第61話 乱れそめにし

 南条大河を先頭にして、30頭以上の騎馬軍団がこちらに殺到してくる。

 馬に乗る男たちは皆フル武装、鉄製のプレートアーマーを着用し、腰や背中に武器を携帯している。


「た、助けてくれぇ!!」


 と、南条が私の目の前までくる。


「な、なんで、追われてるの!?」

「し、知らない、なんか、絡まれて、それで追い駆けられた!」


 あ、そうか、南条は現地の言葉がわからないのか。


「な、なに、お姉ちゃん……?」

「だ、大丈夫よ、リジェン、心配いらないから……」


 と、姉のシュナンが妹を抱きしめる。

 この子たちから避難させなきゃ。


「さっ、二人とも危ないからこっちに……」

「きっさまらぁ……」


 と、姉妹を立たせようと手を差し伸べたところで、そんな野太い声が身近に聞こえてきた。

 視線を向けると、すでに騎馬軍団は私たちの目の前まで来ていて、先頭の騎馬に乗る男が手綱を引き、赤いマントをたなびかせていた。


「きっさまらぁ……」


 そして、馬をなだめるようにその場でぐるぐるとまわりだす。

 さらに、騎馬軍団の一部が退路を断つように、溜池を一周回って私たちの背後を突こうとする。


「なんだ、どうした?」


 と、東園寺たちが駆けつけ、私たちを庇うように前に立ってくれる。


「ナビー」


 和泉が私のうしろに立つ。


「きっさまらかぁ、最近うろついている、蛮族共と言うのは、悪さをしていたのか?」


 先頭の赤マントの男が東園寺を睨みつけながら言う。


「なんと言っているんだ、エシュリン?」


 現地の言葉のわからない東園寺はエシュリンに通訳を求める。


「我々はおまえたちを殺しにきた、殺されたくなければ、身ぐるみ全部置いていけ、と言っている、ぷーん」


 と、エシュリンが通訳……、うん? 


「な、なに!?」

「こ、こいつら、賊かなんかか!?」


 と、みんなが武器の柄に手をかける。


「な、やるのか、蛮族共!?」

「武器を持っているぞ!?」


 騎馬軍団もそれを見て、それぞれが武器に手をかける。


「や、やっぱり、やる気だぞ、こいつら、賊だ!!」

「南条、防衛陣いけ!!」

「おーけー、いくぞ!!」


 と、いきなり臨戦態勢。


「仕方ない……」


 東園寺がロングソードを引き抜こうとする。


「待って、公彦」


 その腕を押さえて、剣を引き抜くのを止めさせる。


「ナビーフィユリナ?」

「何かがおかしい、話が食い違っている、私に話しをさせて」

「なに?」

「まかせて」


 と、彼の前に出る。


「ねぇ、あなたたち何者? 本気で私たちと戦うつもりなの?」


 先頭のあの男に尋ねる。


「ふざけるな、戦おうとしているのは貴様らのほうだろう!!」


 必死に馬をなだめながら、激昂した表情で叫ぶ。


「戦うつもりなんてないから、私たちはただ、行商に来ているだけだから……」

「うそを言うな、蛮族の小娘め、最近近隣の村々を荒らしまわっている蛮族とは貴様らの事だろう、我々帝国軍にまで救援要請が来ているんだぞ!?」


 帝国? 

 ちょっと待って、この世界って、そんな帝国が形成されるほど文明水準が高かったの? 

 エシュリンはそんな事一言もいってなかったけど……。


「ナビーを鉄串に刺して焚き火の上でぐるぐる回して丸焼きにして食ってやる、と言っている、ぷーん」

「な、なに!?」

「塩コショウたっぷりふってジュージュー焼いてやる、と言っている、ぷーん」

「こ、こいつら、うそだろ……」


 え、エシュリン? 

 私はびっくりしてうしろを振り返る。

 みんなが武器に手をかけて、油断なく身構えている。


「やはり、やる気だな、騎士団、抜刀!」

「「「おお!!」」」


 騎馬軍団が雄叫びとともに剣や槌を引き抜く。


「ナビーの服をひんむいて、毛むしって鉄串に刺してやる、と言っている、ぷーん」

「な、なにぃ、や、やるぞ!!」

「もう、我慢出来ん、防衛陣いく、アンシャル・アシュル・アレクト、七層光輝の鉄槌、赤き聖衣を纏いし深淵の主!」


 みんなが剣を抜き、南条の魔法詠唱が始まる。


「ちょっと待って、話が違う、エシュリン、あいつら、そんな事言ってないよ!?」


 と、両者を手で制止させながら叫ぶ。


「ナビーは馬鹿だから、わかってない、ぷーん、言葉が違う、ぷーん、ナビーが使っているのは、わ、ぱーす語、あの野蛮人共が使っているのは、る、てーす語、全然意味が違う、ぷーん、ニュアンスが違う、ぷーん」


 にゅ、ニュアンスの違いで、こんなにも意味が変わるの!? 


「さぁ、ナスクの戦士たちよ、武器を取れ、帝国軍など恐れるに足らず! 我々には神の使者、天滅あまほろぼす様方がついている!!」


 と、エシュリンの号令に呼応し広場にナスク村の男たちが集まってくる。

 その手には剣やくわなど、様々な武器が握られている。


「きっさまらぁ、帝国軍に歯向かうというのか、百万紫影軍が相手になるぞ」

「ここは私たちの土地だ、帝国の支配など受けない!!」

「なんだと、蛮族共がぁ!?」


 でも、エシュリン、ちゃんと帝国って言ってない? 


「あ、あれぇ、なんか、わけがわからなくなってきたぞぉ……」


 と、云うのは冗談……。

 大体理解した。

 私はおもむろにエシュリンに近づいて……。


「な、ナビー、ぷーん?」


 そして、彼女の胸倉を掴み、一瞬手前に引いて、エシュリンが踏ん張ったタイミングで大外刈りをしてぶん投げてやる。


「けふっ!?」


 こいつ、最初に会った時もドジッ子プレイでみんなを騙そうとしてたよね? 


「けふっ、きゅー、けふっ、きゅー!」


 と、背中を打ち付け、苦しそうに地面を転がりまわる。

 私は彼女を見下ろし、再度その胸倉を掴みあげる。

 そして、顔を近づけ言ってやる。


「めぇ……」


 と。

 また間違えた。


「エシュリン、おまえ、なめてんのか? 戦場に於いて虚偽通訳はその場で射殺なんだよ、死にたいのか?」

「な、ナビー、誤解、ぷーん、誤解、ぷーん!」


 彼女は涙目で弁解するけど、おもいっきり、地面に叩き付けてやる。


「けふっ、きゅー!」

「だから、なめてんのか、おまえ?」

「私たちにも事情がある、ぷーん、一生懸命生きてる、ぷーん、もう帝国には我慢の限界、ぷーん!」


 まぁ、大方、年貢がきつい、関税がきつい、とか、そんなレベルでしょ? 


「だからと言って、虚偽通訳の言い訳にはならない、なにもわからない私たちを騙して、無理矢理帝国軍と戦わせようとした行為は万死に値する」


 私は腰から護身用の短刀を取り出して振り上げる。


「な、ナビー、ぷーん!?」


 そして、彼女の顔すれすれに短刀を突き立てる。


「一回だけ、一回だけ許してあげる、次、同じ事をやったら、その時こそ殺してやるから、いいね?」

「ひっ、わかった、ぷーん、エシュリンが間違ってた、ぷーん、ごめんなさい、ぷーん、ナビーは友達、ぷーん」


 と、彼女は涙をぽろぽろ流して謝罪する。


「よし」


 それの言葉聞いて彼女を解放し、短刀をホルダーに戻しながら立ち上がる。


「みんな、武器はしまって、通訳が間違っていただけだから」

「だ、大丈夫なのか、ナビー?」

「うん、大丈夫だから、今度は私が話す」

「そ、そうか……」


 と、みんなが武器を鞘に収める。


「そっちも、武器はしまってもらえるかな」


 あらためて、騎馬軍団に向き直り、あの先頭の赤マントの男に言う。


「なにぃ?」

「こちらは武器を収めた、戦う意思はない、武器を抜いたままでは話にならない、無礼よ、しまいなさい」


 彼の睨みを受け流し静かに話す。


「ふん……」


 と、赤マントの男が軽く手を挙げる。

 すると、後方にいた騎馬軍団たちが武器を収める。


「あと、そっちも、武器は家に置いてこい!」


 ついでに、広場に集まったナスク村の男たちにも声をかける。

 彼らは一旦顔を見合わせたあと、のろのろと広場から出て行く。


「で、自己紹介がまだだったわね、私はラグナロクのナビーフィユリナ・ファラウェイ、あなたは?」


 その瞬間、馬がいななく。


「くっ、どうどう……」


 彼が手綱を引いて馬をなだめ、その場で二周、三周とまわる。


「俺か? 本当に物を知らんやつのようだな……、おい、セスト、俺様が誰か、こやつに教えてやれ!」

「はっ!」


 と、副官らしき人物が答え、馬を前に出す。


「いいか、小娘、このお方はな、ラインヴァイス帝国、辺境伯、ダイロス・シャムシェイド様!」


 へ、辺境伯、伯爵様……? 


「配下……」


 は、配下? 


「東方辺境方面軍総司令官、エルナン・カルタラ様!」


 そ、総司令官? 


「配下……」


 おい……。


「千騎長、アンバー・エルルム様!」


 はいかぁ。


「配下……」


 やっぱり。


「第四特務部隊、マジョーライ様!」


 はいかぁ。


「配下……」


 はいかぁ。


「騎士長、シェイカー・グリウム様であらせられるぞ!!」

「はいかぁ……」


 はいかぁ。


「どうだ、驚いたか、小娘め!」

「はいかぁ……」

「ふふふ、驚いて声も出ないようだな……」


 あ、自己紹介が終わってる。

 だ、誰だっけ、ま、マジョーライ? 


「そ、それで、マジョーライさん、あ、あなたたちの目的は……?」

「なっ!? 俺はマジョーライ様ではない、騎士長のシェイカー・グリウムだ!」

「そ、そうそう、シェイカー・グリウムさん……」


 でも、聞いた限り、帝国軍って指揮系統がしっかりしてそうね。

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