新聞部の信念

 放課後になり、いつものように新一が席までやってきた。


「大輔。新聞部に行こうと思う」


 机を両手で叩いた新一は、決意に満ちた表情をしていた。


「わ、わかった。お前の気持ちは理解した」

「授業中、ずっと考えてたんだよ。このままじゃ、生徒会の評判がさらに落ちるって」

「この間の未来予報で、新聞部のことを疑い始めている人達もいるみたいだ。新一にとってはありがたいことじゃないのか?」

「いーや。むしろ逆。今まで新聞部を自由にさせてきた生徒会が悪い。そう言う声があがってきてる」

「どちらにしろ生徒会の現状は変わらないんだな」

「だからこそ、打開策を講じようと思う」

「打開策?」


 俺の疑問に新一はわざとらしく咳払いをしてから言った。


「生徒会長の権限を使って、新聞部の抜き打ち検査をしようと思う」

「抜き打ち検査って。大袈裟だな」

「いーや。それくらいやらないと駄目だ。ほれ、行くぞ」


 新一は俺の返答も待たずに廊下に出て行ってしまう。思いついたことを直ぐに行動に移す新一だけあって、この先どうすべきか考えているのだろうか。まあ、俺も新聞部のことが気になっていた。とりあえず、今は新一と一緒に行くことにする。

 新聞部の部室前に着くと、新一はためらわずにドアを開けた。


「失礼します」


 新聞部の部員と思われる女子が、こっちに視線を向けてくる。


「何か用でしょうか?」


 警戒しているのか、俺達をずっと見続けていた。


「新聞部の部長、高木君はいますか?」

「いえ……まだ来てないです」


 俺の問いに女子は横に首を振った。


「どこにいるかわかりますか?」


 懇切丁寧に俺は尋ねる。


「えっと、まだ教室にいるんじゃないでしょうか。私はクラスが違うんで、知らないです」

「そっか。もしかして、三組の人かな? 俺は秋山大輔。こいつは佐藤新一。俺達二組なんだ」

「どうも。生徒会長の佐藤新一です」


 新一は女子に手を差し伸べた。


「わ、私は……三組の落合美穂おちあいみほです。よ、よろしくっくっくっ……」

「「噛んだ」」


 俺と新一の指摘に、落合さんは咄嗟に自分の口を塞ぐと顔を赤面させた。


「部長がいないんじゃ話にならないな。出直すか、新一」

「いーや。これはチャンスだ。我の強い高木がいない方がやりやすい」


 俺に不敵な笑みを見せると、新一は落合さんに言い放った。


「今から新聞部の調査をさせてもらう」

「えっ……そ、そそれは、どういうことでしょうか?」


 意味がわかっていない落合さんはパニックに陥っている。


「新聞部の発行している氷山通信のコラム、未来予報について。最新の未来予報で財布が盗まれると発表がされて、現実になった。今までは見逃していたってのもあるけど、生徒に被害が及ぶ予報が起こってしまった。さすがに今回は生徒会も看過できない。だから未来予報……いや、氷山通信全体の作成について調査させてもらう」


 今まで口だけで行動に移さなかった新一が、今日は積極的だった。本格的に危機感を抱いているのかもしれない。


「や、やめてください。わ、私は何も知らないんで」


 落合さんは否定した。あきらかに不信感を抱いている表情で俺達を睨んでくる。


「このまま未来予報を続けると、さらに被害が広まるかもしれない。生徒会はそれを止める権利がある」

「そ、そんなことないです。未来予報は、生徒の皆さんの笑顔を作れるものです」


 身を乗り出した落合さんは堂々と俺達に告げた。よほど未来予報に自信があるみたいだ。


「でも、実際に被害が出た。それはどう説明するんだ」

「そ、それは……」


 黙り込んでしまった落合さんは、新一から視線を逸らした。それを見た新一は落合さんのことを気に留めることもなく、そのまま部室内を物色し始める。


「おい。流石に許可取らないと不味いだろ」

「俺は生徒会長だぜ。この学校は生徒会がほとんどの権利を握っているんだ。問題ない」

「だからといって、これは職権乱用だろ。生徒会に対しての不満がさらに広まるぞ」


 俺の忠告に新一は手を止めた。何か必死に考えているみたいだ。相変わらず落合さんは黙ったまま。

 そんな重苦しい空気を変えるように、ドアが開く音が聞こえた。


「おい。何をしてるんだ」


 ドアの方に視線を移すと、そこには高木がいた。それに、もう一人見知った人が高木の後ろから顔を覗かせた。


「高木……それに、葵ちゃん」

「えっ……どうして二人が一緒に……」


 俺達二人が呆然とする中、高木は荷物を置くと俺達の方に歩み寄ってきた。


「いったい、新聞部に何の用だ?」

「それは……」

「この間の未来予報についてだ」


 新一がはっきりと言い放った。続けて新一は話す。


「未来予報で被害者が出た。だからこそ、生徒会としては未来予報について知る権利がある。今後の学校生活を笑顔にするためにも」

「ほう。それで?」


 高木はずれた眼鏡を直すと、偉そうに腕組みをして新一を見下すように視線を向けた。


「だから、今日は新聞部の調査にきた」

「断る」


 高木は即答すると、そのまま席に座っていた落合さんの肩に手を置いた。


「それで落合。お前は何か話したのか?」

「わ、私は……話してないから」

「そうか。ならいい」


 高木はそう告げると、俺達に再度視線を向けた。


「新聞部は自らの行動で得た情報を皆に公表しているだけ。いくら生徒会だからといって、そこまで踏み込まれるのはフェアじゃないな。やるならすべての部活に対して行えよ」

「でも、現に被害者が……」

「俺達は記事にしているだけ。それが現実に起こっているだけの話。それに、これ以上は教えられない。俺達が得た情報をタダで譲るわけにはいかない。黙秘権が俺達にもある」


 高木の言葉攻めに、新一は黙り込んでしまった。勢いを失った生徒会長の姿はとても弱々しく見える。


「もう。少し言いすぎじゃない。隼人」

「駄目だ。未来予報については教えられない。俺はこれ以上何も言えない。葵にもな」


 そう告げた高木は、鞄から筆記用具を取り出した。


「活動の邪魔だ。とっとと帰ってくれないか」

「隼人のケチ」

「……うるさい。葵も早く帰れ」

「わかった。帰りますよ。二人とも行こう」


 東條さんに言われた俺達は、そのまま部室から出て行くしかなかった。



「東條さん。どうして高木と一緒に?」


 今まで一緒にいたところをみたことがなかった俺は、気になって仕方なかった。


「この間、美紀のことがあったでしょ。だから、隼人に色々と聞いてたの」

「そうなんだ。へー」


 東條さんも藤川の為に動いてくれていたみたいだった。でも、今の俺はそれとは別の事が気になって仕方なかった。


「そういえば、高木と仲良いの?」

「うーん。どうかな。隼人とはずっと一緒だったから。仲が良いかどうかは意識したことないかも」


 ずっと一緒だった。その言葉が意識から離れていかない。


「も、もしかして。葵ちゃんと高木は付き合ってるとか?」


 意気消沈していた新一が、俺と東條さんの間に割り込むようにして入ってきた。東條さんはそんな新一の問いに、顔を赤く染めながら答えた。


「つ、付き合ってないよ。隼人と私は、幼馴染なの」

「お、幼馴染!」

「うん。小さい頃から親同士が仲良くて。小学校の頃から隼人とずっと同じ学校なんだ」

「ってことは、葵ちゃんは高木のことをよく知ってるってことだよね?」

「うん。他の人よりは知ってると思う」


 よしっとガッツポーズをつくった新一は、俺に視線を向けてきた。


「やったな大輔。葵ちゃんがいれば、未来予報について詳しく知ることが可能だぜ」

「そんな上手くいかないだろ。さっきだって、高木は東條さんを追い払ってたんだよ」

「うん。隼人は誰にも教えるつもりはないと思う。昔から一度言ったことは絶対に曲げないところがあるから」


 さっきの高木の態度からも、誰にも未来予報について教えるつもりはないらしい。それは幼馴染も例外ではない。


「まあ、とりあえず様子を見るしかないか」

「新一にしては冷静な判断だな」

「何だよ?」

「いつも突っ走るだけだったから」

「そんなことない。俺は生徒会長だ。こう見えて色々と考えているんだぜ」


 笑いながら語る新一は、そのまま東條さんと歩き出した。

 結局、新聞部については謎のまま。これ以上、悪いことが起きないことを祈るしかない。

 それにしても、東條さんが高木と親しい関係だったことが驚きだった。俺の中に残っていたしこりが更に大きくなった気がする。

 そんな中、新一の成長に驚かされた。いつも俺のことを頼りにしていた新一が、自ら行動を起こした。ようやく生徒会としての自覚が芽生えたのか、それとも気まぐれなのか。どちらにしろ、次の未来予報が掲載されるまで様子をみるしかない。


「大輔。早く帰ろうぜ」

「ああ」


 新聞部の真相を突き止められないながらも、色々と変化している環境にどこか満足感を覚えていた。

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