~4~

疑惑の放送部

 週明け火曜日の放課後。姉貴が放送部部長と話す機会を作ってくれた。


「受験勉強で忙しい中、わざわざ時間作ってくれたんだからね。感謝しなさい」


 そう言い残して去っていった姉貴の言葉が脳裏に深く刻まれる。三年生にとっては一月のセンター試験に向けて、最後の追い込みをする時期に差し掛かっている。そんな大変な時期に、こうして下級生のために時間を作ってくれる先輩に俺は頭が上がらない。

 先輩とは放送室前で待ち合わせすることになっていた。教室を出た俺は、一人で放送室前に向かう。今まで一緒に行動することが多かった新一は、先生達を交えての会議があるとのこと。俺の知らないところで新一も頑張っているみたいだ。俺もどうにかして手がかりを見つけなければいけない。

 放送室前に着いた。先輩はまだ来てないみたいだ。職員室前ってこともあり、人の行き交いがそこそこある。そんな中、邪魔にならないようにと俺は壁に背中をあずけ、メモ帳を開いた。

 今までの未来予報の経緯や推論を書いたメモ帳。新一を見習って、個人的にこうしてメモを取ることにした。いつも頭の中にため込んでいたけど、こうしてメモに取ることで色々と見えてくることもある。それに過去の時系列を並べるときに、こうして紙に書きだすのはとても便利だった。

 生徒会書記の吉田さんも過去の出来事をノートに書いていた。その結果、高木達新聞部が夜まで残っていることに気づけた。

 メモを取ることの重要性に気づけてよかったなと俺は思う。

 ペラペラとメモ帳をめくっていると、最後のページに書かれている文字が目に入った。


『十一月十六日までに未来予報の犯人を見つける』


 今日は十一月十五日。もし明日までに見つけることができなかったら、最新の未来予報を記事にしなくてはいけない。俺や新一が望まないこと。それに今回は、高木も掲載することを望んでいない。

 高木と協力していこうと話し合った日、氷山通信のコラムに最新の未来予報について載ることはなかった。俺が提案した通り、高木は前回の骨折の話題を大々的に掲載してくれたから。あの時は話し合っていたこともあって、いつもより作成時間が少なかったはず。それなのに、寝る間も惜しんで新聞を作り上げた高木の意識の高さに感嘆した。締め切りは絶対に守る。かつ今までのクオリティを落とすことなく、皆にわかりやすい新聞を掲載してくれた。新聞記者か雑誌の編集者を目指している高木だからこそできる業だと思う。そんな高木が、俺や生徒会に歩み寄ってくれたんだ。だからこそ未来予報の答えに繋がるかもしれない放送部部長から、話を聞けるこの機会は絶対に活かさないといけない。


「おまたせ。君が雫ちゃんの弟君かな?」


 メモ帳から視線を前方に向ける。そこには女性が立っていた。


「はい。秋山大輔って言います。今日はお忙しい中わざわざ時間を作っていただき、ありがとうございます」

「大丈夫よ。それじゃ、中で話そうか」

「あ、ありがとうございます」


 放送部部長の先輩は鍵を開けて、俺を中に入れてくれた。


「適当に掛けていいから」

「はい」


 とりあえず、ドア側のソファに腰を下ろす。顔を上げると、先輩はパーティションで分かれている部屋の奥側にいた。

 思った通りだ。放送部の人が奥の部屋への鍵を持っていた。とりあえずメモを取る。


「ごめんね。実は今日、一年が放送の担当だったんだけど私がやることになって」

「えっ。それって、先輩は元々担当じゃなかったってことですか?」

「そう。私は金曜日担当なの」

「すみません……」

「あ、大丈夫だよ。代わりに金曜日は、一年にやってもらうことにしたから」


 笑顔で話してくれる先輩はとても優しい雰囲気を醸し出していた。無防備に振る舞ってくれる笑顔についつい癒される。


「そういえば、自己紹介まだだったね。私は西野沙織にしのさおりです。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「もう。楽にしていいよ」

「はい……何か、すみません」


 そんな緊張しているつもりはなかったけど、他人に指摘されるほどだ。姉貴の時もそうだったけど、年上に対して知らないうちに委縮しているのかもしれない。


「それで、放送について聞きたいんだっけ?」

「はい。先程先輩は金曜日担当って言ってましたけど、放送部って曜日で担当決めてるんですか?」

「そうよ。一年生が月曜日と火曜日。二年生が水曜日と木曜日。そして、三年生が金曜日ってね。放送部は基本的に仕事がほとんどないのよ。毎日お昼の放送と帰りの放送を流すくらいかな。後は先生や生徒から頼まれるお知らせを読むくらい。あ、新入生の部活勧誘の時とかは忙しいね。放課後とかお昼に、部活紹介をあっちの放送ブースでするから」

「なるほどですね」


 俺はメモを取りながら先輩の話を聞く。えっと、一年生が月曜日……。


「メモとか大変でしょ? 当番表と主な行事が載っているプリントあるからあげるね」

「あ、ありがとうございます」


 正直、放送部の人全員を犯人として疑っていた俺は、先輩が犯人じゃないに一票を投じたい気持ちになった。


「はい。これね。放送部はそんなにメンバーいないんだよね。一年が二人で二年は一人。三年は私一人だし」

「先輩は引退しないんですか?」

「私は一応、卒業までやるつもり。歴代の先輩達も卒業までやってたから」

「そうなんで……えっ!」


 つい声が出てしまった。


「どうしたの?」

「いえ……何でもありません。それより、放送ブース見せてもらってもいいですか?」

「ええ。いいわよ」


 訝しげな表情を晒しながらも、放送ブースに先輩は案内してくれた。


「凄いですね」

「うん。結構本格的なんだよね。でも、一般の高校だったらこれくらいの設備は揃っていると思うけど」


 目の前に知らない機材が多く広がっていた。あれはおそらくミキサーで、あれはアンプ。あっちは曲を流す機械だな。机からマイクが生えているように見えるのも、いかにも放送って感じがする。


「何か、新鮮ですね」

「ええ。でも、操作は簡単なの。見ての通り、ボタンの所にシールが貼ってあるでしょ」

「あ、貼ってありますね」


 シールには各教室の名前が書かれていた。


「それを押すとボタンが光るの。それで、シールに書いてある名前の所に放送される仕組みなの」

「へー。何か、一度放送してみたくなりますね」

「今度機会があったらやらせてあげるよ」

「本当ですか!」

「うん。普段は放送部以外の人には絶対に触らせないけど、大輔君は特別」

「ありがとうございます」


 ラッキーと思ったのも束の間、本来の目的を思い出す。今日は未来予報の手がかりを掴みに来たのだから。


「あの、この放送ブースの鍵って入口と違いますよね。別にしてるんですか?」

「そうね。入口の鍵と別になってるわ。一応、これでも放送ブースだから勝手に入り込めないように内側からも鍵をかけられるようになってるの」


 ドアノブを見ると、たしかに放送ブース側からも鍵をかけられるようになっていた。


「音楽ってどこで流してるんですか?」

「音楽は脇にキャビネがあると思うんだけど、そこの中にある機械を動かすの。あ、後その上にあるのは授業が終わった時にチャイムを流す機械ね」

「予鈴とかこれで流すんですね」

「そうなの」

「へー。何か色々あるんですね」


 いろんな機械がありすぎて、正直覚えるのがやっとだった。とりあえず、型番だけでもメモして後で調べておこう。


「私も最初は覚えるのとか苦労したけど、慣れたら簡単よ。大輔君なら直ぐにできると思うから」


 先輩の機嫌はよさそうだった。今なら一歩踏み込んだ話ができるかもしれない。


「あの、噂で聞いたんですけど、水曜日の深夜に放送が流れるみたいなんです。たまにらしいですけど、何か知ってたりしますか?」

「うーん。そんな話は聞いたことないな」


 先輩は本当に知らないみたいだ。俺には嘘をついているように思えなかった。


「そうですか。もしかしてお化けでもいるんですかね」

「そ、そんなこと言わないでよ。私、ここで放送できなくなっちゃう」

「先輩、お化け苦手なんですね」

「怖いの駄目なの。考えるだけで……あーってなっちゃう」


 びくびく震えている先輩が可愛かった。いつの間にか、先輩と普通に会話できている気がする。メモ帳に先輩はお化けが嫌いと書いておく。


「もう、大丈夫かな。そろそろ私、塾の時間なんだよね」


 時計を見ながら先輩は呟いた。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。


「す、すみません。もう大丈夫です」


 放送ブースを出て、頂いた資料を鞄に詰める。


「お役に立てたかな?」

「はい。色々とわかりました」


 色々と調べることがあるかもしれないけど、一つの可能性を持つことができた。


「それじゃ、また何かあったら声をかけてね」

「はい。本当にありがとうございました」


 お辞儀をして、先輩と別れた。とりあえず、今日のことは生徒会で共有しなくてはいけない。ただ、まだ不透明なことが色々とあるのも事実。


「明日がリミット……今日が勝負だな」


 やるべきことはわかった。

 俺も高木みたいに締め切りというのを意識しないといけない。

 今日、使えるだけ脳みそを使って未来予報の正体を突き詰める。

 今できることを精一杯やろう。そんな気持ちに満たされていた。

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