プロテスト

@gtoryota1

第1話 選ばれし者

「アベル、そこにいるのかい?」

痩せ細ったジョシュアは粗末な小屋の軋むベッドに横になり、その目は既に見えなかった。

「なんだい、じっちゃん。俺はここにいるぜ」

声の聴こえる方にジョシュアは枯れ枝のような手を伸ばし、アベルの顔に触れた。


「アベルや、お前は血と泥の混じった水の中で、必死に生きていた。まるで、理不尽なこの世に抵抗するかのように。死んでたまるかという信念を感じたよ。ワシはアベルをこの手に抱き上げた時、確かに神の声を聴いたのだよ」

「その子は、私の選びの器だ。その子には特別な使命があるとな」

アベルはタメ息をついた。

「じっちゃん。その話は何度も聴いたよ。じっちゃんには悪いけど、使命なんて、ごめん被るね。俺は生きたいように生きるさ。もちろん、じっちゃんの意思は受け継ぐけどね」


ジョシュアはしわくちゃの顔で満面の笑みを浮かべて言った。

「今に分かるよ」


それがジョシュアの最後の言葉となった。


息を引き取ったジョシュアを見て、アベルはジョシュアの額に手をおいた。

一粒の涙がジョシュアの顔に滴り落ちた。

「じっちゃん。今までありがとう。主よ、じっちゃんの霊をお受けください」


窓の外を見ると、夜明けだった。

流れ星がスッと見えて消えていった。

息を吐くと白かった。

キィンと空気が固まるような寒さを感じた。

アベルはその寒さにある種の清々しさを感じた。

何かの始まりを直感した。


エデンには厳しい冬を迎えようとしていた。


「アベルー!配給の時間だ。手伝ってくれよ」

教会の外にテーブルを設置していた、ヨハネが叫んだ。

歳はアベルと同じ18歳で、エデン生まれのエデン育ちだ。ショートの黒髪に眼鏡を掛け、細身で目は細く、鼻は高く、利発そうな顔立ちをしている。

背は小柄で160センチほどだ。


「アベルはまだ稽古中なはずよ」

教会から長椅子をヨタヨタとしながら、持ってきたエレンはヨハネに笑みを浮かべてそう言った。

長くて綺麗な黒髪がなびく。

エレンは21歳。アベルと同じような戦争孤児で、ジョシュアに育てられた。

「あいつは本当に、時間の守れん奴だなあ」

ヨハネはそう言ってタメ息を吐く。


アベルはエデンの村の山奥で、自分の身の丈程もある、大きな剣をひたすら降っていた。

「405...406...407...」

朝の4時から、かれこれ5時間ほど剣を降っている。

1降りごとに、汗がほどばしる。

身長は170、細身だが、筋肉粒々とした上半身を裸にして、何かに取り憑かれたように剣を降っていた。


500回の素振りを終え、アベルは山から降り、教会に戻ってきた。


遠くから歩いてくるアベルを見て、ヨセフが叫んだ。

「アベル!遅いぞ!もう配給始まってんだぞ」


「はいはい、悪ぅございましたね」

手で耳を塞ぐ仕草をして、アベルはそう言った。


「ったく・・ジョシュア牧師が生きてたら嘆いてるぞ」


「あら、ジョシュア牧師なら笑ってすませるんじゃない?」

エレンはえくぼを作って微笑みながら、パンと、1切れの肉が入ったスープを配っている。


配給には教会に所属している15人の男女がボランティアをしていた。


その中の1人がアベルを小突いた。

「よう、アベル、そんなに鍛えてどうすんだ。そのうち、剣が手と同化しちまうぞ。他にやることあんだろう」


「俺のやることはこれだっつーの。スープに入ってる肉は俺が採ってきた猪だぜ」


アベルはみんなの人気者だった。

時間にルーズで、飄々として、自由奔放だが、優しく、情に熱く、そして、いざという時にはいつもエデンを守ってきた。


実際、エデンの村でアベルは断トツに強かった。その強さは計り知れないものがあった。

ある時はいきなり襲撃にきた山賊50人を相手に1人で先陣を切って走って立ち向かい、一瞬で7,8人をぶった斬り、その凄まじさに、恐れをなし、山賊達は散り散りになって一目散に逃げていったほどだ。


エデンの村が平和なのは、間違いなくアベルがいるからだろう。


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