第83話 ゆくえも知らぬ

 やがて、広場、プラグマティッシェ・ザンクツィオンから敵の姿が消える。


「ふぅ……」


 と、一息つく。

 そして、襟元のネックレスのチェーンをつまみ、ペンダント部分を持ち上げて、そこにふーふー息を吹きかける。


「ふーふー、すごい熱くなってる……、ふーふー」


 ただ持ち歩いている時よりも、戦闘で使うほうが熱くなるのが格段に早かった……、まぁ、当然と言えば当然だけどね、魔力の使用量が全然違うだろうし……。


「でも、いい剣だね、あらためて気に入ったよ」


 と、地面に突き刺さっているドラゴン・プレッシャーの柄を軽くポンポンと叩く。


「な、ナビー、大丈夫か、怪我はないか……」


 近くで腰を抜かしていた神埼竜翔がふらふらと立ち上がり、私の身体を気遣ってくれる。


「りゅ、竜翔こそ! 血出てるよ!」


 と、私は慌てて彼に駆け寄り、その身体を支える。


「だ、大丈夫だ……」


 と、彼は言うけれど、口元を押さえた手の隙間からポタポタと血がしたたり落ちていた。


「雫! 魔法、魔法!」


 私は両手を大きく振って綾原雫を呼ぶ。


「どんな感じ? 痛む?」


 と、彼女はすぐに駆けつけてくれる。


「ああ、ちょっと、い、いや、だいぶ……」


 そのまま、その場に座り込む。


「手を放して……」

「ああ……」


 と、神埼が口元から手を放すと、血がポタポタではなく、一本糸を引くように地面にこぼれ落ちた。


「うわぁ……」


 久保田があとずさる。


「歯が抜けたとか、そんなんじゃなくて、顎とか鼻が折れてるんじゃないのか、それ……」


 秋葉も眉間にしわを寄せて言う。


「わからないわ……、とりあえず、応急手当をする……、アスタナ、美くしき、流れのほとりで、慈雨にその身を任せ、癒しの精霊糸ミインテールレット


 綾原の指先からふわふわとした糸が吹き出し、それをわた飴の要領で指にくるくると巻いていく。


「止血するね……」


 そして、それを神埼の口元、鼻元にあてる。


「ラセンカ、精霊の森に眠る悠久の追憶よ、トゥパ、審判の時に雨粒が草木を潤す、天の后の地知リリラルレイ


 さらに魔法を唱えると、優しい光が神埼の身体を覆う。


「そ、それにしても、ナビーが走ってきた時はびっくりしたよ」


 と、久保田が神埼から視線を外して別の話題を振る。


「だけど、神埼を殺ろうとしてるやつに飛び蹴りを食らわした時はスカッとしたね、痛快だった!」


 明るい口調で続ける。

 たぶん、血を見るのが嫌なんだと思う、必死に視線を逸らしている。


「いやぁ、でも、秋葉の弓での牽制があったとはいえ、ナビーのハッタリが効いてよかった、まさか、逃げていくとはな、いやぁ、大手柄だよ、ナビー、でも、もうあんなことはしちゃ駄目だぞ、危ないから、怪我しても知らないぞ」

「うん……、ごめんなさい……」


 神埼の治療を見守りながら、適当に返事をする。


「綾原!」

「これは!?」


 と、走ってくる人影見えた。


「悠生! 大河!」


 それは、参謀班の青山悠生あおやまゆうせい南条大河なんじょうたいがだった。


「竜翔が怪我したの! 助けて!」


 と、私は彼らに助けを求める。


「ええっ!?」

「うわっ、なんだ、これ!?」


 二人は大量の血を見て言葉を失う。


「よかった、来てくれたのがあなたたちで……、ありったけの力で媒体照射レティクルお願い」

「わかった、行くぞ」

「おーけー、ソプラナ、柔和なる方よ、旅路の果てに舞い降りた大地の支配者よ、媒体照射レティクル


 と、質問もそこそこに綾原の指示で呪文を唱え始める。

 詠唱が終わると、二人の身体から渦を巻くような煙が出てきて、それが綾原に向かっての伸びていき、その煙が彼女の身体を中心に渦を巻き、やがて、吸い込まれるように消えていく。


「ありがとう、安定した、血は止まった……、それで、状況はどうなっているの? 人見はなんて? あ、これで押さえて」


 と、綾原はポケットからハンカチを取り出し、それを神埼の口元に運び、自分で持たせる。


「すまん……」


 口元を押さえながらお礼を言う。


「で、状況は……?」


 立ち上がり青山、南条に向き直る。


「状況って……、俺らはそれを聞きに来たんだが……、なぁ……?」

「あ、ああ……、いったい、これは……、それに、この鎧のやつら……、戦闘でもあったのか……?」


 二人は顔を見合わせ、さらに周囲を見渡す。


「うん、戦闘があった、私たちは必死に応戦した……、それで、来たのはあなたたちだけ?」


 綾原がもう一つのハンカチを取り出し、血まみれの手を拭う。


「戦闘って、マジかよ……、ああ、俺たちだけだ……」

「途中まで、有馬と清瀬と一緒だったけど、途中で大勢のナスク村の人たちに出くわして、怪我人もいるようだったので、二人には村の人たちの避難誘導を頼んで、俺たちはこっちの偵察にくることにした」


 有馬仁ありまじん清瀬達也きよせたつやは管理班の人で、背の高い、坊主頭の野球部の人たちだ。


「そう……、人見はなんて……?」

「いや、別に、これといっては……」

「そう……」


 綾原は少しうつむき、考え込む仕草をする。


「というか、ナビー、ちゃんといるじゃないか、誰だよ、行方不明とか言ったの」

「おお、かわいい子がいると思ったら、やっぱりナビーだったか、相変わらずかわいいなぁ」


 二人に話しかけられる。


「みんな探してたんだぞ、特に夏目さんが」

「まぁ、でも、綾原と一緒だったのなら、心配いらなかったな、それにナビーはいい子だから、ひとりでどっか行ったりしないさ、こんなにかわいいんだから」


 と、南条に頭をポンポンされる。


「にゃん」


 おっと、思わず声が出てしまった……。


「それでは、こうしましょう」


 考えがまとまったのか、綾原が口を開く。


「私と南条、青山で市場に集まった人々の具合を診て、怪我の程度の軽い者から順次ラグナロク広場に送りだす。重症の者はあとからラグナロク広場から応援を呼んで運ぶから、どこか、安全な場所に集めておく、いい?」

「おーけー、さっそく始める」

「じゃぁ、俺はこっちか診るぜ」


 と、南条と青山が広場に散っていく。


「あと、秋葉と久保田は周囲の警戒、侵入者を発見したらすぐに教えて、その際、戦闘は極力避けて、すぐに避難するから」

「わかった」

「危ないのはこっちの森側だな」


 秋葉と久保田も自分の仕事を確認して配置につく。


「最後に、神埼は……、申し訳ないけど、治療は後回しで、ナビーを連れてラグナロク広場に戻ってちょうだい、そして、人見と東園寺くんにここの状況を説明して、大至急応援を寄こすように伝えて」

「ああ、わかった、了解した……」


 と、神埼が立ち上がる。

 足元がふらつくこともなく、しっかりとした足取りだった。


「よし、いくぞ、ナビー」


 と、口元のハンカチを離し、それを見る。

 確かに、出血は止まっているようだった。


「ちゃーりしりてりー、はーす、なぎ、るって、ぱーす、ぽろぽろまい、ふらむ、ろーす」


 と、座り込んでいた村長さんが話す。


「ナビー、なんておっしゃっているの?」


 綾原が私に通訳を求める。


「うーん……、自信ないけど、たぶん……、まだ森の中に大勢の村人がいるから助けて、かなぁ……」

「そう……、助けたいのは山々ですけど、敵兵が潜んでいる可能性がある限り、我々が森の中に分け入り救助活動を行うことはございません、我々は我々の命を最優先に考えていますので、そう伝えて」

「うん……」


 と、言われた通り通訳する。


「きゅー……」


 村長さんが肩を落とす。


「それにしても、ナビーを連れて行っていいのか? 通訳はどうするんだ?」


 と、神埼がハンカチで鼻を押さえながら言う。


「そうね……、でも、あっちにも通訳が必要でしょうし、何よりここは危険、ナビーをこのままにしてはおけない」

「そうだな……、こんな時、エシュリンがいてくれたらな……」


 と、またハンカチを離し出血を確認する。


「えしゅりん!」


 その単語に反応して村長さんが叫ぶ。

 そういえば、エシュリンの存在をすっかり忘れてた、あいつどうしたんだ? 


「エシュリンを助けてくれ! 彼女はまだ森の奥にいる!」


 現地の言葉でそう続ける。


「森の奥に? なぜ?」

「子供たちの足が遅い、置き去りにされた子たちもいる……、それを迎えに行ったのだ……」


 表情を曇らせ視線を落とす。


「ナビー、なんて? エシュリンって単語が聞えたようだけど」

「うん、エシュリン、彼女が森の奥に行ったって、他の村人を助けに」


 綾原にそう通訳する。


「はぁ……、信じられない……、次から次へと問題が……」


 大きく溜息をつき、額に手をあてる。


「厄介事だな、どうする、計画を変更するか? 俺がエシュリンを探しに行ってもいい、おまえの治療のおかげで痛みもほとんどない」

「いや、駄目よ、計画通り進めて、あなたの怪我も心配、ラグナロク広場に戻って、ちゃんと唯に診てもらって、エシュリンのことは、応援が来てから考えるから」

「そ、そうか……」


 と、綾原と神埼で話し合う。


「頼む、エシュリンを助けてくれ!!」


 村長さんが必死に訴える。


「あの子は不幸な子なんじゃ! こんなところで死んではいけない子なんじゃ!」


 さらに続ける。


「あの子は貧しい村の生まれで、わずかな金銭でナスク村に売られてきた……」


 叫びすぎて苦しくなったのか、両手を地面につく。


「村長さん……」


 その背に手をあて優しくさする。


「それでも、あの子は、文句一つ言わずに村のために必死に頑張って、皆から認められて、今や姫巫女と呼ばれるまでになった……、これからなんじゃ、あの子の人生はこれからなんじゃ、頼む、助けてやってくれ……」


 息も絶え絶えで訴える。


「うーん……」


 どうしたものか……。

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