第82話 淘汰覇議

 マットブラックの鎧の男が、その手にした戦斧を振り下ろす。

 それも無言で。

 先程のような雄叫びはない、ただ無言で振り下ろす。

 それだけで、相手が歴戦の兵士だとわかる。


「うおっと!?」


 振り下ろされた戦斧を神埼が大きく横に飛び退いてかわす。


「あぶね……」


 だが、攻撃はそこで終わらない、敵が身体を横に一回転させながら戦斧を払う。


「あめぇよ!」


 と、神埼が戦斧に剣を合わせる。

 戦斧と剣が触れた瞬間、火花が散り、戦斧が真っ二つに割れる。


「おし!」


 と、神埼が返す刀で斬ろうと剣を振り上げたと同時に敵がもう片方の手に持つ盾を思い切り神埼の顔面に叩き付けた。


「あぐっ!?」


 鼻と口から血しぶきが飛ぶ。


「くそっ」


 神埼が反射的に剣から片手を放し、鼻と口を押さえる。

 これが戦闘慣れ、している、していない者の差だろう、普通は戦闘中に自分の怪我なんて気にしない。

 敵はヘッドが真っ二つになっていようが構わず、戦斧を神埼の脳天に叩き落とそうとする。

 しかし、その戦斧が振り下ろされることはなかった。


「ヒュー……」


 僅差で秋葉のスリングショットが決まる。


「すまん、秋葉……」


 と、神埼は鼻と口の血を袖で拭う。


「おまえらはとにかく足止めだ、倒すことを考えるな」

「ああ、わかった!」


 剣の性能と魔法の力で私たちが圧倒的に有利なのにも関わらず危うい。


「うらぁああ!!」

「どらぁああ!!」


 と、大声を出すのは神埼と久保田だけ。

 敵は淡々と無言で応戦する………。

 戦闘経験の差が歴然だった。


「きゅー、きゅー、ふらむ、きゅっきゅ!」

「やらせるかよ」


 秋葉は背後から村人を襲う敵を優先して排除しいく。

 誰を第一に守らなければいけないか、見誤るなよ、秋葉……。


「シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、追い風シュトラーゼ!」


 綾原も両腕を大きく広げて必死に魔法を唱え続ける。

 その額に汗が滲む……、無理をしていることは明白だった……。


「まずいな……」


 前衛、近接壁役が東園寺と佐野、遠距離アタッカーに和泉、後衛サポートが人見、この最強布陣ならば安心して見ていられただろうけど、今は不安しかない。


「うらぁあああああ!!」

「どりゃあああああ!!」


 勇ましいけど、非常に素人くさい……。

 それでも防御に徹すれば持ちこたえることくらいは出来る。

 持ちこたえて、なんとか秋葉の弓で倒してもらう、その繰り返しだ。


「何もかも終りだ……、不死の軍隊に追いつかれた……、みんな殺されてしまう……」

「おじいさん……」


 私は村長さんの横にしゃがみ、その背中を優しくさする。


「ごめんなさいね、村長さん……、苦しいでしょうけど我慢してくださいね、あとで治癒魔法をかけて差し上げますから……」


 綾原も魔法と魔法の合間にそう声をかけ励ます。


「く、くそぉ、どうなってんだ、全然、減らねぇぞ!?」

「はぁ、はぁ、はぁ、汗が目に入った、ちくしょう!!」


 戦闘が始まって、まだ二、三分だと思うけど、もう二人の息が上がってしまっている。

 そして、最悪なことに敵の数はどんどん増えていく。

 次から次へと、森の中からあらわれる。

 広場にはすでに二十人以上の敵兵がいた。


「どうした、足を止めるな、戦え!!」


 秋葉が二人に檄を飛ばす。


「くそ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「ひぃ、はぁ、ひぃ、はぁ」


 でも、神埼、久保田の動きは鈍い。


「終了だね、あの二人はいずれ殺される」


 私は村長さんの背中をぽんっと軽く叩いてから立ち上がる。


「お嬢さん……?」


 と、村長さんが私を見上げる。


「不死の軍隊だっけ? あいつらをやっつけてくる」

「や、やっつけて……?」

「まっ、見てて」


 と、笑顔をつくる。


「お、おい、神埼、カバー頼む……」

「無茶言うな、こっちも限界だ!」


 二人がじりじりと後退してくる。

 それに呼応するように、敵の集団が半包囲状に距離を詰めてくる。


「あ、秋葉、頼む、なんとかしてくれ!?」

「綾原も、なんか、防衛陣、強力なのをしてくれ!!」


 と、二人がうしろを向いて叫ぶ、そのタイミングを敵は見逃さない、一気に距離を詰め、神埼と久保田に襲いかかる。


「前を向け!!」

「あ、危ない!!」


 秋葉と綾原も二人に危険を知らせるけど、たぶん、間に合わない。


「もう、しょうがないなぁ……」


 私はドラゴン・プレッシャーを地面から引き抜き、


「とおりりゃあああああ!!」


 と、渾身の力で投げつける。

 そして、投げると同時に走りだす。


「アポトレス、水晶の波紋、火晶の砂紋、風を纏え、静寂の風盾バビロンレイ


 魔法もかける。

 ドラゴン・プレッシャーはうなりをあげながら突き進み、敵兵と神埼たちの間の地面に突き刺さり、盛大な石片と砂煙を巻き上げる。


「ひっ!?」

「な、なにっ!?」


 それに驚いた二人がその場に尻餅をつき顔をかばう。


「なんで、あんたらが腰を抜かすのよ……」


 私は走りながら首にかけていたネックレス、魔法のアミュレットを手に取り、くるくる回し、空高く放り投げる。


「邪魔、しゃがんでて」


 そのまま走りぬけ、尻餅をついている二人の頭上を飛び越える。

 そして、空中で地面に突き刺さっているドラゴン・プレッシャーの柄をキャッチ。


「こんの野郎!!」


 柄を掴み、遠心力によって身体は回転し、そのまま敵の顔面に強烈な蹴りを食らわす。

 グシャリ、そんな金属がひしゃげるような音を立てて、敵にバケツヘルムが空中に舞う。


「ぐあっかっ」


 蹴られた敵は血を撒き散らしながら、くるくる三回転くらいして地面に沈む。

 私もドラゴン・プレッシャーの柄を握りながら三回転くらいして地面に降り立つ。


「ふっ……」


 そして、敵を見据えながら手を天にかざす。

 すると、その手に先程投げたネックレスが落ちてくる。

 そう、ネックレスをしたままだと、さくっと抜けちゃうから、一回空に放り投げた。


「じゃぁ、やるか、不死の軍隊?」


 ドラゴン・プレッシャーを横に払うように引き抜くと、大量の石片がやつらに向かって飛んでいく。


「うおおおおおおおおっ!!」

「おがおおおおおおおっ!!」

「うごおおおおおおおっ!!」


 やつらが獣ともつかないような雄叫び上げやがった。


「なに、いまさらウォークライ? 笑わせんなよ、シャバ僧」


 クスリ、と、笑ってしまう。


「それとも、なに、それはウォークライじゃないの? 怖くて叫んでしまっただけなの?」


 でも、怖くて当然か……。

 たかだか身長140センチ程度の少女が刃渡り1メートル以上、柄を合わせると2メートル近くの、重量100キロ以上ありそうな大剣を軽々と振り回しているんだから、彼らの目には異様に映ったはず。


「ドラゴン・プレッシャー……」


 それは分厚く片刃、峰や柄の部分には流線形の白いガードが付いている美しい造詣の大剣……。

 柄の部分も根元と先では太さが異なり、両手で握る両手剣を意識されてか、押し手である左手部分は太く、切り手である右手部分は細い造りになっている。


「強く押し込み、鋭く切裂く……」


 それを自然と意識させてくれる大剣だ。


「うおおおおおおおおっ!!」

「うごおおおおおおおっ!!」


 左右から敵が襲いかかる。

 ドラゴン・プレッシャーを正面に構え、すっと前に出す。

 そして、両側から振り下ろされる戦斧を軽く左右に払う。

 戦斧の刃に対してドラゴン・プレッシャーのしのぎ、刀身の腹の部分に当てる。

 接触と同時に小さな火花を散らし、敵の戦斧が左右に弾かれ勢いよく飛んで行き、数十メートル先の地面に突き刺さる。


「うん、いい剣だ、あらためてそう思う」


 しのぎも厚く頑強。

 基本的に相手の武器は刃ではなく、しのぎ、つまり刀身の腹の部分の真ん中で受けるのが定石となる、まともに受けたら刃こぼれしちゃうからね。

 ここは刀身の中でも、もっとも厚く、また、折れにくい箇所になる。


「さてと」


 カチャリと刃を逆にして峰打ちの格好に握り直す。

 いくら敵でも思いっきりたた斬って殺したら、綾原とかがドン引きするからね……、っていうのは冗談で、敵は金属質の鎧を着ているので、刃こぼれする可能性がある、なので、峰を鈍器のように使って撲殺することにした。


「手加減してやる気なんてさらさらないから……」


 敵に向かい歩きだす。

 私はだらんとドラゴン・プレッシャーを降し、石畳を引きずりながら歩く。

 剣先から火花が散る。


「う、うおおおおおおっ!!」


 それは恐怖からだっただろう、敵の一人が大きく戦斧を振り上げ向かってくる。


「遅いわ」


 振り下ろされる戦斧を下から斜め上になぎ払う。

 戦斧は粉々に砕け散り、さらに、敵の身体を打ち砕き、細かな金属片を巻き散らし、身体は回転させながら空を舞い、数十メートル先に落下、そのまま動かなくなる。


「次」


 今度はドラゴン・プレッシャーを地面に突き刺し手を放す。


「早くしろ」

「くっ……」

「くあ……」

「おう……」


 警戒したのか、不死の軍隊の連中はじりじりと後退していき、そして……、


「どぅわゆー、まーも、わ、ぱーす!」

「でっど、ろーす、ぷーん!」

「ちゃ、るって、ぷーん!」


 と、連中が振り返り、全速力で森の中に走っていく。


「あ、逃げた……」


 私はやつらを追うことなく、その背中を見送る。

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