異なる世界から仰ぎ見る空
タイトル:K
銀色の髪と瞳を持つ少女
序幕 闇の果てに
何もない暗闇が続く道を、
ほどよい長さの黒髪は汗で
明らかに、実年齢の二倍ほどは老けて見える。
やや
身長も一七五と低くもなく、
(これは仕方ねぇな……だけど夢なのに、もちっと格好よくならんものかな……)
こうして
身寄りのない悠真にとって
本来であれば高校三年生の歳だが、学校には通っていない。無意味に、
過去を、そして今を振り返った悠真の胸に、
(俺だって、本当は……)
日々に不満があるわけではない。ただ、何かが違う。何かが足りない。
その何かの
自分がなんのために生きているのか――何もわからなくなる。
心がひんやりと冷たいものに満たされながら、悠真はふと気づいた。次第に
少しずつではあるが、暗闇が
(もう朝か。そろそろ起きないと、仕事に遅刻するかもしれない)
これまでのすべてを
鳥のさえずりが大きくなり、人通りの激しい商店街のような
重い
悠真は
微笑みながら手を
まだ完全な
思考停止の時間をたっぷりと
「ふぁえっ……?」
自然と
何人か――まるで、
悠真は視線を落とし、自分の格好を確認する。
古着屋で適当に購入した部屋着で、
悠真はもう一度、ゆっくりと周囲に視線を巡らせる。
(……だけど、お前らだって相当だぞ)
視界に入る者達の格好も――いや、自分よりも
悠真の
目覚めたときを思いだせば、藁の上に倒れ込むように寝ていた気がした。
確認してみれば、スウェットに藁のくずがたくさん刺さっている。ちくちくと肌を刺す藁の切れはしを、悠真は手で
路地の裏で眠る酔ったサラリーマンのような状況に、じんわりと
(そうか、わかった。これも、まだ夢の中なんだな)
天下の大通りと思える場所で、悠真は晴れ渡った空を
「そろそろ夢から覚めないと、仕事に遅刻するぞ、俺ぇ」
口の端に右手を
つかの間の沈黙を味わい、悠真は握った拳を反対側の手のひらにぽんと乗せる。
「なるほど、これは
右の
「いっ――てぇっ! はぁっ? どうなっている。痛い、普通に痛いぞ」
行き交っていた人々が声に驚いたのか、今度はちらほらと足を止め始めている。
その目は
さほど興味はないらしく、流れに
間持たせの意味を含み、悠真は改めて周辺を観察してみる。
実際に行った経験もなければ、
建物の構造や
外観のみであればそれで済んだのだが、すぐに違うと悠真は断言できた。
自分と〝同じ形〟をした者のほうが多そうではあるものの、その中には
(特殊メイクか。いや、意味がわからねぇ……俺って、こんな
頭を両手で
これまで過ごしてきた日常の中で、ゲームやアニメといった数々のものは、本当に
単純に、そういった物事に
(どうなってんだ。これは夢じゃない。感覚が、もろ現実じゃねぇか。おかしいぞ。ただ部屋で寝てただけなのに、なのになんで起きたらこんな訳のわからない……)
悠真はふと気づいた。
足が特に汚れていない様子から、
混乱しながら悠真は顔を上げる。さらに奇妙な事実が見つかる。
商売人達の言葉がきちんと聞き取れ、しかも理解までできた。
不可解な情報は、
店の看板に、文字と思しきものが書かれている。この類に関しては、何一つとして読めないし、また
理解不能な状況に、悠真は吐き気をもよおした。口や
悠真の視線はまた地に落ちた。
これまでプレイしてきたゲームや、観てきたアニメが脳内を
序章もなければ、
(ありえねぇ……こんなの、ありえないだろ)
ほかにも不思議な点を探せば、まだたくさんあるに違いない。しかし今の悠真に、それを
黒い髪に指を通し、悠真は頭を
(頭がおかしくなったのか。それとも、やっぱり夢――そうか。
悠真は素早く息を呑む。すっとその場で立ち上がり、腕を組んで
「あ、あの、どうかされましたか」
ゆったりとした女の声が背後から聞こえ、悠真は驚き混じりに振り返る。
どこか魔女を
身長は一六〇程度か――たわわに実った
とても
「あの、えっと、その……」
体を少しくねらせ、女の
顔の両側にある髪だけは長く伸ばしており、布と紐でまとめるように結んでいる。日本の
「あ、その……ありがとうございます!」
なぜか自然とお礼を言ってしまい、悠真は
「あ、いや。違う違う。そうじゃない」
悠真が
「それで、本当に大丈夫ですか。ずいぶんと混乱されている様子でしたが……」
「え、あ、ああ。ちょっと訳のわからない事態に――」
そこで言葉を止め、悠真は大きく広げた手のひらを彼女に見せる。
「でも、もう大丈夫。ようやく状況が呑み込めたから」
「そうでしたか」
女が
悠真も微笑みを作ってから
「ところで、みんな凄い仮装だなぁ。これが噂に聞く〝コミケ〟って場所なんだろ。初めて来たから少し驚いた……話には聞いてて、一度は行きたいと思ってたんだ」
悠真が混乱の
コミックマーケットの略称であるコミケでは、大勢の人がさまざまな衣装を着て、物を売り買いする場所だとどこかで聞いた覚えがある。
現状を当てはめてみると、それ以外には考えられなかった。噂で聞いていた通り、
(それしかないだろ。それしかないんだ)
自身に言い聞かせるように心の内側で言い、悠真は一人で
女が小首を
「こみ、け……ここは商業都市エアハルトで、コミケという場所ではありません」
一瞬、悠真は意識が遠くのほうへ引っ張られる感覚がする。
悠真は激しく首を振り、自力で
「いや、待て待て待て。そういう設定か。やっぱ西洋とかがモチーフなのか」
「西洋。設定? え、いいえ。ここは本当に、商業都市エアハルトですよ」
「その格好って魔法使いだよな。そのキャラは、どんな魔法を使うんだ?」
「もしかしてなのですが、私を
彼女の赤い瞳に、確かな怒りが宿った。悠真は
「え、馬鹿になんかしてない。ただ、ほら……とにかく、俺が知りたいんだ」
不満をあらわにして、女は小さく
「しかし魔法使いとは古い
彼女が指で
瞬間――何もなかった空間に、小さな赤い
深みを増しながら拡大する赤い渦から、燃え盛る炎をまとった子犬が飛び出した。毛が燃えているのか、燃えているのが毛なのか、悠真にはよくわからない。
彼女の体周辺を駆け回る様子は、飼い主にじゃれつく子犬そのものであった。
(なん、だ、これは? なんなんだ、これは……)
見せられた行動のすべてが、ある事実を物語っている。
ここは本当に、地球とは異なった世界――疑う
いったい何がどうなっているのか、まるで
大きく肩を落とした悠真の
「質問ばっかりで悪いけど……俺達がいるこの星って、名前とかあったっけ?」
「ふぇっ……?」
間の抜けたような声をあげてから、女は
「ネ、ネクリスタ、でしょう? それ以外にあったかしら……」
もはや苦笑いすらも出ない。質問の流れで、ある一つの疑問を思いついた。
「ちなみにさ、別の星とかに知的生命体とか存在すると思うか?」
「どうされたのですか、突然――」
悠真は姿勢を正し、女を
自分でも、何を言っているのかわからない。
宇宙人に
「いや、なんとなく。本当、ただなんとなく」
「んぅ……
「あは、はは。そ、そうか。そうだよな。それじゃあ、どうも、失礼しました」
妙に気疲れして、悠真は少し
とぼとぼと当てもなく、重くなった足を進めていく。
「あ、あの――本当に、大丈夫ですか!」
声を張って心配してくれた女に、向き直りはしない。
無言のまま、悠真は背後に手だけ振って
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