家を追い出され死体と出会う
川名真季
母、暴走する
「突然だけど、由水可(ゆみか)あんたはこの家から帰っちゃ駄目」
「何それ、どういうこと」
葉月由水可(はづきゆみか)は母の言葉を理解することが出来ずに聞く。
「だから、あんたは今日からこの家で一人で生活して行きなさい」
由水可は絶句した。
四月の中旬、土曜日の朝早く。由水可は父の運転するルーミーに母と二つ下の弟友哉(ともや)と一緒に乗り込み、二時間近くドライブしてこの家、去年の九月に突然倒れてそのまま帰らぬ人となった父方の祖父、葉月有大(はづきゆうだい)が住んでいた木造住宅に到着した。鍵を開けて家の中に入ると、朝ご飯を食べたり、お菓子を食べたりして少し休憩した。
そのあと四人で手分けして二階の三つの小部屋を掃除した。それが終わると階段、一階の玄関、廊下、その横のトイレ、お風呂場、その奥にある五畳半の部屋二つと二階の五畳、四畳、五畳とつながる三つの部屋を全力で掃除した。半年以上使っていなかったので大量のほこりに悩まされたが、元の住民である祖父が物を溜め込むようなことをしていなかったこともあり、数時間後には家の中が見違えるようにきれいになった。
その清潔な空間の中、家族全員で一階の一番奥の部屋のフローリングの床の中央に置かれた、雄大の遺品のガラステーブルを囲んで座り、遅めの昼食を食べ終えたところでの、母のこの発言である。
「ちょっ、ちょっと待てよ。急すぎるだろう、由水可に一人暮らしなんて。と、いうか。あんなにこの家を相続するしないで姉さんと揉めていたのに、急にこの家を相続しても良いって言ったのは、まさか由水可をここに住まわせで生活させるためか」
由水可が言うべき言葉を思いつかずにいると、父が横から話に入ってきた。
「もちろん。そうでなかったら、誰がこんな家、相続するものですか」
「田舎にあるだけで、まだ全然住むことができる家にそれはひどいだろ。あと相続したの俺なんだけど」
「あなたの物も、私の物も、結局は夫婦の共有財産ということになるから同じでしょ」
「それはそうなんだが。ともかく、由水可に一人暮らしはまだ無理じゃないか」
父の言葉に友哉も続く。
「姉ちゃんに自立して欲しいっていう母さんの気持ちは分からないでもないけどさ、物事には順序ってものがあるだろう。そもそも引越しには引越しの挨拶が付き物だけど、そんなの姉ちゃんに出来ると思ってる訳」
由水可としては、ちょっと失礼なことを言わないでと言いたいところではあった。でも、何も言えなかった。ご近所への挨拶回りに成功するイメージが、由水可には全く思い浮かばなかったからだ。
「あんたに言われるまでもなく、そんなことはわかってます。だからちゃんと対策してきました」
母は言い終えるとリビングの右側に行き、そこに置いてある伊勢丹の緑の黄色と赤の格子柄の紙袋を皆の前に持ってきた。そこにはたくさんの小さい紙袋が入っていた。
「今から由水可と二人で、この中に入っているタオルを挨拶しながら配ってきます」
「あまりにも急すぎるんですけど」
母は由水可の抗議を受け流し、挨拶回りの品が入ったバックを確認している。
「ちょっと待て。挨拶回りとかどうでも良い。問題は仕事だ。仕事が決まらないと、一人暮らし出来んぞ」
父はそこで少し言いづらそうに由実可の方を見たが、あえて続けた。
「この二年由実可は頑張っていた。決して怠けていたわけではない。しかし、未だに由実可に合う仕事は見つかっていない。それなりに賑やかなうちの周りでさえこうなのに、こんな田舎に引っ越したら、余計に仕事は見つからないと思うぞ」
由実可は言わないでほしいと思ったが、全部本当ことなので何も言わなかった。母は父の苦言など聞かなかったように押し入れを開ける。下の段には、高さ一メートル前後の黒色の案内板が入っていた。アルミとステンレス鋼でできたそれは、円形の土台の中心に一本の太い棒が天に伸び、A4サイズの角形フレームが上に張り付いていた。
「何でも屋葉月 一律二千円。プロに頼むまでもない小さな仕事請け負います。要相談」
角形フレームの中には、祖父がA4のコピー用紙にマジックペンで書いた文字が残っている。
母はその案内板の棒の部分を掴むと押し入れの外に出す。
「ちょっと待ってくれ。まさか」
友也が何かに気がついたような声を出す。
「そう。これは、この家の玄関前にずっと置いてあった案内板」
「おじいちゃんはね、五十五歳の定年までは食品工場で働いていたけど、定年後はこの看板を家の前に掲げて何でも屋をやっていたのよ。ま、その話はあんた達もおじいちゃんがよく話していたから知ってるでしょう」
確かにその看板には見覚えがある。由実可がおじいちゃんの家に遊びに行ったとき、必ず家の前にあった看板だ。
「詳しいことは知らないけど、何でも屋は利益を上げていたそうよ。実際うちにもお姉さんのところにも何かと農協で安く買った野菜をを贈ってくれていたくらい余裕があったし」
「由水可、今のところあんたには特にやりたい仕事がないようだから、とりあえずお爺ちゃんのやっていたこの仕事を継ぎなさい」
「ちょっと、落ち着いてよ。さっきからいきなり過ぎて話について行けないんだけど。お父さんもお母さんを止めてよ」
由水可が父に助けを求めた。
「何でも屋は男じゃないと務まらないんじゃないか」
「そんなこと決まってません」
「いや、無理だろ」
「無理とか言っていたら何も出来ないでしょうが」
「本人が望んだことならともかく、他人が押し付けたものが良い結果を生むとは思えないが」
「そうやって頭でっかちに考えるよりも、先に行動した方が良いと思いますけど」
「ストッープ!!」
由水可は二人の間に割り込んだ。二人がどんどん険悪になって行く雰囲気に、耐えられなかったからだ。
「とりあえず一年ここで生活してみるから、それでやっぱり駄目だったらうちに帰って良い?」
由水可の言葉を聞くと父は不安そうな顔をして「そもそも一年も耐えられるのか」と聞いた。
由水可は「駄目かも」と答えたが、母は急に上機嫌になり「そうよね、何事も行動しないと始まらないから」と言いながらデパートの手提げ紙袋を持ち上げた。
「さ、急いで引越しの挨拶回りに行くから、早く用意して、由水可」
「ちょっと、まだ心の準備が出来ていないんですけど!!」
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