2章

プロローグ 「いつも通りのはずなのに」

 俺が眠れなかった夜にもかかわらず、あっという間に朝になってしまった。

 朝ごはんだけは食べて帰ってもらうことにしていた。帰ってから朝ごはんを食わすのも手間だしだとか考えていたのだが……。

 俺は寝付けなかった分眠り始めるが遅くなったことと、奈月はお酒が入っていたので長時間爆睡。起きたのはもう昼前ぐらいになった。いつも通り過ぎる。

 案の定、奈月は昨日の大量に飲んだお酒の影響で目覚めは最悪だったようだ。

 なかなか起きない奈月の機嫌をこれ以上損ねないように何回かに分けて起こしてみるがなかなか起きなかった。

 結局起きたのは俺が起きた一時間後。もうすでに昼と言ってもいいような時間になってしまっていた。

 そんな朝になってしまったので、朝昼兼用でもう朝ごはんのメニューをちょっと増やして食べてもらうことにした。

 奈月は「食欲ない」とか言っていた。しばらくすると普通に食べ始めていたから、多分俺と同じ低血圧で寝起きは食欲起きないパターンだな。本当に、無駄なところだけ似ているのはどうしてなのだろうか。

 「んしょっと」

 そして彼女が玄関で靴を履いて荷物を持つ。楽しかった二泊三日も奈月との生活も終わりだ。

 「忘れ物は無いか」

 「うん」

 「よし、あと二日ゆっくり休んでまた来週からもちゃんと講義に出て来いよ。俺を一人で講義を受けさせるんじゃねぇぞ」

 「出席点もあるんだし、当然出るよ。健斗が一人で心細くいるのを想像するとちょっと面白いから一人にしてみたいけれどね」

 「やめてくれ」

 「ま、ちゃんと行くから安心して?」

 「おう」

 「じゃあ、そろそろ家に帰るね。二日も泊めてくれてありがとう」

 奈月がそう言って俺のドア伸びに手をかけてドアを開けるとそのまま外に出ていく。

 「な、奈月!」

 「ん? 何よ」

 「ま、また来いよな」

 「え? 当たり前じゃん。もう来ないとでも思った? 健斗がどんなに嫌がろうと私はまたここに来させてもらうぜ。だってここは私のホームなんだぜ?」

 そう言うと奈月はそのまま帰って行ってしまった。反論は認めないといったところか。

 いつもなら腹が立って色々言い返すんだろうけど、今の俺にはそう言った感情が支配しているのではなく支配しているのは安心感に近い嬉しさであった。

 俺はドアにロックをかけると、その場で振り返って自分の部屋を見てみる。

 「こんなに俺の部屋って静かだっけか」

 今は部屋の中の換気扇の音しか聞こえない。この二日間全く気が付くこともなかった換気扇の音がここまで大きいものだったっけか。

 俺はそんな静まり返って部屋の片づけをする。床に敷いたマットレスを整えて再びベッドにセットする。今日からはまたこのきしむベッドにお世話になる。

 そしてこの二日間寝る時ぐらいしかあまりにもうるさくて窓を開けておくことが出来なかったので窓を開放して換気を促す。

 「……もうちょっと寝るかな」

 なんだかこの連休に入って初めて体が休日の惰眠の時間を欲しがり出したような気がする。急に体がとても重くなり、俺はベッドに横になった。ぎしりといつもよりもベッドが待ってましたと言わんばかりに大きなきしみ音を出す。

 「あいつと一緒に出掛けたり、色々して俺の中で相当新鮮で楽しかったんだな……」

 いつもなら休みと分かった途端、いつもこういった状態になるのにあいつと一緒にいるときは感じなかったな。

 夜に寝付けなかったこともあるのか、俺はベッドに横になった後すぐに眠ってしまった。それもかなり熟睡してしまって俺が次に目が覚めた時にはすでに夕方になりつつあった。

 「さすがに寝すぎた……。これは昼夜逆転してしまうやつや……気を付けねぇと」

 変な体勢で横になったしまったせいで体が痛い。ゆっくりと体を起こす。ぎしりとなるベッドのきしみ音が、奈月はもうこの部屋にいない事をまた認識させる。

 「あいつが置いて行ってくれた作り置き食うか……」

 もう季節的にはかなり暑いので早めに食べないと傷んでしまうので、すぐに食べるのはもったいないが食べることにした。一人になって今何も作る気も起きないし。

 俺が置いていた耐熱容器に綺麗に入れておいてくれたおかげでレンジでチンするだけですぐに食べられた。

 レンジで温めた料理を口に運ぶ。

 「やっぱりおいしいな……」

 時間が少し経っても、やはり奈月の料理はおいしい。悔しいがここまでのおいしい料理は俺の腕ではできない。

 「ちくしょう……あいつの言ったとおりになっちまう」

 これから自分の作る作り置きや冷凍食品で満足できない舌になっているような気がして非常に心配である。

 しかし、それよりも食べているときの時間がこんなに静かなのが少し心に堪えた。実家にしばらく帰っていてこちらに戻ってきた時と同じでにぎやかに楽しい食事をした後に一人で食事をするとすごく寂しい気持ちになる。

 「実家で家族と一緒にいたからこそ感じるものと思っていたんだけども……」

 こんな静かな空気が耐えられなくて、俺は久々にテレビをつけた。以前にも言ったようにほとんどテレビなどつけるということをしないのだが、今はとにかく音が欲しかった。

 「お」

 そんな静かさを心細く感じた俺の目の前に映ったのは野球中継だった。とうぜんGWの連休なのでしっかりと祝日の間は移動日抜きで連戦している。

 「5連勝中? マジで?」

 何度も言うが俺のファンの野球のチームはボロクソ弱い。話によるとファンが怖いから選手が委縮しているんだってさ。まぁ分からんでもない。ヤジしか飛ばないチームでやるとか辛そうだもの。

 いつもは勝っても負けても締まりのない試合をするのでなんか見ていて楽しくないという気持ちが先行しだしたここ最近は野球を見ることからも少し離れていたが、今はそんな野球中継が少し今の俺の心を明るくした。

 ただし……。


 「なんやねん、今日の無様な試合は! ホームでの勝率40%以下とかマジで笑えんぞ!」

 

 本日は伝統の一戦だったが、桁得点されて挙句、打線は完封負けした。打力ないチームがホームランの出にくい球場がホームという結果がこのざまである。笑ってあげてくれ。もうそろそろ伝統の一戦(笑)になりそうであっちのチームにバカにされるどころか苦笑ものだろこれ。

 やっぱり5連勝なんてまぐれだったんじゃないだろうか。

 ある意味いつも通りでなんか安心した自分もいるけれども、またしばらく野球は見ることはなさそうである。

 

 

 

 

 

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