第十七幕  レネキス結晶



 ある法則ほうそくしたがい、悠真は朝早くから街の中を走り続けている。

 法則といっても、単純にまだ見知らぬ道を選んでいる程度だった。事前にコースを決めてから走るのは、もうしばらく先の話になるだろう。

 今は新しい発見がある道を走るのが、悠真の楽しみの一つでもあった。

(へぇ……こんなところにも武具ぶぐてんがあるのか)

 武具店のほかに、雑貨ざっかてんや飯屋なども多く見られた。あともう少し時間がてば、この通りは人々で埋めくされるに違いない。

 需要じゅようが高そうな店が建ち並んだ通りは、人通りが激しくなる傾向けいこうがある。もしくは人通りが多いからこそ、ごった返すように店が建てられていくのかもしれない。


 さまざまな店が建ち並んでいく条件は、生まれ育った日本でも同じであったような気がする。人が多くいる場所は、やはりどこもかしこも店が建ち並んでいた。

 地球も異世界も、それほど変わらない。当然、地球には存在しない秘力や秘術など大きな違いはある。違った部分を探せば、もっとたくさんあるに違いない。

 悠真が思ったのはそういった部分ではなく、もっと根本的こんぽんてきなものであった。

 腹が減ればものを食い、かなしければ涙を流し、楽しければ声高らかに笑う。だれもが生活のいとなみを工夫くふうし、それぞれの人生を生きていく。

(……この本質は、地球もこっちの世界も一緒だな)

 朝の日課にっかをこなしてわかったのは、そんな不思議であたりまえのことであった。


 ふと前方に、悠真は見覚えのある後ろ姿をとらえる。

 三頭身程度のずんぐりむっくりとした体形――小さな体のわりに身のたけに合わない大きな屋台を引く、商霊しょうれいと呼ばれる商業を生業なりわいとした精霊がいた。

 悠真は進行方向を変え、やや遠くから声をかける。

「おぉい。ピピン……あっ!」

 肩越しに顔を振り返った商霊を見て、悠真はひどく気まずさを覚える。

 ピピンはねこには見えない猫型の商霊だった。しかし悠真が声をかけたのは、本当に猫には見えない。おそらくひつじには見えない、羊型の商霊だと思われる。

 後ろ姿がピピンと似た格好をしていたが、どうやら別の商霊のようだ。


「あ、いや、わるい。ちょっと知り合いと間違えた!」

 そばに寄ってから謝罪すると、黒い巻角まきづのを持つ商霊は不思議そうに小首をかしげた。

「お客さん、久遠悠真だもん?」

 名を呼ばれ、悠真はわずかに驚いた。

「えっ……どうして、俺の名前を?」

「名前は、ピピンから直接聞いたもん。でも、お客さんの存在自体は、ピピンよりも前からリリンのほうがよく知っているもん」

 悠真はいぶかしく思い、大きく首をひねる。リリンとは初めて会ったはずだった。

 記憶を探ってみたものの、どこに接点せってんがあったのかまったく思いだせない。


「商業都市で聖印せいいん騎士団とめたもん。それを記事にしたの、リリンだもん」

「あぁあああ――っ!」

 悠真は驚愕きょうがくすると同時に、接点がどこにあったのか完全に理解する。

「あれ書いたの、リリンだったのか!」

「そうだもん。だから、存在自体はリリンのほうが早くから知っていたもん」

「あの記事を見たとき、意識がぶっ飛びそうになったんだぞ」

めずらしいぐらいの大事件だったし、事実は事実だもん。仕方がないもん」

 リリンはわるびれた様子もなく、そう言ってのけた。

 悠真がげんなりと肩を落としていると、リリンは何げない声でいてくる。


「ところで、ピピンに何か用でもあったもん?」

「あ、いや、別に――あ、いや、待て待て待て」

 単純に見知った顔を見かけたからと言おうとしたが、はっと悠真は思いだした。

「用はあったんだ。実は、錬成れんせい武具ぶぐに関してなんだが……」

「錬成武具がどうしたもん?」

「戦ってるときに、錬成武具を何回か欠けさせてしまったことがあったんだ。でも、ちょっとしてからまた発動すると、その欠けたはずの部分がなくなっててさ。だからそれに関してもっと詳しく聞こうと思って……まあ、今の今まで忘れてたんだけど」

 リリンは何度かうなずいたのち、細い目で見上げてくる。


「お客さん、錬成武具に関しての知識があまりないもん?」

「ん? 武具を装飾品になんらかの方法で加工かこうした、錬成具の総称そうしょうだろ?」

「そうじゃないもん。錬成武具そのものに関しての知識だもん」

 話が上手うまみ合わない。悠真は少し考えてから発言する。

「作り方とかそういうのか? そういうのは確かにわからねぇな」

「それに関してもそうだけど……ピピン、何も説明していないもん」

 話の内容がまるで見えてこない。悠真はじっと、リリンに視線をえる。

 リリンは三本しかない指を一本だけ立てた。

「錬成武具の素材は、生きた鉱石こうせきと呼ばれる素材で作られているもん」


「生きた、鉱石? なんだ、そりゃあ……」

「そうだもん。生物せいぶつのように、本当に生きているわけではないもん。ただね、生物と同じく心を宿しているし、もし傷ついた場合はゆっくり再生していくもん」

「マ、マジかよ! ああ……だからけた部分がどこにもないのか」

 リリンは小さく首を縦に振った。

「錬成武具は、秘力をまったくもちいらないもん?」

「そうだな。身につけた錬成武具のほうへ意識を向ければ、光って形が変わる」

「それは装備者の想いにこたえているからなんだもん。ふれれている部分から、装備者の魂と共鳴きょうめいし、想いを感じ取るからこそ、秘力を消耗しょうもうせずに変形するんだもん」


 悠真は腕を組んで、感心を込めた吐息といきをつく。

「なるほどな、そういう理屈りくつだったのか……」

「きっと、お客さん。錬成武具の〝解放かいほう〟も知らないもん?」

 悠真はわけがわからず、リリンをじっと見つめた。

 悠真が持っている錬成武具は、今も指にはめている黒くごつい指輪なのだが、この指輪を〝解放〟して、漆黒しっこく籠手こてへと変換する。

 リリンはうっかりとしているのか、悠真がそれを知らないわけがない。

「いや、何度も解放してるから、知ってるに決まってんだろ」

 リリンはまんまるとした顔を横に振った。


「それ、ただの第一解放だもん。錬成武具は現段階では第三開放まであるもん」

「うぇっ? まさか錬成武具って、ほかにもいろんな形になるのか?」

 リリンは小さな体で腕を組み、得意げな顔をする。

「第一の開放が本来の姿だもん。生きた鉱石を第一の形に定着させたあと、それから装飾品へと加工されるもん。そうやって生まれた錬成武具との相性あいしょうを高めていけば、錬成武具は装備者の想いに最大限こたえ、そして形を変えていくんだもん」

「はっはぁん。本当、まさに生きた鉱石っていうのから作られた物なんだな」

「第一開放は、あくまでも試用しようばんだもん。人次第で扱える武具は異なるもん。だから扱いやすいように、万人ばんにんけを目的として作られているんだもん」


 悠真は、日本にいたころの記憶が自然とよみがえる。

 ゲームソフトやアプリケーションソフトなどの体験版――あるいは煙草たばこ化粧品けしょうひん試供品しきょうひんと、求めるジャンルが沿っているからといって必ず合うとは限らない。

 これは武具に関しても言える。馴染なじむかどうかは、試してみなければわからない。悠真の籠手こて汎用性はんようせいがとても高く、確かに万人受けを狙っている品に思えた。

「というか、売る前にきちんと説明するのが当然だもん」

「ああ、いや……場合が場合だったからな。あのときは仕方がなかったかも」

 ピピンをさり気なくフォローしてから、悠真は改めて問う。

「それよりさ、第二、第三と解放すると、錬成武具ってどうなるんだ?」


「それは、お客さん次第だもん。例えば本来の姿を剣とするのなら、お客さんの想い次第で双剣そうけんにもなるし、まったく異なる長槍ながやりとかになる場合もあるもん。錬成武具が装備者の想いを形にするというのは、そういうことだもん」

「なるほど……第二や第三となったら、もう第一の形にはならないのか?」

 悠真の質問に、リリンは否定の仕種しぐさを見せた。

「転換の前後に関係なく、錬成武具に意識を送れば自由自在じざいに変えられるもん。ただ第二ぐらいならすぐ辿たどり着くけれど、相性はそう簡単には上がらないもん。これまで確認された段階は、商霊が知る限りでは第三までしかないもん」

 リリンは細い眼をさらに細め、にっこりと笑う。


「だから愛用している人達は、第四の開放を目指して大事だいじにしているもん」

「ふぅん……」

 生返事をした悠真に、不意の疑問が浮く。

「そんな最高の錬成武具があるのに、どうして普通の武具も売られてんだ?」

「ん……?」

 リリンは不思議そうに一瞬だけ硬直し、静かに声をつむいだ。

「そんな最高の錬成武具だからこそ、貧乏びんぼうな人には手が出せない代物だもん。一つの錬成武具を入手するお金で、孤島ことう別荘べっそうが一つ建てられるぐらいだもん」

 悠真は息を大きく吸い込んだ。その音はある種、悲鳴にも聞こえただろう。


 錬成武具を受け取ったとき、ピピンは〝ちょっといい代物なのね〟と言っていた。しかしちょっとどころの話ではない。最高級品と言っても差し支えのない品だった。

「まあ……商霊ではたまに還元祭かんげんさいといって、錬成武具を景品にしていたりするもん。ちょっと前にも、商業都市でもよおしていたもん」

 まだこちらの世界に来たばかりのころを、悠真はぼんやりと思いだした。商業都市で秘力を数値化するといった、錬成具でのお遊び的な催しがあったのだ。

 それが確か、還元祭だとうたっていた気がした。催しの司会をつとめていた男を当時は小人こびとか何かだと思っていたが、今さらに思えば商霊だったに違いない。

 関連のある紅髪べにがみの少女を思い浮かべていると、リリンの声が耳に届く。


「まあ、かなり高価な代物だから、錬成武具を持っているのは基本的に王族おうぞく貴族きぞく、あるいは大金持ちの人ぐらいだもん」

「はは……残念ざんねんながら、俺はその中にはふくまれねぇな。たくわえはまだ少しだけあるけど、もうそろそろ何か仕事しないとだめだなぁってぐらいの貧乏人だし」

 リリンは小さく相槌あいづちを打った。

「そうなのもん? それなら一つ依頼を受けてみるもん?」

「そういえば……商霊はそんなこともやってたな」

受諾じゅだくされて間もない急募の依頼が、この近くであるもん」

 リリンは屋台を物色し、一枚の紙を取り出した。


「これだもん」

 紙を手渡そうとしてくるリリンに、悠真は胸の辺りで両手を振る。

「……ああ、すまん。実は俺、あんまり文字が読めないんだ」

「そうなのもん……これは、ある屋敷のお嬢様からの依頼だもん」

 ふんふんとこたえると、リリンが続ける。

「依頼は、最大で二名からなる護衛ごえいの募集だもん」

 護衛と聞き、悠真は少し腰が引ける。何からまもるのかはわからないが、なんらかの外敵から警護けいごするのは間違いない。

 ともすれば戦闘に加え、身をたてとしなければならない展開もあるだろう。


 三日前に光の聖女から、心配させないでくれとたしなめられたばかりであった。

 危険な依頼を受けるのは、あまりよろしくない。

「うぅん。護衛ごえいの依頼かぁ……」

「気に入らないもん?」

「……あんまり危なそうなのは、ちょっとな」

 不思議そうな顔をして、リリンが見上げてくる。

新生しんせいの団だったとはいえ、聖印せいいん騎士団の団長とやり合えるほどの実力はあるから、てっきりこういった護衛系統の依頼は向くと思ったもん」

 悠真は苦笑いで誤魔化ごまかしておく。


「それに、この依頼……拘束こうそく時間が短いわりに報酬ほうしゅう金が百万スフィアだもん」

 報酬額を聞き、悠真はびくりと体を震わせた。

 それだけの高額報酬であれば、おそらく危険度はかなり高いと考えられる。しかし所持金のたくわえがせ細っていっている悠真からすれば、魅力みりょくてきではあった。

 本日は銀髪の彼女と会う約束がある。だから拘束時間は短ければ短いほどいい。

「あ、ちなみにその護衛の拘束時間と内容って、どんな感じなんだ?」

 思わず早口になってたずねると、リリンはゆっくりとした口調で答える。

「十年ごとに誕生する、レネキス結晶の特殊形状の入手および、往復路おうふくろの護衛だもん。たぶん内容から、本日中に終わりそうな依頼だと思うもん」

「おお、今日中か……ん、レネキス結晶って?」


 聞き覚えのない名称に困惑こんわくし、悠真はそのまま問い返した。

高濃度こうのうどな自然界の秘力が生む、結晶のことだもん。七色に輝いている美しさから、宝石商や売人ばいにん達が高値たかね取引とりひきしていて、加工次第ではかなり高価になる結晶だもん。ただ、商売敵や妖魔ようま遭遇そうぐうする可能性は高いから、きっと護衛が必要なんだもん」

 悠真はうなりをあげて押し黙る。やはり危険はあるらしい。

「でもね、この依頼ちょっと不思議な依頼だもん」

「何がどう不思議なんだ?」

希少きしょうな結晶だから、自分でれるのならそっちのほうが稼ぎいいもん。特殊形状がどういう結晶なのかはわからないけれど、それなら護衛一人に百万は高すぎるもん。そんな変な依頼だから、いまだに一人しか依頼を受けていないもん」


 悠真は腕を組み、頭の中で情報を整理する。

「あぁ……普通に店か何かで買ったほうが安いって話か」

手間てま労力ろうりょくと加工技術も込みで考えると、ちょっと不思議な話だもん」

「純粋に、れたてのほうがいいって話じゃないのか?」

 悠真は漠然ばくぜんと浮かんだ予想を告げた。

 リリンは苦笑をらし、小さな手を左右に振る。

「それなら、採れたてを買ったほうが安いもん。まあ、この依頼がだめなら……」

「いや、待て待て待て」

 リリンが手にしている紙の一部分が視界に入り、悠真は咄嗟とっさに言葉をさえぎった。



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