第三十四幕 一筋の涙
悠真は重い
視界が
ぼんやりとした視界の中で、銀色の髪を垂らした
憂いた女神をよそに、とても心地よい感覚が頭を通じて伝わってくる。
(シャル……?)
ようやく、悠真は彼女の名を思いだした。
次第に、視界がはっきりとする。目許にある小さな
「なんだ、どういうことだ。この状況はいったい……」
じわりと
おっとりとしたアリシアの顔に、
「気分はもう、よろしいのかしら?」
「お前、本当に
なぜかエレアが
確かに無茶な行動は多い。異世界に来てから無茶しかしていないとすら思える。
悠真がおぼろげな記憶を掘り起こしていると、シャルが力のない笑みを
「あまり、心配をさせないでくださいね」
「ああ、俺、相当やばかった……みたいだな」
言っている最中に
「彼女と、みんなのお
「ん、彼女?」
アリシアに目を向けると、手を差し出している。
手の先には、リアンと――ちょうど、体を起こしていくアルドの姿があった。
「いいか、
リアンが
「ああ、いや、なんかよくわからんが……助けてくれたんだろ。ありがとう」
「ふん!」
リアンは腕を組み、そっぽを向いた。
彼女の隣にいるアルドが、
「認めよう、完全に私の負けだ。まさか、敵の
「
一瞬、アルドが
「そうか。しかしそれは、あまり
「だったら、何度でも倒してやる。二度と手を出したくないと思うまでな」
悠真の言葉が終わるや
「
ミアストが
指示に
「なあ、アルド!」
足を止めたアルドに、悠真は笑みを送る。
「今回の俺は、闇の精霊王の力を借りなきゃ、絶対お前に勝てなかった。だからさ、今度はまた秘術とか抜きでやろう。いつか、俺だけの力でお前に勝ってやるからな」
アルドは
「今度こそ、息の根を止めるのが騎士としての
悠真は適当な場所を眺める
指示された紋章陣の上に、アルドとリアンが乗った。ゆっくり浮遊した紋章陣が、塔の下へと二人を連れ去っていく。
騎士達をやや
「では、いい加減に乗ってもらってもいいですか?」
ミアストは一切ぶれない。あくまでも事務的に対応してきた。
悠真は苦笑で
運ばれていく感覚は、エレベーターに近いものがあった。こちらの世界ではこれが通常なのだろうかと、間持たせの意味も含んで答えのでない想像をする。
ほどなくして、悠真達はひらけた大きな空間に
巨大な
まるで雪のように白い肌をしており、ゆったりとした空色の布服を着ている巨人だ――胸の大きさや顔立ちから、女だと思われる容姿であった。
「
「
アリシアが
「はい。おっしゃる通りです……私はルニム族、最後の生き残りです」
「嘘を言わないでください。早く話を進めてもらえますか?」
あっさりとミアストが否定し、話の進展を
ハオは白けた顔で、ミアストのほうを
「マジで嘘だったのかよ!」
「はい。本当はルニム族がいた時代から存在している、霧の精霊王です」
(霧の、精霊王……)
ガガルダと同じ
ふと肩がつつかれた感覚を覚える。いつの間にか、ミアストが
「ところで黒髪の青年、殴らないんですか。やりましょう、ぶっとばしましょう」
ミアストがハオの方角に、何度も拳を突いた。
無表情で言われると、どこか怖いものがある。悠真は少しばかり腰が引けた。
「いや、それより……どうして、あんな
「
「精霊達の力があったからだ。こんなの、普通は無理難題だろうが」
悠真は語気を強めて言い
どう考えても、闇の精霊王や水の精霊主の力なくしては不可能だった。
不思議な空気感のあるハオが、
「はい。ですから、
「どういう意味だ?」
「今回の試練は、闇の精霊王と水の精霊主を魂に宿した、汝の〝ためだけに〟与えた試練なのです。まあ、もしも
悠真は、訳がわからない心境であった。つまりハオは、悠真であれば試練の達成が可能だからこそ与えたと言っている。しかし不透明な問題がある。
この世界に来てから、まだ一日にも満たない。接点がどこにも見当たらないのだ。
「どうして、俺なんだ! 俺は、あんたを知らない」
「我も汝を知りませんでした。ですが、闇の精霊王ガガルダは知っています。そんなガガルダが選び連れて来た者を、見ないわけがあると思いますか?」
自然と
おそらく悠真が異世界の住人であることを、ハオには知られているに違いない。
(今回の一件は、全部ガガルダのせいか……)
おおよその事情を呑み込むや、悠真の肩がぐったりと落ちる。
ハオの声が静かに
「
「えっ……? 霧の精霊王ハオ、それは本当でございますか?」
エレアが
アリシアとシャルの顔も驚きに満ちている。
「はい。そして
「あれ? 霧の摩天楼は、ルニム族がいた時代からあるんですよね? それなのに、
シャルの問いに、ハオは小さく笑う。
悠真達の
「それは、
「それでも数は少ないですが、記録に残らなかった覇者というのも存在しますから」
ハオは言い終えるや、両手を合わせた。
「では、
悠真の眼前にある地面が盛り上がり、伸びたそれは台座の形へと変化した。中央に金属の鉄板のようなものが埋め込まれ、何やら文字らしきものが書かれている。
じっと
「さあ、その台座に
「
ミアストが、ハオの言葉を補足した。悠真は腕を組み、首を
「いや、俺は文字が読めない。
シャル達は台座へ視線を落とした。全員が
「読めませんね」
「私にも無理ね」
シャルとエレアの二人に次ぎ、アリシアが難しい顔をした。
「これは文章ではないわね。きっと、秘法文字の一種かしら」
「やはり
ミアストの無表情に、かすかな驚きが浮かんだ。
そんなミアストを眺めつつ、悠真は質問を投げる。
「なあ、願いってどこまでが
「
悠真は
「あのさ、
「えっ、ゆ、悠真さん!」
「汝〝次第〟ですね。願いが品へ変わった
「えっ! マジで? 可能なの? 叶うの?」
悠真は驚きに背を押されたように、身を乗り出した。
「はい。おそらくですが……禁忌の悪魔にまつわるすべてが記された、一冊の書物が誕生すると思われます。それを
悠真は、
「シャル。俺、この願いに決めた!」
「でも、悠真さん。
謎に関して黙考していると、エレアが素早く寄ってきた。
「そうよ。たった一つの品で、帝王とまでなれる品もあるのよ」
悠真は
たとえ禁忌の悪魔の件がなかったとしても、そこまでは望まなかったに違いない。
「禁忌の悪魔にまつわるすべて……私は、興味があるわね」
アリシアの
「そうだろ? それに……別に、俺はいいんだ。自分がどこまでできるかだなんて、そんなのわからねぇけど、救ってやれるんなら救ってやりたい。ただ、それだけだ」
台座に
「だから、俺は願う」
「ちょ、ちょっと! 悠真さん!」
「禁忌の悪魔を――普通の女の子にしてやりたい」
台座が、まばゆい輝きを
台座の上には、ハオが予想した通り一冊の書物が出現していた。
「本当に書物なんだな。表紙に何か書いてあるが、なんて書いてあるんだ?」
「
シャルの声はか細い。
「シャル。もしかして、自分がどういった存在か知るのが怖いのか?」
「はい、少し……」
なんとも言えない表情で、シャルがぎこちなく
悠真はシャルの肩に手を乗せる。
「大丈夫。絶対に、シャルは禁忌の悪魔なんかじゃない。だから、一緒に知ろう」
悠真は
「しかし、だ。俺は文字が読めないから、そこはよろしく頼むぞ」
「
「それじゃあ、開くわよ」
目を輝かせたアリシアが、好奇心を抑えきれない子供のように書物を
しばらくして――
何やらただならないものを予感させたが、
最初に声をあげたのは、表情を
「ちょ、ちょっと! これって、本当の話なのっ?」
「そんな、
アリシアが
「そんな……私が?」
シャルが自身を、そっと抱き締めた。
そして――シャルの目から、一筋の涙がこぼれ落ちていく。
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