第八幕 心から溢れる笑顔
「ここが戦場で僕にその気があれば、悠真君の人生は終わっていたぞ」
思考停止していたのに気づき、悠真は聞き終えてから大きく離れた。
気を
それでも、絶望的な戦力差を痛感させられた。
「
覚悟が足りない――確かに、その通りなのかもしれないと思う。
悠真は目を閉じ、そっと深呼吸をする。
エレアの兄だとか、もはや関係ない。一人の敵として、悠真は心を改めた。
「よし。やってやるよ」
「うん。いい
悠真は
「
ディアスは口許に笑みを張りつけ、剣を横に差し出した。
悠真はまずいと瞬時に判断して、ディアスと距離を縮める。
「
ディアスの剣の前に、
(間に合わねぇ!)
「
紋章陣が
すでに
落ち着いた様子で、ディアスは地面に剣を突き刺した。台風を思わせるような強い風が吹き
素早く受け身を取ってから立ち上がり、悠真は左手を胸に
「闇の精霊王。黒き
まばゆく輝いた左手を前に出すと同時に、黒き紋章陣が浮かんだ。それを右の拳で突いて砕くと、漆黒の
本来、悠真には秘術的な詠唱など必要がない。精霊が扱う精霊術は秘術とは違い、
それでも
漆黒の
少し生命力を失ったせいで息切れしながら、悠真はまた左手を胸に添えた。
(闇の精霊王、お前の精霊術だけ貸せ!)
「おせぇ!」
黒き紋章を打ち
派手に
「
口早に詠唱され、若草色の紋章陣から風の矢が飛んで来る。
「つ……つつ」
激しい疲労感と体中に広がる痛みを
直撃したと思ったが、彼は傷一つすら負っていない。
「かなり驚かされた。まさか詠唱もなく……とはな」
アリシアの教え通り、確実に相手の意表をつけていた。それでも対応された。
信じたくはない事態に、悠真はディアスを強く
「しかしそれならば、もっと引きつけておいたほうがよかったな。あと一瞬でも遅く発動していれば、僕も反応はできなかっただろう」
ディアスの言葉は正論だった。これは経験のなさによるもので間違いない。
「それにしても、その
ディアスが、ぼそりと
そんなことを考えられるだけの
「くそ……」
舌を打った矢先、激しい
音から、エレアが超高速剣技の秘術を発動したと思われる。
「
マリアベルの周囲に空色の紋章陣が発現し、そこから大量の水が
エレアの姿が消えるや
まったく関係のない場所に思えたが、よく見ればそこにエレアがいた。
制服がぼろぼろになっており、傷だらけになっている。
「エレアノール。その
水の球体を
「
はっと悠真は息を呑んだ。マリアベルの
打つ手がないと思い込んでいたが、信じられない弱点が浮き彫りとなった。
「本来は、それを
「そんなの、お姉様に言われなくたって! わかっているから!」
涙で
「確かに、お姉様や、お兄様のようにはいかない! だけど、私だって、いつまでも出来損ないのままじゃない!」
「実力で証明しなさい。そんなぼろぼろになって、まだ奥の手があるのならね」
「あぁあああ――っ!」
エレアは
マリアベルに斬撃を繰り出しているものの、すべて見切られてしまっている。
マリアベルの周囲に漂っている水が、一本の細長い線へと変形した。それはまるで
力を振り絞るように、エレアがぎこちなく起き上がった。
「勝つもん……私が、優勝するんだもん」
泣きながら言ったエレアの必死さに、悠真は視線を
ふと、ある妙案を思いついた。しかしそのためには、いろいろと
「
ディアスの言葉に苦笑し、悠真は
「おい、エレア」
きつく
「うっかりしてたが……そういえばお前の目的は優勝だったな? いいか。五秒だ。
「お前……」
「泣いても笑っても、五秒がすべてだからな」
エレアが曇らせた顔を
「でも、だって……それは」
「勝ちたいんだろ? 俺一人じゃ無理だ。お前一人でも無理だ。だから、な?」
しばらく
悠真はエレアの隣に並び、ディアス達を振り返った。
「と、いうわけで……一騎打ちはこれまでにしてさ、お二人の相手は俺一人がする。全身全霊、命を
「まさか――一人でも手が余る相手を二人同時に?」
マリアベルがくすりと笑い、ディアスは楽しそうな顔をした。
「いいだろう。見せてもらおうか」
「たった五秒だけの世界を楽しんでくれ」
悠真は胸に、そっと左手を置いた。
「
エレアの言葉を引き金に、悠真は声を高らかに飛ばす。
「闇の精霊王ガガルダ! お前の力を貸せ!」
黒い
体中が
まるで画面越しを思わせる視界の中で、悠真は手のひらを前に突き出す。
「来たれ」
腹に響く重みのある声を
当てるつもりはない。あくまでも
「
ディアスとマリアベルが奇妙な虫の対処をしながら、エレアの行動を
エレアの秘術に対応ができるのだ。この程度で足止めできるわけがない。
悠真は素早く両翼を羽ばたかせ、高く飛び上がる。
黒い紋章陣を四つ横一列に生み出し、蹴りで一気に打ち
翼をすぼめ、地に足がつく前に転化を解く。
人の姿へ戻った悠真は、地に降り立った。
「ジャスト、五秒だ!」
悠真は両足を広げ、
想像以上に、生命力をかなり消耗してしまったらしい。心臓が激しい
息が
《宝玉が
終了を知らせる警告音と大歓声が重なり合い、大きく響き渡った。
頬の汗を
「なるほど……これは、確かにお手上げだ。あのアルドが落ち込むわけだな」
ディアスが笑いながら言い、マリアベルが
「もう一度やれば、対処できそうだけれど」
「あまり本気を出すと、優勝者のいない
「それならそれでいいでしょう。
二人のやり取りを眺めながら、悠真は深く肩を落とす。
どちらも、本気ではなかった。それどころか、どこが悪いのかアドバイスを目的としていた
「まあでも、それでも勝ちは勝ちっすけどね?」
苦笑交じりに告げると、ディアスが
「そうだな。でも、実戦ではこうはいかない。もっと
「悠真ぁ! やったやったやったぁ! 優勝よ、優勝!」
悠真は視線を移すと、ぼろぼろのエレアが子供みたいにはしゃいでいる。
エレアが小走りに寄ってきた。
「ちょ、おまっ……待て待て待て! 無理、今はきつい!」
「ありがとう、悠真。ねえ、優勝よ。優勝したのよ!」
「わ、わかったから、ちょっと降りろって!」
ふと視界に入ったマリアベルが、いたずらな笑みを浮かべる。
「ふふっ。妹を、よろしくね」
「姉さんの考案した
ディアスの言葉を聞き、悠真は
ふと、悠真に
エレアはまたがったまま、
「あ、あれ、お姉様が考案したのですかっ?」
「
「男同士の組み合わせもあるから、やめとけって僕は言ったんだけどな」
「でも、結果的にはよかったでしょう?」
にこにこするマリアベルに、悠真はいったん
「マグマとか電気とか、マジで死にそうなものがたくさんあったんだが……」
「いろいろ
顔を真っ赤にしているエレアが、おもむろに顔を向けてくる。
少し見つめ合い、そして彼女は
「本当にありがとうね、悠真」
エレアの本当に嬉しそうな笑顔の中に、ほんの少しばかり照れも混じっていた。
素直なエレアを見て、悠真は全身の力を抜いてから空を
(まあ、いいか。とりあえず、なんかもう疲れたな……)
何か
そう遠くない未来――
すべてを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます