民は何を思う。
小笠原寿夫
第1話
民は、苦しんでいる。国は、潤っている。
これが、日本の現状である。消費税が導入された年、私は、小学校4年生だった。高校に上がったとき、社会の先生は言った。
「小学生から税金を取るなんて、もっての他だ。」
と。
「国民は、法の下に平等だ。」
と、憲法にはある。日本が、法治国家なのは、分かる。
立法、行政、司法。と三権分立を唱える、日本の制度は、他の国に比べて、引けを取らないくらい、秩序に満ち溢れている。
そういう風に見える。ただ、現実はそうではない。飢えと寒さが、戦争ならば、何が平和か、と問わざるを得ない。
飢えた人には、食料を。凍えた人には、毛布を。そんな優しい憲法が、出来ないものか、と考える。
東南アジアには、親日の国が多くある。日本兵が、如何に優しかったか、を肌で感じていたそうである。私たちは、その歴史を知らなさ過ぎる。
ある人が、泣きながら言っていた。
「アメリカ兵が、如何に優しかったか。」
原爆を落とした国だと、非難する人も居るが、戦後の日本を支えたのは、アメリカであることは、紛れも無い事実である。
その上で、小説を書く。
「アンタ、人笑わせてなんぼの商売で、人泣かせてどうすんのさ!」
私は、言う。
「俺ァ、笑わせようとしてんだ。だけど、客は泣いちゃうんだから、しょうがねえじゃねぇか。」
夫は、そう言って嘆く。
「客を手玉に取っていくらだろ?それを出来ないようじゃあ、半人前にもならないね。」
私がなじると、夫は、ぐうの音も出ない。
「アンタが演ってるのは、落語じゃあないね。音曲だよ。アンタの行く末を見て、みんな泣いてんのさ。」
「しつこい!」
夫は、声を荒げた。さすがは噺家。話の落としどころは、絶妙だ。そこに惚れた私は、遠い昔、寄席小屋で、夫を客席から見ていた。キレッキレの頃を見ている私には、夫の最近の芸には、物足りなさを感じているのは、事実である。
「落ち目。」
芸人になら、誰にでもある、その運命を、彼自身も肌で感じている。
「えー、消費税というものが導入されてから、葉書が62円から80円に変わりまして。えー。このまま二時間、消費税のお話でもしようかと。」
客は、笑っている。
(こんなもんじゃない。この人は、もっと凄いんだから。)
腹の内では、そう言って客席で見ている私がいる。
「あるアメリカ兵の小噺でもひとつ。みんなが死に、二人だけ兵士が残った。残りの二人は、口を撃たれている。」
(あー、あの話ね。)
と、飽きれ返る私。話し続ける夫。
「周りを見渡すと、口に変わるものといえば、えー、その。ソレしかない。医療用具を取り出して、口と入れ替えた。食うには困らないが、歯が無い分だけ噛みにくいし、話しづらい。」
「そう言えば、もう一人、戦友がいたな。あいつは、どうした?」
「なんか背骨を骨折したらしい。」
客席から、失笑が漏れる。
「しょうがないね、全く。」
(この人の真骨頂は、ここじゃない。)
そう思う私がいる。
帰り際、
「あいつの芸は……。」
と、そやす声が聞こえる。
(悔しい。)
それが、本音だった。
「なんだい、あのザマは。昔、取った杵柄が、泣いてるよ。」
夫は言う。
「あの時は、生きるために話してたんだ。今は違う。高座に上がらなくても食っていけんだ。その差が、話を邪魔するんだよ。」
「もっと死に物狂いで喋ってみなよ。」
「もし、俺が死んだら……。」
「あたし、姐さんとこに行く。」
この掛け合いも、夫から教わった芸。一層、私が高座に上がろうか、と思うときがある。だけど、この人の口から、この人の声で、あの話を聴きたい。そうやって、笑って生きていたい。そう思う私がいる。
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