第六幕   殺意のある攻撃



 悠真は全身の肌が粟立あわだつ。はたからは、宙に浮いているふうにしか見えないだろう。

「……お、おう! 大丈夫みたいだ。行くぞ、エレア」

 罠も警戒けいかいしながら、悠真はエレアと歩いた。そもそも、これで罠があろうものなら確実に死ぬしかない。姿すら思い浮かばない神に、強く祈りたい心境だった。

 しかし拍子ひょうし抜けするほど、あっさりと何事もなく対岸へと渡れてしまう。

 悠真は安堵あんど感に満ちあふれ、心の底から溜め息をらした。

「ふう、よかったぁ……」

「おい、お前」

 エレアを見ると、赤らめた顔をそむけていた。


「なんだ?」

「いつまで手をつないでいるのよ、この変態!」

 エレアが憤慨ふんがいした面持ちで怒鳴どなった。

 苦笑で応じながら手を離すと、エレアはえらそうに腕を組んだ。

「私にれるなんて、百年早いんだから」

「……じゃあ、無事ぶじに渡れたし、先に進むか」

無視むしをするな!」

 両腕を下にまっすぐ伸ばして、エレアは声をあらげた。

 不意に、悠真はどこかなつかしさを感じる。


 エレアと出会ったころを思いだしつつ、悠真は伝える。

真面目まじめな話、急ぐぞ。こんな場所で、妙に時間を食っちまったからな」

「わ、わかっているわよ!」

 目の前にある木の根で造られた扉を開くと、また長い通路が続きそうだった。

 黙々もくもくと歩き、悠真は少ししてからエレアに声をかける。

「まさかとは思うけど、こんなのばかりだったらどうするよ」

「か、考えたくもないわ」

 れるエレアをおもしろく思い、悠真はちょっとだけからかってみる。

「次の試練はあれだな。お互い下着姿でくっつきながら水中を進むとかだな」


「は、はあ? お前、本当にただの変態じゃない! 馬鹿ばか!」

 ほお紅潮こうちょうさせたエレアが、わずかに声を裏返らせて罵倒ばとうしてきた。

 悠真は苦笑交じりに言葉を返す。

「いや、別に俺がそうしたいわけじゃない。ただ、そんなのもありそうだなって」

「そんな場所、あるわけないじゃない! 常識で考えなさいよ、常識で!」

 予想以上の反応はんのうをしてくれたエレアに、悠真はうれしく思う。ただ、これ以上は気の毒に感じられるため、自制しておく。

 そうこうしている間に、次の扉の前に辿たどり着いた。

「さて、次はどんなキワモノ――」


 言いながらに開くと、空中放電ほうでんを思わせる音が耳に届く。

「うぅっわ。なんじゃこれ」

 細い柱がたくさん立てられた空間の中――その柱と柱の間を、隙間すきまなく雷光でんこうが張り渡されていた。くぐり抜けられそうな場所など、どこにも見当たらない。

 もし少しでもれて感電でもすれば、命を失いかねないと容易よういに想像できた。

「そうだ。お前は雷属性なんだからさ、普通に通れるんじゃないのか?」

「無理に決まっているでしょう! 同属性だからって、耐性たいせいがあるわけじゃないの。自分の秘力で生み出したものと、そうでないものとでは、まるで違うのよ。というか自分で発動した属性の秘術ですら、場合によっては危険きけんなことだってあるわ」


「ああ、まあ、そりゃそうか」

 黒髪に指を通し、悠真は頭をいた。

「じゃあ……やっぱり、台座の文字を読むしかないか」

 すみにある台座へ向かおうとした矢先、また地響きが鳴った。くぐってきた扉が土にもれてしまい、もう後には引けない状態となる。

(これは、さっきと同じか……)

 台座を前にすると、隣にいるエレアが文字のあるほうへと視線を落とす。

 つかの間をて――顔を真っ赤にしたエレアが、体を大きくらせた。

「ばっ、ばば、ばっ、馬鹿ばかじゃないのっ?」


「今度は、なんて書いてあるんだ?」

「お前が変なことを言ったからよ! 絶対そうに決まっているわ!」

 あわてふためいて怒るエレアに、悠真は訳がわからず首をかしげた。

 エレアがためらいがちに、たっぷりとした間を置いた。

「お互い、抱き締め合いながら、稲妻いなづまの中を進むべし」

「……え? なんて?」

 悠真は、しっかりと聞き取れていた。

 聞き取れていてなお、耳を疑ってき返したのだ。

「だから、お互い抱き締め合いながら、稲妻の中を進むべし」


 悠真は深く考え込む。何かの隠語いんごの可能性も捨て切れない。

 聞き取れなかったと思ったのか、エレアは力を込めるかのような姿勢で叫んだ。

「だから! お互い抱き締め合いながら進むの!」

「いや、聞こえてるよ」

 エレアは唖然あぜんとした顔になったのち、もの凄い剣幕けんまくにらんできた。

「こ、殺すわ、お前!」

 エレアに首を絞められ、そして体を揺さぶられつつ悠真は考える。

 もはや訳がわからない心境であった。死を強く連想させる場所の割に、回避方法があまりにも子供みている。作為さくい的なものを、予感せずにはいられない。


 エレアの両手を払いのけてから、悠真は腕を組んだ。

「しかし宮廷法術士ってのは、欲求不満者の集まりか何かなのか?」

「知らないわよ! どうしてくれるのよ、これ。お前のせいだから!」

「いや、どう考えても俺のせいじゃないけどな……俺のは下着姿でくっつくだし」

「うるさい! ちゃんと事情じじょうを呑み込みなさいよ!」

 激しくうろたえる彼女を見ていると、悠真は逆に冷静れいせいになれた。

「まあ、なんにしても……やるしかないだろ?」

「うぅ……だって、こんなの……」

 片足を一歩後退して、エレアは口ごもった。


 悠真は指を二本立て、彼女に見せつけた。

「一つは進む。もう一つは……やめるって選択もあるが?」

「やるわよ……やるに決まっているじゃない! は、早く私を抱きなさいよ!」

 言葉を吐き捨て、エレアは両腕を大きく広げた。

 エレアの姿勢と言葉のみを見れば、非常にあやういものだと思えた。そのせいで妙に意識してしまい、悠真にもとてつもないずかしさが込み上がってくる。

 正直なところ、悠真も異性とれ合うのに慣れているわけでもない。しかし自分で選択を与えた手前、ここでためらうのは彼女に対して失礼でもあるだろう。

 意を決し、おそおそる悠真はエレアに近づいていく。


 目の前にしたエレアは、驚くほどつやっぽい。きめ細かな肌に美麗びれいな顔立ち、何よりスタイルは文句もんくのつけようがないほどであった。だが、悠真には想い人がいる。

 だからここは、無心を貫くべきだと自身に言い聞かせた。

 壮絶そうぜつれが込み上がってくる中で、悠真はぎこちなくエレアを抱き締める。

 いい香りが鼻先をくすぐり、柔らかな感触があちこちから伝わってきた。無意識に全神経がれている胸や手に集中してしまい、エレアを女だと強く意識してしまう。

 そこに無心など、どこにもなかった。

「い、行くわよ!」

 金色こんじきの瞳を涙でわずかににじませたエレアに、悠真は無言のままうなずいた。


 次の扉がある場所まで、歩幅ほはばを合わせて少しずつ雷光らいこうの中を進んでいく。

 まるでカニみたいな歩き方になっているに違いない。へんてこではあるが、そんなものがどうでもいいと思えるほど、抱き締め合っているほうがずかしい。

 意識を別の場所へらそうと、悠真は半ば放心ほうしん状態となりながらも観察した。

 ほのかに光を放つ結界けっかいが、自分とエレアの全身に張り巡らされている。雷光が当たる寸前すんぜんで完全にはじかれており、おそらくこれも条件で発動する代物なのだろう。

 時間を消費しつつ、悠真とエレアはなんとか扉を前にする。

 お互い同時に離れ、息切れにも似た溜め息を何度も吐き捨てた。

「やっと、抜けられた……」


 疲労が溜まってきた悠真の目に、ある物体が視界に入る。

 一瞬、意識が遠退とおのいた気がした。手をからめ合わせて、お互い抱き締め合い――次に何が来るのか予想もつかない。確かに、それも恐怖きょうふではあった。

(いや、違う違う。今はそんなのどうだっていい!)

 浮遊ふゆうしている、トンボの羽を持った黒い球体――声と映像を送る錬成生命体だと、エレアは言っていた。つまりすべてが観客席へ筒抜つつぬけになっているはずなのだ。

 それが意味するのは明確であった。エレアの家族どころか、銀色の髪と瞳を持った彼女にも観られている可能性は非常に高い。

 錬成生命体を見る瞬間まで、悠真はすっかりそのことをわすれていた。


 悠真はいやな冷や汗をかく。これまでをかえりみると、非常に気まずい。

 思い返せば、エレアは言葉の端々はしばしでこちらの理解を求めるような発言をしていた。だからきっと、彼女はきちんとわかっていたに違いない。

(言えよ、それ! なんで……)

 彼女からしても、言えるはずがなかった。それを言ってしまえば、本来はそうしているものだと疑われかねない。そこまで察していても、悠真はエレアをにらんだ。

 なぜ睨まれているのかわかっていない様子で、エレアは小首をかしげた。

「お前、もっとちゃんと――」

 そのとき、宙にとどまった錬成生命体から女の声で音声が流れてきた。


《参加者の皆様に、お伝えします。参加者六百二十三組の内、五百六十八組が脱落。宝玉は今もなお、誰の目にもれておりません。繰り返します――》

 悠真は目を大きく見開く。開始してからまだ間もないはずであった。

 今現在の時点で、半数どころかすでに約九割が脱落している。

(残りは、えっと……五十五組しか残っていないのか?)

 ずかしさを我慢がまんすれば、どれも単純に切り抜けられる。それは間違いない。

 九割近くがはじを我慢できなかったなど、あるはずがなかった。ほかになんらかの、脱落率が高まる何かが待ち受けているのだと考えられる。

「エレア、慎重しんちょうに進むぞ。何があるか、マジでわからねぇ」


「え、ええ。そうね」

 悠真の緊張きんちょうが伝わったのか、エレアは戸惑とまどいつつこたえた。

 木の根で造られた扉を開き、悠真はエレアと進んでいく。

 次の扉までの道中――これまでとは様子が異なる分かれ道があった。

「なあ、エレア。あれなんて書いてあるんだ?」

「ん……地上への道はこちらって書いてあるわ。棄権きけんや脱落者用じゃない?」

「あれだけ脱落者が多いんだから、そういうのも作るか。じゃあ、こっちだな」

 悠真とエレアはもう一方の道を進み、そしてまた閉じた扉の前に辿たどり着いた。

(頼むから、変なのは来ないでくれよ……)


 願いを込め、悠真は扉を開いた。瞬間的に、不吉ふきつな影が視界に入る。

「エレア、危ない!」

 なかば本能に近い状態で、エレアを押し倒して身をまもった。

 悠真達の上空を、とがった瓦礫がれきのような破片が飛んでいく。あとコンマ数秒、反応が遅れていたらどうなっていたのかわからない。

 これまでとは違う殺意さつい的な攻撃を受けたと、悠真は瞬時に呑み込んだ。

「ちょっと、はずしているわよ」

「いやぁ……今度の奴は結構反応がするどいな」

 どこかで聞き覚えのある男女の声が響いた。悠真は扉の先に視線を移す。


 青髪をらした女と、茶髪の男の姿がそこにはあった。地下迷宮へと送られる少し前に、エレアに暴言ぼうげんき散らしていた二人組だと記憶している。

(こいつら! まさか――)

馬鹿ばか……」

 エレアがか細い声をあげた。目を向けた直後、悠真は絶句ぜっくする。

 彼女を押し倒した拍子ひょうしに、胸に気づかず手を置いていた。理解に達すると同時に、ほどよい大きさの胸の感触が手のひらを通じて伝わってくる。

 今朝と同様、エレアは耳の先まで顔を真っ赤に染めた。

「悠真の馬鹿ぁあああ――!」


 悲鳴みた声を出し、エレアに突き飛ばされた。悠真の肩にかすかな痛みが走る。だが、そんな場合ではない。また観客席に、あられもない姿を見せてしまった。

 謎の攻撃を受け、エレアをはずかしめ、ひどい混乱が悠真をおそう。

「まあ……だれかと思えば、エレアノールではありませんか。こんなところで御付おつきのかたといかがわしい行為をしていらっしゃるだなんて、はしたない女ですわね」

 嘲笑ちょうしょう混じりに言った女に対して、悠真は不快ふかいに感じる。

 一緒に立ち上がったエレアが、怒りのこもった声音で言葉を返した。

「マヌエラにダルシオ……あなた達、何をするのよ!」

「もちろん、邪魔じゃまをしているんだ」


「宝玉を入手するのは一組。他者を蹴落とさないといけないのですわ」

 大多数が脱落したのはそういうのもあるのだと、悠真は理解する。

 けわしい表情をしたエレアが進み、悠真も後を追った。

「それにここは、そういった場所だ。進んでも、扉が閉じないだろ」

 肩越しに扉を見れば、確かに閉じていない。今までとは違っていた。

悠久ゆうきゅう地門ちもん――」

 男の詠唱えいしょうが聞こえ、悠真は即座そくざに振り返った。

 茶褐色ちゃかっしょくの紋章陣が、いくつか地面に張りつく形で展開されている。

雄大ゆうだいな大地よ、怒り踊り狂え!」


 やじりを思わせるとがった岩が多く生み出され、くうを切り裂き突撃とつげきしてきた。

 悠真は瞬時に姿勢を低くして、攻撃系統の秘術を回避かいひしていく。

(なんだ、こいつ。これじゃあ、まるで……)

 悠真のみを的確てきかくに狙った攻撃であった。

詠唱えいしょうを終える前になぐるんだろ。やってみろよ、おらぁ!」

「やっぱりか。エレア、もう一人は頼んだぞ!」

 エレアならできると信じ、悠真はあえて可能かどうかはかなかった。

 言葉にはしなかった考えが伝わったのか、エレアは余裕よゆうそうにうなずいている。

「ええ、わかっているわよ。お前、女が相手だと完全に無能なんだから」


 何も伝わってはいなかったが、結果としてはそれでもいい。ただ、なぜ味方からも精神的な攻撃を受けなければならないのか、はなはだ疑問しか残らなかった。

 悠真は複雑ふくざつな気持ちをかかえたまま、中指にはめている黒い指輪に意識を送る。

 瞬間――黒い指輪が雪白に輝き、その光が両腕をつつみ込んでいった。まばゆい光がはじけ飛ぶように消えるや、ひじまである漆黒しっこく籠手こてが装着した形で現れる。

 悠真は右拳をあごの近くにえ、左足を半歩前へと出して構えた。

「おいおい、本気か? 格闘術で俺とやり合うつもりかよ」

 ダルシオが落胆らくたんした声で言い、ポケットから一つのアクセサリーを取り出した。

 悠真と同じくアクセサリーが雪白に輝き、一本の長槍ながやりへと転換される。


「俺の間合いに入れると思うなよ!」

 虚空こくうを切り裂き、ダルシオが勢いよく槍を振り回していく。

 構えたダルシオを見て、悠真は首をひねりながら鼻でわらって返した。



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