12.衣装職人!
ほくほく、と花城くんのサインを幸せそうに見つめる竹内さん。女優さんってより、ただのファンみたい。わたしこそ、花城くんがファンに感謝するようになったことが嬉しかった。
「マジでアイドルになったよね、花城くん! なんかもう手に届きそうになくなるかも」
「やっぱりそれはやだ?」
「イヤだね……って言いたいけど、コレに免じて許すよ。
で、本番はどんな感じに歌うワケ?」
そりゃあ、本番は体育館の舞台でカッコよく歌っておど……
……ん? なにか、足りないような……
わたしは気付いてしまった。
もっと、大事なことを……
「衣装!!」
「わっなに!?」
竹内さんを廊下に置いたまま、わたしは音楽室へと駆け出した。
「衣装? 体育着じゃダメ?」
「プロはジャージを着てライブしません!!」
「プロ、というより本格志向、みたい……」
世の中には制服という、職業や学校に合った格好をするけど、アイドルもライブをするからには普段着ではステージに立てない。
ユニットや、ライブごと、もっと細かいと曲ごとに衣装を変えることが多いけど、共通して言えるのは、特徴的でカッコいいってこと。たとえば、ホルプリの衣装のコンセプトは『ファンに対する勝負服』。ホルプリにとって、ライブはデートのようなものだって。きゃー、カッコいい!!
昨日、ライブDVDで衣装をじぃ~っと見てたんだけど、袖元にバラのような柄がほどこされてたの。ただのタキシードだと思ってたら!それで、手を前に出す振り付けのときにそれが見えて……まるで、女の子に一輪のバラをプレゼントするみたい! もうっ、衣装だけでも女の子をときめかせるなんて!
か、閑話休題! 何が言いたいのかって、ユニットの個性を表現するためにもわたしたちも考えなくちゃってこと!
「あ、あのっ!」
ノートにペンを入れようとした瞬間、沙月くんがわたしを止めるように話しかけた。
彼の手には一冊のノート……いや、美術の授業で使うクロッキー帳が握られている。今日、美術の授業あったけどどうしたんだろう。
「じつは……」
それを開くと、まずはコーギーやチワワなどの犬が、まるで写真を写したように丁寧に描かれていた……けど、すぐさまパラパラとページがめくられた。人物絵も風景画も、みんな鉛筆で描かれてるけどどれも上手い。これ、全部沙月くんが描いたんだ!
やっとページをめくる手が止まった。そこには、7頭身のマネキンに……
「衣装!?」
「うん、考えてたんだ、なかなか言えなかったけど……」
すごい、ホルプリが着てるようでオリジナリティがある! 中学生で、こんなにカッコいい衣装がデザインできるの……!?
「うっはー! 星夜すげー! コレ、オレたちが着るの!?」
「細部まで丁寧だな、さすが」
けど、ちょっとショックに思ったのは、衣装のデザインが上手いことよりも、衣装を用意しなきゃいけない、って先に思ってた人がいたってことだった。……わたしだよ。
「だが、作るのはどうするんだ。こんなに作り込まれてるんだ、素人が作るには時間がかかりすぎる」
「つーかオレたちが作るにしても、練習時間が取られるんじゃ本末転倒じゃねー?」
夢園くんが四字熟語を使うと違和感だな、なんて思ったけどまさにその通りだった。
けど、沙月くんはまた「あの……」と、話を切り出した。
「それが、ボクの友達が……」
「しっつれいしまーす!
星夜くんいるー?」
音楽室のドアが元気よく開かれたと思えば、なんだかハイテンションな女子が……あれっ、学ラン着てるから、男子……? でも、声高いしボブヘアだし……
「
くん、ってことは男子なんだ。名前も女の子みたい。
思い出した、ファッション研究同好会の
で、なんで音楽室に来たの? ちょうどいいって、沙月くん言ってたけど。
「例のモノ持ってきたけど、今着るー?」
「わあ、もうできたの!?」
「素人なりに作ってみたから、質は保証しないよ?」
「ううん、作ってくれただけでも嬉しいよ、ありがとう!」
「なになに、もう衣装できてたの!?」
えーっ、し、知らない間に!
「わたし何も聞いてないよ!」
「そりゃあアンタと話す機会なかったんだもん、知らなくて当然だろ?」
夢園くんが目をランランと輝かせて紙袋の中身を見つめた。けど、沙月くんが取り出したものは……一着しかない。あれっ、一人分だけ?
「えーっオレと光輝のぶんは!?」
「だーかーら、採寸してないから作れないの! それは星夜くんの、てゆーか試作品!
これから3人ぶん作るから……サイズ、測らせてもらうよ?」
松岡くんはポケットからメジャーを取り出し、シュルシュルと帯を伸ばした。なんか、楽しそうな顔、してる……?
松岡くんはかわいいからアイドル向いてそう、なんて思いながらも、松岡くんがわたしに採寸を手伝うようにとメモを渡された。え、えっと、数値を書けばいいのね……! まずは花城くんの番。
「はい脱いで」
「な、急かすなっ」
ぎゃーっ、花城くんファンを差し置いて裸体を見てしまうのはさすがに炎上案件なんじゃー!?
「いいからメモだけ見て」
……あっハイ、見なけりゃいい話なんだよね。
ふと、夢園くんが難しげに眉を寄せているのが見えた。……今の顔、あの時のユキくんにそっくり。
「夢園くん、どうしたの?」
「えっ? ああ、みんなすげーなって思ってさ」
「あはは、ホント、衣装までは考えてなかったもん」
「いや、桜もさ」
「わたしも?」
すごいなんて言われるの、久しぶり。わたし、なにかしたっけ?
「ちょっとちゃんと書いてるー?」
「ご、ごめん」
目線はメモのまま、夢園くんの話に耳を傾ける。
「ここまでオレたちに付き合ってくれて、すっげー感謝してる。兄貴あんなこと言ったけど、オレは桜がいなかったらここまでできなかったと思う。
なのに、オレだけ全然なにもしなくって」
そんなこと、ないよ。ユキくんに会えたのは夢園くんのおかげ……いや、ちがうな。たしかにそうなんだけど、もっと別に感謝しなきゃいけないことがあるんだよ。
……わたし、今まで自分に自信がないとこあって。特にユキくんと会ったときに、全然ダメって、自分自身を、好きな人から否定されたとき、目の前が真っ暗になってた。
諦めたくないって、夢園くんが思わなかったら……もしかしたら、立ち直れなかったかもしれない。きっとあなたにとって、些細なことかもしれないけど、わたしはあの時に考えを変えようと思ったんだよ。
そして、同時に満足しちゃいけないってことも。最高のライブにするには、もっと輝かなくちゃいけないんだ……もっと、輝かせなくちゃ、いけないんだ!
3人を太陽以上に輝かせられるのは、わたししかいないんだ!
「夢園くん!」
「な、なに?」
「やろうよ、練習! ホラ、さっきのダンスをビデオに撮ったんだけど、気になるところがあったら教えて!」
「お……おう!」
だから夢園くん、今度は、あなたが本番でとびきりの輝きをちょうだい!
「だから上から80、68、80だってば! 書いてんの!?」
「書いてるよっ!」
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