第45話 采女(8)


 どんっ!

 と、勢いよく床に置かれたもの。

 それは、四隅に短い脚の生えた正方形の分厚い木の台だった。

 小さなお一人様用のテーブルくらいの大きさ。

 その表面には、縦横に何本もの線が引かれている。

 縦と横の線が直角に交じりあい、表面を正方形の升目がズラリと覆っていた。


「御堂河内、付き合え」


 は?


「囲碁のルールは知ってるな?」

「知りません」

「なら、教えてやる」

「え~」

「頼む! オヤジや側近どもに全然勝てないんだ。これは俺の沽券に関わる。少しでも強くなりたいんだ」


 まあ、負けて悔しい気持ちは分かるけど……。

 初心者の私とやって強くなるのかしら。

 はなはだ疑問だわ。

 ……まあいいや、少しなら付き合おうかな。


「どうやるんですか?」


 囲碁って将棋とは違うのよね?


 ◇


 ……。

 あれ?

 また勝っちゃった……。


「ま、また負けた~。なんでだ~!」

「あ、あの~、天様、私そろそろ部屋に戻ろうかと……」

「もう一回だ!」


 え~。

 さっきから、「もう一回、もう一回」って……。

 もう十回くらいやってるじゃ~ん。

 もう深夜よ、深夜!

 私は、自分の部屋に戻って寝たいのよ~。


「最後の一回ですよ」

「よっしゃー! やるぞっ!」


 気合いだけは、素晴らしいのよね……。


 ◇


 ……。

 あうぅぅ~。

 意識が朦朧としてきたわ……。


「……ま、まただ……。ま、また……」

「……天様、諦めて下さい。……もう本当に帰ります」

「……ま、まだだ……。も、もう一回……」


 私はガバッと立ち上がると、窓を覆う薄布を外した。

 鍵を外し、バンッとおもいっきり窓を押し開ける。

 穏やかな陽光と共に、澄んだ冷たい空気が、部屋の中に流れ込んできた。


「天様! 見て下さいっ! もう朝ですよ。仕事の時間です!」


 んもうっ!

 結局、徹夜しちゃったじゃん!

 天様、一回も私に勝てなかったし……。

 私がわざと負ければ良かったのかしら?

 まあ、いいや。

 早く部屋に戻ろう。

 身支度を整えて、仕事に行かなきゃ。

 先輩達を待たせる訳にはいかないわ。


 坊ちゃんの部屋を出る。

 ドアを閉め、自分の部屋へと足を向けようとしたその時だった。

 廊下の角を曲がり、三つの影が姿を見せた。

 先輩達が、三人揃って朝の出勤?

 まだ少し時間が早いような気もするけど。

 ただ、今のこの状況に限って言えば、そんなことはどうでもよかった。


「……え? 美城ちゃん?……」

「……あら、朝帰り」

「……うわ~、どうしよう。見ちゃった」


 ……ちょ、え?

 いえ、ち、違いますよ。

 先輩達、ぜ、絶対、なんか勘違いしてますよね?

 ね?


「誰にも言わないよ。うん約束!」

「フフッ、やるね美城ちゃん」

「四人だけのヒ、ミ、ツ!」


 だあぁぁ~!

 んもうっ!

 違いますってば~!!

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