第3話 真実の慧眼
コツコツと岩石を踏む足音が洞窟内を谺響する。
暗黒の洞窟に光が差し込み、次いで男のシルエットが映る。
このシルエットの者こそ、今まさに伝説級アイテム、真実の慧眼に向かって歩を進めるシルヴァである。
だが、彼の頬は少し痩せこけ、足取りも良くはない。視線もたまに揺れ動き、定まっていないようだ。
「お腹空いたぁ〜」
虚しき声が、洞窟を震わせた。
彼は、もう三日も何も口にしていない。シルヴァは探究心を満たすため、食欲を無視しながら歩き続けてきた。だが、さすがにもう限界だった。
「何か……何か食べ物が欲しい」
だが、洞窟内に都合よく食べ物がある訳では無い。ここには、生命の一つも感じられなかった。
「ひぇー、餓死するのは嫌だ。何か食べ物をくださいなー」
ふらふらと歩いていると、突然洞窟の奥から羽音が聞こえてくる。シルヴァが身構えた時、奥から蝙蝠の群れが飛び込んできた。
「うわ、蝙蝠の群れか。……あ、そうだ」
屈んで拳大の石を掴む。きりなく流れてくる蝙蝠の群れの中に、思い切り石を投げた。
「ほい!」
「ギギッ」
三匹の蝙蝠が気絶して落ちた。この瞬間を逃さずに、シルヴァは蝙蝠の体を掴み、魔法を唱えた。
「〈
木属性中位階魔法の〈
「よし……っと、最後に〈
蝙蝠を気絶させてからものの数十分で、蝙蝠の丸焼きが出来た。
「あー……。香辛料が欲しい」
シルヴァの家では、肉料理には少量だが香辛料が練り込まれていた。だが、香辛料などないこの状況では、蝙蝠の獣臭さに耐えるしかなかった。
「う……いただきます」
蝙蝠の羽と骨を取り除き、僅かに残った肉の部分に食いつく。
「ん、不味い。獣臭い。獣焼きは香辛料が必須だな」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、シルヴァはもきゅもきゅと咀嚼する。手のひらより小さかった肉は、あっという間に無くなってしまった。
「んー、残り二つはどうしようか。出来れば残しておきたいな」
考えていると、突然
「ふぁ! え、俺の肉!」
慌ててページを捲る。すると、新たに保管ページという項目があった。そこには、先程の蝙蝠の肉だろうか。蝙蝠の素焼き×2と明記されていた。
「んん、いや、あのどうやって取り出せばいいんだよ。これこの中に肉が入っているってことでいいんか?」
本のページを撫でていると、突然、ページの中に手が呑まれた。まるで水の中に手を突っ込むようであった。
「うわ!」
慌てて手を抜く。すると、そこには先程の蝙蝠の肉が握られていた。
「あー、なるほど。このページの中に物を管理するってことね」
再度、蝙蝠の肉を入れる。すんなりと入った後、先程取り出したことにより蝙蝠の素焼き×1と明記されていたのが、蝙蝠の素焼き×2に変わっていた。
「へぇ……便利だな。あー、なんでこんなのはが世の中に出なかったんだろう。これ悪用すれば物盗み放題とかいけるし」
だが、もうこの本の主人はシルヴァだ。シルヴァはそんな物盗りをする気はさらさらない。それより、物集めの方がよっぽど面白そうだ。
「えーっと、真実の慧眼まで後どれくらいだ……?」
「お、後少しじゃあないか。……ん?」
洞窟の終わり。だが、行き止まりという訳では無い。別の空間……それも、より大きい空間へと繋がっていた。
「なるほど。ダンジョンドロップという訳か」
ダンジョン。それは、様々な資源を生み出す場所。何時生成されるか。どこに生成されるかは、誰にもわからない。
屈強な魔物が住み着き、ダンジョンの遺物を守護する。その守護魔物を討伐したり、遺物をぶんどるのが、所謂冒険者と呼ばれる人達の仕事だ。
当然、学園の書庫の中には魔物についての知識も豊富にあった。なので、シルヴァはなるべく音を立てないように静かにダンジョンに潜り込む。
魔物は基本、音と動くものに敏感だ。稀に別の方法で此方を悟る魔物もいるが、ほとんどの魔物は視覚と聴覚に頼っている。
(だが……ここは不自然だ)
そう。ここは、静かすぎるのだ。
(他に冒険者が見当たらない……つまり、ここはまだ発見されてないダンジョンという訳か? それとも、危険すぎて近づけないダンジョンなのか……?)
だが、シルヴァは進む。未発見のダンジョン。もしくは危険なダンジョン。甘美な響きだ。シルヴァは、いとも簡単により深くに潜入することを決めた。
(さて……それにしても、魔物もいないのか? 魔物が闊歩する音、魔物同士の縄張り争いもあっておかしくは無いはずだ)
隠密系のアイテムが無い分、慎重を極める。ゆっくりと
(ここから北東に100メートルほど……簡単すぎやしないか?)
入り組んだ道を歩く。そして、ある小部屋にたどり着いた。
(ここだ……ここの部屋の中だ……)
そーっと部屋を覗いてみる。だが、部屋の中でさえ魔物は居らず、トラップの類も見られない。
(拍子抜け……? 無駄に警戒した俺が馬鹿だったか……?)
ゆっくりと部屋に踏み入る。重量系トラップも発動することはなかった。
(この部屋の……掛け軸の後ろ?)
そっと掛け軸を避けてみる。そこには、小さな、本当に小さな突起物があった。
(これを……押す? 押してみるか)
だが、その小さな突起物は、見た目によらず押し込めない。
(ん……? よっと……こうか?)
試行錯誤してどうにか押し込めた。すると、突起物を中心とした正方形の部分がゆっくりと開かれた。
(お、お、おおお! 凄い。やはり
そこには、妖しく緑色に光る何かの液体に、白い虹彩に真紅の瞳孔を備える、一つの目玉が漬けられていた。
(これが……真実の慧眼? ……ん?なんだ?これは)
謎の文字が書かれていた。この文字は、シルヴァが初めて見る文字。だが、何の因果か、シルヴァにはこの文字が読めたのだ。
(「真実を得る者、その代償として己の目を払え」……? なんだ? 目をくり抜いてそこにこれを入れればいいのか? 面白い)
一切の迷いなし。シルヴァは嬉々としながら左目に手を突っ込んだ。
(痛っ! 痛たたたたた! やばいやばいやばい。意識が吹き飛びそうだ)
だが、無理やり痛みで意識を保ちながら、左目をくり抜く。血が飛び散り、血溜まりが作られる。それでも、シルヴァはその手を止めなかった。
くり抜いた左目を謎の液体に入れ、その液体の中から目玉を取り出し、自分のくり抜かれた所へと入れる。神経と神経が擦り合う極度の痛みがシルヴァを襲ったが、それでも意識は手放さなかった。
(はぁっ、はぁっ……よし……入った……)
それを最後に、シルヴァは意識を手放す。
彼が意識を手放したのは、真実の慧眼が自分の目の部分に収まり、神経との接続を開始したことによる安心感で、緊張の糸が途切れたからであった。
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