一章 1

「すべての人間の生と死に意味があるだって?冗談だろう?」






 会社からの帰りの電車の中で、暮カズマは窓から、流れていく外の風景を眺めていた。夕日で空は茜色だった。

 昨日も、一昨日も、同じ電車に乗っていた。これから先も同じ電車に乗るであろうことを考えると、カズマの思考は行き詰まりになることが分かっていたので、その方向で考え事をすることは意識的に避けていた。

 こういう時、カズマはよく自分の人生を振り返っていた。未来に向けては思考が広がっていかないから、いつも過去のことばかり考えていた。

 カズマにとって、過去が今よりも良いものであったかといえば、それは一概には言えない。過去には辛いことも楽しいこともあった。それに対して今はといえば、そういった起伏が一切無くなって、毎日が真っ平らだ。あれほど辛かった過去の出来事に比べれば、今自分の身に降りかかる災難など淡い火の粉のようなものだったし、逆に、あれほど楽しかった過去の思い出に比べれば、今自分が得ている楽しさなどほとんど無いに等しかった。

 自分の環境に問題があるのだ、とカズマは考えなかった。自分のような環境に在る人はとても多く、にもかかわらず、その大多数はカズマから見ればあっけらかんとしていた。止まることなく過ぎ去っていく日々の中に、細やかではあれ着実に幸せを見出だしているようだった。

 生きることをやめると決めた人間が粛々と収容され安らかに殺される施設・制度。そんなものをカズマはしばしば夢想した。そこで殺される自分のことを思うと、カズマの心は温かくなった。

 自殺しようか、と考えたことは何度もあった。しかし、カズマにはまだ存命の両親が居た。親が死ぬ前に子供が死ぬことは最大の親不孝だと一般に言われるが、これにはカズマも同意見だった。けれども、両親が自分にとっての柵になっていることもまた確かだった。

 カズマは自分が居なくなった世界を想像した。そこには何も問題が無いように思えた。自分一人が居なくなっても、世界は、一ピース欠けたパズルになるのではなく、再びピースの揃った美しいパズルとして姿を現す。これは、どんな人間においても成り立つ真理だ。

 また、カズマはこうも考えた。自分の人生のパズルは、もう完成したのだ、と。今の自分は、完成したパズルに収まらない余分なピースだった。余分なピースばかり積み上げる日々が随分続いている。余分なピースで新しいパズルを組み立てることはできそうになかった。また、完成したパズルを崩してもっと大きなパズルを組み立てることも、カズマには途方もないことのように感じられた。

 一体どうしてこんなことを考えるようになってしまったのだろう。若かった頃は、毎日が当たり前にあって、それが自分にとって余計なものであるなんて考えもしなかった。何もかもが自分にとっては意義深かった。真新しかった。一日を全力で生きて、そうやって生きた日々の積み重ねが人生だった。

 ふと、カズマは目の前の景色に意識を戻した。いつも通り結論の出ない思考だったが、時間だけが経っていた。降りる駅が間近に迫っていた。カズマは今度は何も考えずに、再び風景に目を向けた。

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