第77話 アタック・ワーニング・レイド

 ランタンの火が風にゆらされ、それに合わせるように二人の影もゆれる。


「もみ消し……、何の話だ、秋葉……?」


 人見彰吾がやっとの思いで声を絞り出す。


「そんな難しい話じゃないんだ、ちょっと、鹿島と問題があってな……」

「鹿島と……? 何をしたんだ、秋葉……?」


 あれだね、秋葉が鹿島美咲にみんなの前で服を脱いで私はメス豚です、って言えって言った事件のことだね。


「いや、俺は何もしていない、鹿島がちょっと誤解しているようなんだ、なんか、俺がセクハラ紛いのことをやらかしたって、それを東園寺や徳永に報告するって言うんだよ」


 あれ、なんか話が違う。


「誤解なのか?」

「ああ、そうだ、誤解だ、完全に冤罪だ」

「なら、堂々としていればいいだろう」

「いや、いや、まぁ、もちろん、そうなんだが、俺がいくら否定しても疑惑は残るだろ? それが嫌なんだよ」


 こいつ、本当はやってただろ……。

 というか、他にも色々悪さしてるだろ……。


「そうだな、疑いは完全には晴れんだろうな……、もう一度聞くが、本当に冤罪なんだな、冤罪ならば俺がなんとかしてやってもいい」

「もちろんだ、鹿島もたぶんこっちの生活でストレスが溜まって少しおかしくなったんだと思う、かわいそうにな……、とにかく、鹿島も悪気はないとは思うんだ、だから、穏便に済ませてやってくれないか、なぁ、人見?」

「そうか……、わかった、それとなく対処しておく……」


 これは、ひどい、鹿島が悪者になってる……。

 ゆるせん。

 よし! 


「彰吾……、彰吾……、聞えますか……、私です……、蒼の言うことを信じてはなりません……」


 と、蚊の鳴くような声で言ってやる。


「そ、その声はナビー……?」

「ナビーじゃありません、イタコです」

「イタコ!?」


 ちょっと、姿勢が悪いので、シャツの中でもぞもぞする。

 あと、べたべたして気持ち悪くなってきた。


「そう、イタコ、今は鹿島美咲の守護霊を降霊させています、このゲテモノ男の言うことを信じてはなりません」

「その声はやっぱりナビーだろ、どこにいる!?」


 人見がきょろきょろと辺りを見まわす。


「ははは、何を言っているんだ、やだなぁ、ナビーなんて、いないさ、気のせいだよ、ははは……」


 と、秋葉がシャツの上から私の顔をはさんで黙らせようとする。


「むぐ、むぐ!」


 だが、まけん! 

 襟から両手を出して、秋葉の顔をぺたぺたしてやる! 

 ついでにシャツの中で暴れたり蹴ったりしてやる! 


「こ、こら、こら、やめ、やめ、ははは……」


 と、秋葉は顔を左右前後に動かしながら私のぺたぺた攻撃をかわし、なおかつ、シャツの上から私の口を押さえてしゃべれないようにする。

 くっ、強敵だ……。


「やっぱり、そのびろんびろんに伸びたシャツの中にナビーを隠しているんだな、そうだろ、秋葉!?」

「くそっ、ばれた、なんでだ……」


 と、秋葉が立ち上がり、数歩後退り距離を取る。


「そう、この秋葉蒼は悪党、女の敵なのよ!」


 シャツの中で暴れながら告発してやる。


「女の敵!?」

「違う、誤解だ、人見、勘違いしないでくれ、俺は何もしていない!」


 秋葉が暴れる私の身体を必死に押さえつける。


「そうか、少しずつ話が見えてきたぞ……、ナビー、キミも秋葉にひどいことをされているんだな、鹿島美咲と同じように……」


 人見が人差し指でメガネを直しながら立ち上がり秋葉を睨みつける。


「そう、私もまた被害者のひとり……、グスン……」

「ちょっ、う、うそだ! 最初に俺を脅迫してきたのはナビーのほうだろ!?」

「黙れ、ケダモノ! 女性たちを泣かすやつは俺が許さん、いいから、かかってこい!!」


 と、人見が秋葉の言葉を遮るように腕を横に払いながら叫ぶ。


「きゃああ、彰吾、かっこいい!」


 と、歓声をあげてやる。


「ふふっ……」


 私に言葉にメガネを直しながら頬を染める。


「くそっ、こうなったら逃げるしかないか」


 秋葉がシャツの中の私を両手で押さえながら方向転換する。


「逃がすか、ジルアス、カルキアス、サムトリアス、告げ鳴く鹿よ、風かけたるひさかたの白雪よ……」


 人見の魔法詠唱がはじまる。


「馬鹿か、そんな長ったらしい呪文が通るかよ、シドヴィシャス、真理は神の如く、星槍銀糸の黒衣ディンギール


 秋葉が短く魔法唱えると、輝きだした人見の身体を覆う光が一瞬でかき消される。


「ちっ、キャンセルか……、忘れていた、おまえはうちで唯一のキャンセラーだったな」

「よし、逃げるぞ、ナビー!」


 と、秋葉が茂みの中に飛び込む。


「彰吾、助けて! あ、あと、ついでに私の浴衣と帯、それと下駄も持ってきて!」

「わ、わかった!」


 人見が追走するのを中断して、浴衣などを取りに行く。

 その隙を突いて秋葉が森の中を駆け抜ける。

 星の位置から推測すると西の方角に進んでいるのが見て取れる。


「どこに行くんだろ? たぶんラグナロク広場は北のほうだと思うんだけどなぁ……」


 と、私は襟からちょこんと顔を出して、枝の隙間から垣間見える星々を見上げながら小さくつぶやく。

 その答えはすぐにわかる。


「とうっ!!」


 と、秋葉の掛け声とともに宙を舞う。

 そして、白い砂利道の上に着地。

 振り返るとそこには木で作った水路がある。

 秋葉はそれを飛び越えたのだ。


「ふぅ……、ここなら大丈夫だろう……」


 そう、ここはラグナロク広場ではなく白い細かな砂利が敷き詰められた道、ルビコン川に向かう道の途上だった。


「ほら、見てごらん、ナビー、花火がよく見えるよ」

「うん?」


 北の方角。

 道が真っ直ぐ伸びるその先……。

 火球が空高く舞い上がっていく。

 そして、頂点に達すると勢いよく弾けて、綺麗な、無数の火の粉を散らして舞い落ちる。

 ゆっくりと舞い落ちる火の粉は辺りを照らし、正面の高い塔、割と普通なナビーフィユリナ記念タワーのシルエットを浮かび上がらせる。


「おお……」


 距離があるせいで、ラグナロク広場で見たときよりも迫力はないけど、花火の全体像がよく見えて綺麗、なにより、静かに、ゆっくりと舞い落ちる火の粉がとても幻想的だった。


「おお……」


 まっすぐに伸びた白い砂利道がうっすらと光を放ち、その奥でオレンジ色の花火がきらめく、そして、それが消えると入れ替わりに空いっぱいの、満点の星々が輝きを取り戻す。


「おお……」


 感嘆の声は尽きない。


「ナビー、花火観賞もそこまでだ」

「うん?」


 秋葉の言葉に視線を地上に戻す。

 すると、森の中から誰かが飛び出してきた。


「はぁ、はぁ、はぁ、秋葉、ナビーを返してもらおうか……」

「人見……」


 それは、もちろん参謀班の人見彰吾だった。

 手にはちゃんと私の浴衣や下駄が握られている。


「見つけた! いたよ、こっちだよ!」

「秋葉がいたぞお!!」

「ビンゴだぜ、魔法に紐付けして正解だったぜ!」


 さらに、大勢の人影がこちらに殺到してくる。


「観念しろ、秋葉、おまえの負けだ……」


 人見が滴る汗を手の甲で拭いながら秋葉に歩み寄る。


「ナビー、大丈夫、変なことされてない!?」

「秋葉まだ間に合うぞ、自主しろ」

「そうだ、おまえは何かに取り憑かれているだけなんだ!!」


 みんなが私たちを取り囲む。


「ふっ、ナビー、ついに最終決戦だな、覚悟は出来ているか?」


 と、秋葉が私の頭に手を置き、少し笑って見せる。


「決戦ね……」


 私は退路、ルビコン川方面に視線を移す……。

 白く伸びた砂利道とそれに並走するように設置された木製の水路、そして、その先にあるだろうルビコン川と、遥か遠くの山々、ヘルファイア・パス……。

 空に浮かぶ、まばらな、僅かに赤みを帯びた雲……。


「どうして気付かなかったんだろうね……」

「ナビー?」


 花火の明かりのせい? 

 ううん、違う、たぶん、七夕に浮かれていたから……。

 私は秋葉のシャツからもぞもぞと這い出し、そのまま地上に降りる。

 裸足で降りた砂利道はひんやりとしていて冷たかった。


「彰吾、浴衣ちょうだい」

「ああ……」


 私は人見から浴衣を受け取り無造作にそれを羽織る。


「どうしたの、ナビー?」

「もう、終り?」

「お祭りはこれからだよ?」


 と、みんなが首を傾げる。


「公彦、気付いているよね?」


 最後方にいた東園寺に尋ねる。


「ああ、当然だ、ナビーフィユリナ」


 とだけ短く答える。


「エシュリンがいなくなった時点でこのことは予想していなければならなかった……」


 人見から下駄を受け取り、それを履く。


「ナビー?」


 彼が不思議そうな顔で私の顔を覗き込む。


「彰吾……、アタック・ワーニング・レイドよ」


 彼の疑問に答えてやる。


「アタック・ワーニング・レイド……?」


 わかないかな……。


「私たちはこれから何らかの攻撃を受けることになる」


 わかりやすく言ってやる。

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