一長一短

菊郎

一長一短

 日差しがまだら模様を描く並木通りを歩いていたAは、少女を見た。長い黒髪の少女で、紺のワンピースを着ている。木の傍に座って、なにかをしていた。

「こんにちは」

 気になったAは近づいていき、彼女に話しかけた。少女はこちらに顔を向ける。あどけなさが残る顔はとてもかわいらしく、まんまるの目が、ぱちぱちとまばたきをした。

「こんにちは、おにいさん」

「なにをしていたんだい」

「木を測っていたのよ」

 少女の左手には定規が握られていた。木製で、黒い目盛が刻まれた定規である。一センチメートルごとには赤い丸があった。Aが小学生だった頃に使っていたものに近かった。彼は当時を懐かしみながら微笑むと、

「へえ。それで、どれくらいだった」

「すごく長かったわ」

「大雑把だねえ」

 そうは言いつつ、Aは納得していた。と言うのも、少女の握っている定規はせいぜい十五センチメートルがいいところで、頂きを見ようとすれば首が痛くなるほどのこの木を測るには、到底足りない。

 風が吹き、周囲の木々を揺らした。都市部から離れた場所にあるこの並木通りでは、喧騒は訊こえず、ただ葉の擦れる乾いた音が響いていた。

「その定規じゃあ、難しいだろう」

「そんなことないわ。この定規で測れないものはないんだから」

「じゃあ、この並木通りはどうだい。そうだな、この、舗装された部分は」

「少し前に計測済みよ」

「それはすごい。どうだった」

「長いわ」

「そりゃあ、な」

 Aは腕を組むと、

「やっぱり、具体的にはわからないのだろう。見栄を張らなくていい」

「いいえ。なら、おにいさんを測ってあげる」

 そう言って少女はAの隣に跪くと、彼が履いていたスニーカーの側面に定規を立てかけた。左手で定規をつまみながら、少女は顎を時折撫でている。しばし悩んでいるように見えた。

「もう大丈夫よ」

「ありがとう」

 少女は少し悲しげな表情を浮かべながら立ち上がった。

「僕の身長はどうだい」

「すごく短かったわ」

 Aは苦笑しながら頭を掻いた。

「まあ、僕は背が高いほうではないからね……。君の知り合いは、高身長の人が多いのかな」

「んー、人それぞれ」

「それもそうか」

 Aは腕時計を見た。そろそろ戻らなければ会社の上司に怒られてしまう。

「もう行かないと。おしゃべりできて楽しかったよ」

「私もよ、おにいさん。いってらっしゃい」

 Aは足早に並木通りを去っていった。

 

 夕刻。ある都会の一角の交差点に面するビルの大型スクリーンでは、日々目まぐるしく移ろう世間の動静を伝えていた。

『本日昼、S区の並木通り付近の交差点で事故がありました。二十七歳の男性が車に轢かれたとのことです』






 

 

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一長一短 菊郎 @kitqoo

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