第38話 采女(1)


 坊ちゃん邸。

 ここには一度来たことがあった。

 思い出したくもない髪飾り事件の時。


 あの時はそんな余裕もなかったけど、よくよく見ると、かなりの豪邸だわ。

 それでもこの後宮内の建物の中では、かなり小さい方。

 ここには体育館やコンサートホールのような大きさの建物が、そこらじゅうにゴロゴロと建っている。


 赤い瓦屋根の二階建ての一軒家。

 その重そうな観音開きの木製扉をノックする。


 ――コンコンコンッ。


「おはようございま~す」


 ……。

 誰もいないのかしら?

 大きなお屋敷だから、ノックの音が聞こえなかったとか?


 ――ドンドンドンッ!


「どなたかいませんか~」

「おねえちゃん、だぁれ?」


 ん?

 後ろを振り返る。

 誰もいない。

 あれ?

 とっても可愛らしい声がしたような気がしたんだけど……。

 気のせいだったかしら?


「おねえちゃん、おにいちゃんのトモダチ?」


 ん? また聞こえた。

 後ろを振り返り、目線を下に向ける。

 そこには、玉のように可愛らしい男の子が立っていた。


 きゃ~! 可愛い~!

 ほっぺたぷにゅぷにゅ~。

 髪の毛さらさら~。

 お肌すべすべ~。


 って、しまったあぁぁ。

 あまりの可愛さに、ムニムニプニュプニュしてしまったあぁぁぁ!


「ゴ、ゴメンね。ボクはここの家の子? お姉ちゃんは、今日からここで働くことになったの。ここのお家の人どこ行ったか知ってる?」


 男の子が、首をブンブンと横に振っている。

 首が取れてどっかに飛んで行ってしまうんじゃないかと心配になるくらい……。


「そっかー。ありがとう。じゃあ、お姉ちゃんはもう少しここで待たせてもらおうかな」

「……あのね。ボクね、魔法が使えるんだよ!」


 男の子が、はにかみながら、少し誇らしげにそう言った。

 ん?

 フフッ。可愛い。

 子供の頃って、魔法使いとか憧れるよね~。


「ホント? スゴイスゴイ! どんな魔法が使えるの?」

「あのね……」


 その子が私の耳元で囁く。


「郵便屋さんをべるの」


 はて?

 郵便屋さん?

 郵便屋さんて、お手紙配達してくれるアレのことかしら?


「うわ~、便利! いつでもお手紙書けちゃうね! イイね!」

「ほんと!? ほんとにそう思う? ほんとにほんとにほんと?」

「うん。ほんとにほんとにほんとだよ」


 パアッと太陽が輝くような笑顔が眩しい。

 思わず、私も口元が緩くなってニヤニヤしてたとでも言うのかしら?

 突然、無礼な声を掛けてきたヤツがいたの!


「おい! 御堂河内みどこうち! 弟から離れろ! お前がうつる」


 な、なによっ!

 どういう意味よっ!

 こんなに可愛い子の前で私を病原菌か何かみたいに言わないでっ!


 って、えええぇぇぇぇ~!!!

 この子が坊ちゃんの弟~!?

 そんなぁ~。

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