第73話 金の斧の池
光害のない空は暗く、星像をシャープに映し出してくれる。
「でも、見えすぎるのも困りもの、星が多すぎてベガとアルタイルが見つけられない」
ちなみに、ベガが織姫星でアルタイルが彦星と言われている。
「まぁ、たぶんあの辺だね」
と、天の川を見上げてつぶやく。
「ぺろぺろ、ぺろぺろ……」
ここは牧柵の中、その真ん中で足を大きく広げて草の上に座り、洋ナシ飴をぺろぺろ舐めながら空を見上げている。
「こらぁ、だめだってば」
「くるぅ……」
洋ナシ飴を舐めようとしていたクルビットを軽く叱る。
「よしよし……」
と、クルビットの頭を手の甲でなで、また夜空を見上げる。
そういえば、前に人見が言っていたけど、星の見え方から緯度、経度を計算すると、ここは日本の近畿地方近辺になるらしいね。
私の記憶が正しければ、旅客機が墜落したのもその辺りになる。
もしかして、別の世界に来たというのは思い違いかもしれないね。
と、なると、考えられるのはタイムスリップか……。
いや、それは有り得ない、植生が違う、生態系が違う、それだけでここが日本でないという事がわかる。
なにより、植生や生態系が変わるほどの過去や未来に来てしまってのなら、星の見え方も当然変わる、太陽系も銀河系の中で動いているのだから……。
星々を見れば、時間の移動はないという事がわかる。
「なんなんだろうね、ここ……」
そんな事に思いを馳せながら、織姫星と彦星を探す。
「ぺろぺろ……、ぺろぺろ……」
洋ナシ飴を舐めながら空を見上げる。
ああ、そうか、前に山本が言っていた、あれか、あの世説。
実は旅客機の墜落でみんな死んでいて、魂だけがあの世を彷徨っているって話し。
みんなは笑い飛ばしていたけど、それを否定する材料ってないのよね……。
いや、あるよ、旅客機とか荷物とかも一緒にあの世にきちゃったの? でも、物理的には、物質もエネルギーの形態のひとつに過ぎないから、あの世に旅客機とか荷物がそのままあっても、なんらおかしな話ではない……。
「うーん、ミステリーだ……」
ぺろぺろ、ぺろぺろ……。
まぁ、一番のミステリーは私なんだけどね……。
いや、一番のミステリーはヒンデンブルク広場の飛行船でしょう。
魔法っていったいなんなの、ちょっとデタラメすぎるでしょう……。
「うーん、うーん……、ぺろぺろ、かじかじ……」
おいしい。
「よし」
と、立ち上がる。
「ナビー、ぷーん?」
隣で一緒に空を見上げていたエシュリンが私の顔を見る。
「時間だよ、エシュリン、金の斧の池に行くよ」
「はい、ぷーん!」
と、エシュリンも元気よく立ち上がる。
金の斧の池は広場の南東にある貯水池、主に露天風呂とかシャワー用に水を溜めている池、大きさはそれほど大きくない、直径10メートルあるかないかくらい。
「みんなぁ、行ってくるねぇ」
聞えないだろうけど、牧舎の中にいるだろう、みんなに声をかける。
「クルビットも牧舎に戻りなさい、みんなをお願いね」
「くるぅ!」
と、彼は牧舎に向かって走っていき、ジャンプして小窓から建物の中に入っていく。
「よし、行こう!」
「はい、ぷーん!」
私たちは駆け足で牧草地をあとにする。
とりあえず、他の誰かに見つからないように、露天風呂の後ろを回って、シャワー室の後ろを通って、金の斧の池に向かう。
金の斧の池には誰もおらず、ひっそりと静まり返っていた。
「おお……」
池の水面に星の光が反射している……。
さらに、水路から水が流れ込んでいるので、それにより小波、それより小さな波紋が池全体に広がり、ゆらゆらと星の光を乱反射させていた。
「じゃぁ……、もってて」
と、私は頭のお面を取り、髪を結って紐をほどきエシュリンに渡す。
頭をぶるぶるとさせて、長い金髪を風に泳がす。
「うん、こっちのほうがいい」
そして、今度は浴衣の帯をほどいていく。
くくく……。
「はい、エシュリン」
帯を渡して浴衣を脱ぐ。
「ふふふ……」
浴衣の下に水着を着ていただなんて誰も想像しなかっただろう……。
「これもね」
下駄も脱ぎ、彼女に渡す。
まぁ、水着といってもほとんど下着だけどね。
白い撥水性のある生地で作ったやつ。
ちなみに、この水着は水に濡れると、かなりすけすけになる。
なので、これを外で着るのは初めて。
たぶん、夜だから、そんなに見えないとは思うんだけど……。
「よし、エシュリンは向こうに隠れてて」
「はい、ぷーん……」
小声で指示をすると、彼女も小声で返してくれる。
「そ、それじゃぁ……」
エシュリンが隠れたのを確認してから、池の中につま先をちょんと入れてみる……。
「うーん……」
冷たい……。
けど、火照った身体には丁度いい!
そのままざぶーんと池の中に入る。
「えうっ!?」
やっぱり冷たい!
でも、水は綺麗。
それも当然、露天風呂やシャワー、食器洗いにも使う水だから、毎日、虫取りや枯れ草取りを入念にやっているからね。
私は冷たさを我慢しながら、背泳ぎで池の真ん中までいく。
そして、両手、両足を大きく広げて、ぷかぷかと浮かぶ。
「いや、足は閉じよう、たぶん、すけて見えてる……」
いや、胸も見えてる、意外と星明かりが強い……。
「くっ……」
私は起き上がり、そのままお鼻が少し出るくらいの高さまで水につかる。
「ぶくぶくぶくぶく……」
ぶくぶく楽しい!
「ぶくぶくぶくぶく……」
泡が四方八方に流れていくよ!
いや、ちょっと待て、水着が予想以上にすけてるんだけど……。
これ、丸見えだよ、水の中でも見えてるよ。
「あれぇ……」
こんなはずじゃ……。
あと、水もすんごい冷たいんだけど……。
「ぶく、ぶく、ぶく……」
なんか、ガタガタ震えてきた……。
「ひっ、寒い、凍える」
ガチガチ、ガチガチ、と歯が鳴る。
「あ、誰か来た……」
じょ、女子、お願い女子であって、これ、水着がすけてて男子がいるとこじゃ池から上がれないよ。
ひっ! 寒い!
私は人影に向かって、ぶくぶくしながら池の中を進む。
「たす、たす、たすけて……」
そして、池の端まで来て、縁を両手で掴みながら、人影に助けを求める。
「な、なんだ!?」
と、人影が悲鳴を上げる。
あ、やばい、男だ。
いや、ここは攻め時だ。
「たーすーけーてー」
ばしゃーんと立ち上がる。
「いっひいいいい!?」
その人影が大袈裟に驚き、尻餅をついた。
「お、おば、おば! おば? あ、あれ、ナビー?」
おっと、正体がばれる、というか裸を見られる。
私は急いでしゃがみ、池の縁に隠れる。
「ナビーじゃないよ、お化けだよ」
池の縁から顔半分だけ出して、人影に言ってやる。
「お、おう……」
「あと、お化けがここにいるって他の人に教えたら、不思議な力で死んじゃうからね、覚悟しておいてね」
「お、おう……」
と、動揺しながらも、人影が立ち上がり、お尻についた枯れ草などをはらう。
「し、しかし、予想外だったな、ナビーが池の中にいるなんて……」
それはそうだよ、これは、ふざけた短冊を書いたみんなへの仕返しなんだから。
くぅ、でも、これは想定外だよ、本当はお化けのふりして、池から飛び出して、びしょぬれのまま、みんなに抱き着こうと思っていたのに……。
こんなにすけすけとは……。
あと、あなたが落とした物はどっちですか? ってのもやりたかった……。
「おっかしいなぁ……」
と、すけた水着を見ながら溜息をつく。
「で、ナビーはいつまでそうしているつもりなの?」
「ナビーじゃないよ、お化けだよ」
「はい、はい、お化け、お化け……」
中央広場はこうこうとかがり火が焚かれている事もあって、こっちから見ると逆光になってて、その人影の姿がよく見えない。
でも、声からすると狩猟班の秋葉蒼だってすぐにわかる。
「それで、ナビー、俺を呼び出して、どうするつもりだったの?」
あれ、ばれてる。
「な、なぜ、呼び出したのが私だってわかったの?」
ぶくぶくしながら上目遣いで彼に尋ねる。
「それはわかるよ、だって、ナビー以外に変な事言ってないから、特にクラスメイトには絶対に言わない、冗談でもね」
少し笑いを含んだ声で言う。
「じゃぁ、ここに書いてある通り、やってもらおうか? その覚悟とやらをね?」
ええっ!?
「ほら、ナビー、池からあがって、言ってごらん」
ちょ、ちょっと待って、水着がすけすけなのよ!
「ほぉら」
と、秋葉が片膝をつき、手を差し伸べてくる。
こうなったら、やつを池の中に引きずり込んで、その隙に逃げるしかない。
「蒼……」
彼の手を握り、力を込める、
「うっぎゃあああ!?」
秋葉が手を放してすっぽ抜けた!
その勢いでばしゃーんとなった!
「あう、あう!」
ばしゃばしゃともがく。
「ははは、いつぞやの仕返しだよ、ナビー」
なっにぃ!?
「く、くっそぉ……」
と、なんとか体勢を立て直して、また池の縁に隠れる。
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