第五幕   地下迷宮



 けたたましい警告音がひびくや、瞬時に明かりがともされた。

 暗闇から急に明るくなったため、目にかすかな痛みを覚える。次第に痛みが引くと同時に視界がはっきりとして、悠真は素早く周辺に視線を巡らした。

 赤みを含んだ岩肌の壁に囲まれた空間に、悠真とエレアの二人は立っている。

 ところどころに設置された電灯のおかげで、視界には困らなさそうであった。あとは先へ進めそうなほら穴が一つあるぐらいで、特に何かがあるわけでもない。

 悠真はエレアを向き――エレアの真上を、黒い球体が飛んでいるのに気づいた。

「エレア! 上に何かいるぞ!」


 あせった悠真はエレアの手首をつかんで、やや強引ごういんに引き寄せる。彼女を背後に回し、トンボに酷似こくじした羽を持つ黒い物体に注意を置いた。

 特に攻撃してくる気配は感じられない。

 無音で上空にとどまったまま、ただひたすら悠真達をじっと見つめてきていた。

「ちょっと、悠真! あれは、こちらの映像と声を送る錬成れんせい生命体よ! 禁断きんだん魔導まどう生命体とは違って、電石でんせきって錬成具を動力源にしたがいのない錬成生命体なの」

 一瞬の意識停止ののち、悠真は深い溜め息をついた。

 アナウンスで〝命をした〟と告げられ、少し神経がとがっていたのを自覚する。

「ああ、そうなんだ。てっきり、やばい何かかと思った……あわてて損したな」


「あの、悠真。そろそろ離してくれない?」

 なぜかエレアはほんのりとほおを赤く染めており、目線を斜め下へとせている。

 彼女がはにかむように、掴んでいるほうの腕をかすかに揺らしたのに気がついた。そこでやっと、悠真はエレアの仕種しぐさの意図を理解する。

「あ、わ、わりぃ。必死だったから気づかなかった」

「え、ええ……」

 エレアの手首を離したあと、悠真はあらためて周囲を眺める。

 ほかの参加者達は別の場所にでも送られたのか、周辺からは気配が感じ取れない。詳しい参加人数はわからないが、かなり直前まで参加を受けつけていた。


 列を乱したことで怒鳴どなられたのを含めて考えれば、あの広場にえがかれていた巨大な紋章陣は、おそらく地下迷宮めいきゅうの〝生成せいせい〟と〝移送いそう〟を行なう代物だったのだろう。

 周囲をゆっくりと見回しながら、エレアがつぶやいた。

「あの秘法は、参加者を地下へ送るためのものだったみたいね」

「ん、生成もじゃないのか? じゃなきゃ、あの人数には対応できないと思ったが」

「なんとも言えないけど、それはさすがに……ちょっと無理だと思うわ」

 金色こんじきの瞳で、エレアがまっすぐ見つめてきた。

「それより進みましょう。ぼやぼやしている間に宝玉ほうぎょくを取られたら笑えないし」

「ああ、そうだな」


 悠真は短くこたえ、エレアと一つしかないほら穴をくぐっていく。

 静寂せいじゃくに満ちた通路に二人の足音が反響はんきょうする。ほどなくして、また広々ひろびろとした空間に辿たどり着いた。さきほどとは違い、殺風景さっぷうけいな空間の中央に台座が設置されている。

 ほら穴は来た道を含めれば、左右と前方の四方にあるのだと確認できた。

 一応、脳裏のうりで地図を制作しているが――どこも似た場所が続いてしまうと、たとえ複雑でなかったとしても正確さに欠けてしまうかもしれない。

 一抹いちまつの不安をいだきつつ、エレアと台座のほうへ歩み寄っていく。

 台座の天辺てっぺんは磁器を彷彿ほうふつとさせるなめらかさで、何やら文字が彫られていた。

「あぁ……ここ、は……うぅん。だめだ。今の俺にはまだ読めない」


「ふふっ。まあ、何も読めなかったころよりは、読めるようになったじゃない」

 小馬鹿こばかにした口調のエレアを、悠真は半眼でにらんだ。

「学び始めたばっかりなんだぞ。それに、マジで難しすぎるんだよ」

 異世界の言葉を耳ではしっかりと聞き取れるし、相手に口で伝えることもできる。自動的に翻訳がされるのだから、意志の疎通そつうをするにあたって何も問題がない。

 問題なのは目だった。悠真は文字がまったく読めないにひとしい。

 これは闇の精霊王が悠真を異世界へと召喚しょうかんしたさい、なんらかの方法で言語の付与ふよこころみたが、途中で力尽きてしまった結果であった。

 少しずつ独学どくがくで勉強してはいるものの、異世界の文字は本当に難しい。


 漢字にローマ字、ひらがなやカタカナ――日本ではこういった四種類の文字体系がもちいられている。こちらの世界でも、それに近しい文字体系が存在しているのだ。

 日本の文字が別の文字に置き換わっているだけであれば、さほど苦労しなかったに違いない。そう簡単にはいかないと、勉強を進めるごとに痛感つうかんしていた。

 正直、悠真は文字に関して心が折れかけている。

 そんな心情を察知したわけではないのだろうが、エレアが得意げに言ってきた。

「もっとしっかりと頑張りなさい」

「言われなくてもそのつもりだ! で、なんて書いてあるんだ?」

 台座のほうへ視線を落とし、エレアがじっと眺めた。


「ここは、地下迷宮。一つの選択が大きな命運めいうんを分ける。暗示あんじを一つ与えよう。目に見えるものが真実であり、また虚偽きょぎでもある。すべてを疑い、宝玉ほうぎょくを目指せ。ね」

 真実と虚偽が何を示しているのか、憶測おくそくすらも浮かばなかった。ただ、この暗示が宝玉へと到達するために、おそらく必要不可欠となるのだろう。

 エレアも、難しい顔で考え込んでいた。

「アリシアなら、こういうのが得意そうなんだがなぁ」

「そうね。アリシアみたいな人が、どこかのだれかの御付おつきにいたら絶望ね……」

「そりゃあ、笑えないな……まあ、どれだけ考えても今はわからなさそうだし、今は適当に進もうぜ。ほかにも似た暗示があるかもしれねぇからな」


 来た道を除けば、三つの道がある。視線で探ったが、何かしるしがあるわけでもない。どれもトンネルに似たほら穴がぽっかりとあるだけであった。

「前か、右か、左か、か。とりあえず、前に前にって感じで進んでみるか」

 悠真の提案ていあんに、エレアは無言のままうなずいた。

 前方にあるほら穴を悠真達はくぐり抜け、先を目指して歩いていく。

 しばらくの間、足音のみが響いた。そして、ふと不可解な疑問が思い浮かんだ。

 通路には道すがら分かれ道が何か所かあった。適当に前へ前へと進んだだけだが、まるでけられているのかと感じるほど、だれとも遭遇そうぐうしない。

 不思議な感覚になやまされていると、前方に扉が一つ見えた。


 木の根を編み込んで造られた扉を開けば、むせ返るような熱気が流れ込んできた。

「うぅっわ……マジか?」

 灼熱しゃくねつ感のある空気がこもった空間は、どうやらはずれの部屋だと思われる。

 中央部分に足場が見当たらないのだ。悠真達が立っている場所と、対岸たいがんにある扉の付近ぐらいしか足の踏み場がないため、完全に行き止まりの部屋であった。

 足場がない部分をのぞき込めば、はるか下は燃え盛るマグマがうねっている。

 寄れば寄るほど、肌が焼きつくような痛みを与えてくる。

「ここは橋も何もねぇし、進めねぇだろ。飛んでどうにかなる距離じゃねぇぞ」

「はあっ? 何よ、この暗示あんじ!」


 いつの間にか、エレアがすみにあった台座の前に立っていた。

 悠真はエレアの隣に移動しながらたずねる。

「なんて書いてあるんだ?」

「ここは灼熱の間……先へ進むには、御付おつきと指をからめた手繋てつなぎで進むべしって」

 意味は理解できたが、それでも訳がわからない。

 悠真は腕を組み、首をかしげた。

「なんだ、そりゃ……」

「わ、わからないわよ」

 エレアの言葉が終わるや唐突とうとつに地面が揺れ出し、地響きが立つ。


「なっ――」

 通ってきた扉が急激きゅうげきな速度でかれれていき、またたく間に土にもれた。

うそだろ!」

「嘘でしょう!」

 同じタイミングで、悠真はエレアと驚愕きょうがくの声をあげた。

 扉のあった場所へと駆け足で向かい、現状の把握はあくつとめる。すでに強度の高そうな石壁としており、人の力ではなんとかなりそうもない。

 完全にふさがれてしまい、後戻りができない状態におちいった。

「一度選んだ場所からは、引き返せない……?」


「命運を分けるって、そういうことか!」

 悠真は後ろを振り返り、マグマがうねるくぼみに視線を向けた。

 どう考えても、手をつないだだけでどうにかなるものではないと思える。なんらかのわなを予感させたが、試しに手を繋いでいない状態で片足を落としてみた。

 なんの感触もられない。そのまま落下していくとしか考えられなかった。

 これが仮に、台座にあった通りの行動を起こせばどうなるのかが気になる。異性と手を繋ぐのにずかしさと抵抗ていこうはあったが、それよりも好奇心のほうが大きい。

 悠真は、エレアにそっと手を差し出した。

「エレア、ちょっと手を貸してくれ」


「は、はあ? お前、頭おかしいの?」

「いや、いろいろ試さないとわからないだろ」

いやよ――絶対に嫌! お前なんかと手を繋ぎたくない」

 エレアの容赦ようしゃない拒否きょひぶりに、悠真は少しばかりの傷を心に負った。

 そこまで全力で否定ひていされると、さすがにつらいものがある。

 そんな悠真をよそに、エレアはかなしげに顔をせた。

「だって、私の手は……」

 悠真は、はっと思いだした。

 秘術を扱えなかったエレアだが、剣術に関しては目を見張るものがある。


 秘術を扱えなかったからこそ、別の分野ぶんやを伸ばすといった選択をしたのだ。当然、剣術だけではない。秘術も自分なりに頑張って自主訓練くんれんをしたと言っていた。

 そうしていたとわかる結果が、彼女の手のひらには深くきざまれている。

 その〝傷〟にれられるのが嫌に違いない。

 悠真は溜め息を吐き、エレアの手を素早くつかんだ。

「なっ、なぁ――?」

「そんなの、気にしなくてもいいんだ。お前の手のひらにあるマメやタコは、お前にとっての努力の勲章くんしょうだろ。ずかしがる必要なんか別にないじゃないか」

 エレアが引きがそうと、つかまれた手を激しく振る。しかし悠真は離さない。


「いや、お、おぉ、お、お前――ちゃんと理解しているわけ?」

「おい! ただでさえ暑いのに、手を振るんじゃねぇよ」

いやよ! 離して!」

「こっちは恥ずかしいのを我慢がまんして、お前のために宝玉を目指してやってんのに……とうのお前がそれでどうすんだ。優勝、したいんだろ?」

 真っ赤にほおを染めた顔で、振る手を止めたエレアが目をいた。

「……う、うん」

「だったら、暗示通りに確かめてみるぞ」

 エレアは力を抜き、指をからめ合わせてきた。熱気のせいか、お互い手汗がひどい。


 それはそれで、今度は悠真のほうが手を離したいと思う。気持ちが悪いと言われた日には、立ち直れそうにもない心境であった。

 悠真は必死に冷静れいせいさをたもち、再びマグマがうねる足場のない場所に片足を落とした――今度は足場がある感触がする。瞬間、青白い光が波紋はもんのごとく輝いた。

 悠真が踏んでいる周辺には、その淡い光がとどまっている。

「ど、どういう原理なんだ、これは……」

「きっと条件で発動する秘法が、この空間には込められているみたいね」

 悠真は眉間みけんに力を込めて問う。

「秘法って、そんなこともできるのか」


「私も、そこまで深くは……でも、特定とくていの空間内であれば、可能だと思うわ。お前が踏んでいるのは、ようするに結界けっかいの一種なの。侵入しんにゅうふせぐほどの硬度があるのなら、反対に踏むこともできるわ。宮廷法術士が開発したのは、これも含めてなのね」

いやな法術を開発しやがって……)

 胸中で悪態あくたいをつきながら、悠真は結界が張られた部分を片足で何度か踏みつけた。落ちたら洒落しゃれにならないでは済まされない。

 石橋をたたいて渡るぐらいでちょうどよく感じる。

「よし。行くぞ!」

 恐怖きょうふ心を声に乗せて吐き捨て、悠真は決心して一歩を踏み出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る