さいわいなことり
一視信乃
上
洋の東西を問わず、翼あるものは、天からの使いらしい。
ならばキミも、そうなのだろうか。
庭木に止まった、一羽の小鳥。
全体的に灰色っぽくて、お腹の白と胸元の黒のコントラストが鮮やかなそれは、つぶらな瞳で遠くを見つめ、「チチン チチン」と鳴いている。
一体何がいいたいのか、聞き耳ずきんもソロモンの指輪も、持たない僕には、わかんないけど、あれがホントに使者というなら、何か警告してるのかも。
例えば、僕の身の上に、これから起こる悲劇とか。
「おいっ、何ぼおっとしてんだよっ」
「ゴメン、
クラスメイトに返事して、再び枝へ目をやると、カワイイ小鳥は、いつの間にやら、いなくなっていた。
*
「なあ、神社の裏から団地に抜ける山道の途中に、廃墟みたいな家があるだろ。あそこ、ことりが住んでるんだって」
昼休み、教室の真ん中で、学ランを着崩した有馬
「そりゃあ、山ん中だし、小鳥くらい、いるべ」
なんて笑うヤツもいれば、
「えっ、どんな小鳥? インコみたいに、キレイな色してる?」
なんて目を輝かせる、紺のブレザーの女子もいて、彼のまわりは、いつもワイワイ賑やかだ。
「いやいや、そっちのことりじゃねーから。インコとかそういう鳥じゃなくて、子供を取るって書いて、子取り。子供をさらう妖怪だよ」
ああ、『子取り』か、なるほど。
夕方遅くまで遊んでる子供や、かくれんぼしてる子供をさらってく妖怪『隠し神』の別名だ。
同じような伝承が、日本各地に伝わってるから、『隠し坊主』や『隠しんぼ』など、いろんな呼び名があって、なかには、子供を詰め込む袋を
教室の隅っこで、机に頬杖つきながら、僕は脳内にある妖怪図鑑を、そっと紐解く。
「ネクラでオカルト好きとか、マジキモい」なんていわれたくないから、この趣味のことは秘密にしてるけど、瑞規くんみたくカッコよければ、その手の発言も
少し
今日の放課後、くだんの廃屋へ、子取りがいるか見に行こうって。
「ええっ、こわーい」
「うーん。面白そうだけど、マジだったらヤバくね? オレらまだ子供だし、逆に捕まっちゃうって」
「光源氏が元服したのは十二だし、今が昔なら、オレらだって立派な大人だぜ。大丈夫だって」
いやいや、昔はどうあれ、中一なんて、ただのガキだから。
僕は内心ツッコミを入れる。
しかし、彼が誘えば、みんなホイホイ付いてくもんだとばかり思ってたけど、どうやらそうでもないようで、部活だとか塾だとか、用事があって忙しいと、誰も賛同しなかった。
僕はまあ暇人だけど、別に誘われてもないし、そもそもそんなヤバそうなトコ絶対行きたくない。
なんて思ってたら、瑞規くんとバッチリ目が合ってしまった。
ヤバいヤバい。
慌てて目を反らしたけど、机の横に誰かの気配を感じ、恐る恐る顔を向けると、瑞規くんが見下ろしている。
「なあ、
「う、ううん」
そう、きっぱり否定したハズなのに、ナゼか彼には伝わんなくて、気付くと僕は、子取り探しのお供にされていた。
*
「ねえ、もしホントに子取りがいたら、どうすんの?」
少し先を行く瑞規くんを追いかけ、早足で坂道を上りながら、僕は尋ねる。
どうせ、「やっつける」とかいうんだろうなって思ってたら、彼は前を向いたままボソッといった。
「──オレも、一緒に連れてってもらう」
「は?」
聞き違い、じゃないよな?
連れてってもらうって、さらわれたいってこと?
何それ、どういう願望?
白馬の王子、いや、怪盗に憧れる、お姫様的な?
「いや、そこ、何いってんのって笑うトコだから。そもそもオレもう、子供じゃねーし」
振り向いて笑う瑞規くんは、いつもどおりの彼で、さっきのアレは冗談だったようだ。
てゆーか、僕にそういうノリ、期待しないで欲しい。
「そーいや、和泉、子取りの弱点とか知ってる?」
「え? 知らないけど」
「なんだぁ。妖怪好きなら、知ってっかと思ったのに」
「ええっ!?」
僕が妖怪好きだって、なんで知ってんの?
ひょっとして、クラス中に知れ渡っているとか?
陰口とか叩かれてたら、どうしよう。
でも、弱点聞いてくるなんて、結局倒す気満々じゃないか。
そうこうするうちに僕らは、住宅街の舗装路から、昼なお暗い山道へと進み、目的の廃屋前までやって来てしまった。
季節は秋だが、日中はまだ暑い日もある10月の初め。
繁茂する緑に半ば埋もれかけた二階家は、昭和時代に建てられたものだと推察されるが、外壁がコンクリート打ちっぱなしで、丸い形の窓などがあり、個人宅としては、かなり個性的な外観をしている。
場所が場所だけに、謎の研究施設みたいで、はっきりいって不気味だ。
狙いすましたようなタイミングで聞こえたカラスの鳴き声が、悪趣味な効果音めいて、より怪しげなムードが高まってくる。
「よし、じゃあ行くか」
高く伸びた雑草をかき分け、玄関の方へ歩き出そうとする瑞規くんのリュックを、僕は思い切り引っ掴んだ。
「ちょっと待って。子取りが出んのは、夕方なんじゃ……」
「だから、今行くんだろ。夕方っつうには、まだ早いから、家で寝てっかもしんねーし」
脳裏に、
しかし、残念ながらというか案の定、ドアはしっかり施錠されていて、それで今度は裏へと回る。
「おっ、誰かが草を踏み分けた跡があるな」
「それって、浮浪者とかヤンキーが、入り込んでんじゃないの?」
はっきりいって、いるかいないかわかんない妖怪より、そっちの方がよっぽど怖い。
「それいうなら、子取りが、だろ。おおっ、裏口は鍵が開いてるぜ。ラッキー」
用意のいい瑞規くんは、どこかからペン型ライトを取り出すと、入り口からの光が届かない内部を隈無く照らしていく。
「ここはキッチンか。床に誰かの靴跡があるな。まだ新しそうだ」
「じゃあ、誰かが最近出入りしたのは間違いないってこと? って、ちょっと待ってよ」
ホコリだかカビだか、よくわからない陰気なニオイのする室内へ、臆することなく入り込んでく彼の背を、僕は慌てて追いかけた。
キッチンから続く、元はリビングとおぼしき真っ暗で空っぽな部屋の床にも、足跡がたくさんある。
どれも皆同じ大きさで、サイズから見て、おそらく男性のものだろう。
僕はゴクリと唾を飲む。
高まる緊張のなか、足跡を辿るように廊下へ出ると、どこか上の方でカツンと小さな音がした。
同時にバッと天井を見上げてから、僕らは目を合わせる。
静かだからこそ聞こえたのであろうそれは、多分二階からのもの。
廊下の突き当たりは玄関ホールで、階段はその向かいにあるようだ。
「行くぞ」と目で促してくるのに、しぶしぶ頷くと、そのまま彼を先頭に、急な階段を登っていく。
玄関は吹き抜けで、高いとこにある丸窓から外光が射し込み、かなり明るい。
お陰で、誰かが上に行った跡もはっきり見えるが、それがいつのものかまでは、さすがにわからない。
二階にドアは四つ。
一つはきっとトイレで、残り三つのうち奥のドアが、僕らを誘うかのように、内側へ
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