29話 「連休の中で一日は必ず脱力する」

 汗だくで普段の二倍近く重い荷物を引きずってやっと家に到着した。いつもならもっと夕方以降に買い物に行ったりするので、こんなに日差しがきつい時間帯に買い物に行くという行為をしたことがないだけに相当堪えた。

 「さすがにこの時間帯は拷問でしょうが……」

 「こんなことでへばっているとか本当に20歳の男なの? あなたが暑い暑いって言っているこの時間にも部活やサークルで一生懸命汗を流している人だっているんだけど?」

 そんなことを言われても高校の時に部活には入ったが、最初の三カ月だけしか行かなくて幽霊部員になって毎年代わるがわる部長にキレられた話しようか? ちなみにそういう状態だったのに学校の出席は皆勤賞でした。そりゃふざけているとしか思われないだろうな。

 「大学は勉強する場所だからそんなことを言われても俺の心には響かない」

 「なら高校時代だったら響いたってこと?」

 「それ以上聞くな」

 俺が高校二年になった時に三年生が引退して俺と同じ学年の真面目なやつが部長になった途端、辞めるのかやるのかはっきりしろといきなり言ってきて怖くなった話を思い出す。あの時ばかりは一応部活に行っているが、さぼり気味なメンバーが「あの怖い部長がこのクラスに来るまでにお前は帰れ」とかすでに来たときは「ここに隠れとけよ!」とかなんかすごく助けてくれたのは今でも感謝している。

 今になると分かるが、ちゃんとそういうことに対して意思表示をしないとみんなに迷惑がかかるということだ。本当に申し訳ないと思う。

 ただ、その時の俺はもはや誰に言っても仕方がないと思うほどに闇落ちしていたので幽霊部員でいいからほっといてほしいという思い一つだった。

 その頃は親との意思疎通もまともに出来ていなくて、中学校は試験の成績がうまく出なくてボロクソ言われ続けていたのをずっと引きずっていて部活を辞めたいという一言すら何かまた言われるのではと思って伝える勇気がなかったのだ。

 「ダメだ。部活というワードがきっかけで健斗が闇落ちしそう。地雷源ありすぎて話難いなほんとに。闇落ちはそこまでにして大量に汗かいているからシャワーでも浴びれば? 私は買ったものを綺麗に冷蔵庫に収納しておくからさ」

 「そうしよっと」

 こいつが今日作る料理の素材なのでこいつが収納したほうが把握もしやすいだろうから、俺は奈月の言葉に甘えてシャワーを浴びた。

 シャワーを浴びてタオルで頭をふきながら部屋に戻ると、すでに奈月はまるで自分の部屋であるかのようにテレビをくつろぎながら見ていた。

 「くつろぎすぎだろ」

 「もうここもホームみたいなもんでしょ」

 しかも俺がストックで置いておいたお菓子を開けて食ってるし。毎回思うけどなんであんなに食ってこんな食生活していてこいつはモデル並みに細いのか。

 「そういうお前はさ、大学で部活やサークルには入らなかったのか?」

 そう聞くと、彼女の体がぴたりと止まった。少しの間の後、彼女はただこう一言だけ言った。

 「入ってたけど、もう辞めた」

 その時の彼女の顔は複雑だったので、それ以上聞くことはしなかった。俺にだってそういうちょっとした嫌な過去がある。辞めたということはそれなりにめんどくさいことがあったのだろう。

 相手から話してこない以上は深く掘り下げる必要はない。執拗に聞かれるめんどくささと辛さは俺はよく理解しているつもりだ。

 「そうか」

 俺はただそれだけ言うと、頭を乾かすために使っていたタオルを洗濯機の中に放り込んでそのまま奈月の隣に座って俺もお菓子を食べつつグダグダとテレビを見た。

 「なんかさ、この地域のプロの野球チーム弱くない? なんでこの地域のテレビ局ファンが多いからといえ、負けまくってこんなにポジティブでいられるのか非常に謎なんだけど」

 「それ以上言うなって。10年以上優勝できないとこういうが雰囲気がデフォになるんだって」

 この会話だけ見ているとつまんなくね?って思う人もいるかもしれないが、いつも一緒に話している相手と気の抜けたこういう話をするというのはとても楽しいものだ。

 「昼はそうめんな」

 「あれ? 前回もオムライスよりいきなりランクダウンの仕方が激しくありませんかね?」

 「前回と違ったメニューにしてやるだけありがたく思え! ったく本当に文句の多い奴だな!」

 そうは言いつつも、さすがに麺つゆだけただ食べさせるのはちょっと俺のプライドが許さなかったのでトマトとツナを入れて冷製パスタみたいにして出してやった。

 「へぇ、ちょっとはこじゃれた風なことは出来るんだ」

 「風なってわざわざ言わんでもいいだろうが」

 食べる前まではああだこうだ色々という奈月だが、食べ始めると幸せそうな顔をしている。

 こういう表情を見ると今度は何を作ろうかなとかすでにそうめんを食いながらぼんやりと考えている自分がいる。待て待てそれではこやつの思い通りではないか。

 お昼ご飯を食べた後はカードゲームをしたり、コーヒーを入れてまた雑談をしたり。基本的に前回との時間の過ごし方は変わらない。

 「明日さ、前に話していた時にカフェ行くって話してたからカフェにでも行かない?」

 「そうだな。人は多いかもしれないけど一緒に居るし、ちょうどいい機会だな」

 「君にリア充の一歩を踏み出させてあげようではないか」

 「隣に居る人がもっといい人だったら言うことないんだけど。お前が一緒ということで評価59点」

 「単位とれんかったかぁ……」

 明日は奈月とカフェに行くついでに色々と街をふらつこうという話になった。人は多いが、奈月と一緒だと非常に助かる内容を提案されたからだ。

 「健斗の致命的にダサい服なんとかもうちょっとしゃれた服夏に向けて買いなさいよ……。さすがにひどいから」

 「奈月さんよ、明日街に行くついでに服屋で選んではくれんかね?」

 「言われなくても選ぶわよ。健斗は黙ってついてくればいい」

 「はい」

 ということ明日はカフェに行くのと俺の夏用の服を奈月が選んでくれるということでそのために街に繰り出すことになった。

 そんな話を決めながら、二人そろって一日目は部屋の中でだらだらと過ごした。

 そして夕方。

 「よし! じゃあ台所借りるわね!」

 「ああ、どうか生きて明日を迎えられますように……」

 ついに奈月が夕食を作るために立ち上がり、台所に向かった。俺その彼女の動きに合わせて窓を開けて換気する状態にしておいた。

 果たして奈月‘sキッチンは無事成功するのだろうか。俺のは手助けしたほうがいいのだろうか。

 この二泊三日の予定の中で一番不安な時間を俺は迎えつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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