、オペレーターは常に何らかの命令プログラムを行使してんのが普通なんだよなぁ』
「なんで?」
『その方が管理し易いらしい。気持ちいいぐらいのドヤ顔で、アンドロイドに立場を自覚させるためだとかほざいてやがったよ。全く、合理的過ぎて反吐が出る」
エディは乾いた笑いの後『ふ――――ッ……!』と息を大きく吐いた。喫煙中なのだろう。
『命令プログラムは確かにオペレーター側としては便利な力だが……その、気持ち悪ぃだろ? 心と体が一致しねぇと』
「まぁ、そうだね」
『そんなちぐはぐの状態で生活させると、大概のアンドロイドが自分の感情が分かんなくなるんだわ。丁度目の前のコアイツみてぇに、身も心も機械になっちまう』
「じゃあ、今のあの子はオペレーターに死ねと命令されているの?」
『いや、逆だな。命令されているにしては、曖昧な返答が多い上に狼狽え過ぎだ。恐らくアイツ――頭が吹き飛んだせいで、オペレーターの通信が聞こえなくなっている』
「そうなの?」
視線を少女に向ける。……そういえばゲームを始まる前に、こめかみ辺りに通信機を埋め込んだ記憶がある。
『要するにアレだ。今までオペレーターが命令した事しかやってきてねぇから、どうすればいいか困ってるだよ。考える事を放棄し続けたツケだな。壊してってネルに頼んだのも『恥を晒すな』みたいな漠然とした命令が残ってるんだろう』
「……なるほど」
確かに今の少女は、死ぬ寸前の時よりも困惑している風に見えた。
プルルルルルルルルルル。
――と、突然鞄の中から音が鳴り響いた。
慌てて鞄に手を伸ばして開けると――
『はろはろ~始めまして! 元気に生き残ってるー?』
ネイルガンのディスプレイに、ツナギを着た女性が、眩しいぐらいの笑みを浮かべて手を振っていた。
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