第60話 ナスク村

 村長らしき、あのおじいさんの先導のもと私たちは村の中を進む。

 見えるのは、からぶき屋根の民家風の建物のみ……。

 商店などは一切なく経済活動を行っている形跡は見当たらない。


「カナートがあるな……」

「ああ、上下水道は完備か……」


 と、南条と和泉の会話が聞えてくる。

 彼らの言うとおり、通りの真ん中にカナート、水路が設置されている。

 赤レンガ造りで、幅は1メートル程度、それが村の中心にむかってゆっくり流れている。

 私たちはその水路に沿って進む。


「姫巫女さまぁ!」

「おかえりなさぁい!」


 と、子供たちが走ってきた。


「おまえたち!」


 エシュリンが両手を広げて子供たちを出迎える。

 子供たちの服装は厚手の浴衣って感じ。


「姫巫女さま、いつまでお仕事?」

「うーん、それはね、もう少しよ、みんなそれまでいい子にしているのよ」


 と、エシュリンが子供たちの頭をなでながら答える。

 それにしても、このやり取りは全部現地の言葉で行われているけど、私も随分聞き取れるようになってきた。

 まっ、そうじゃないと、通訳として役に立たないからね。


「さっ、おまえたち、もう戻りなさい、お家のお手伝いちゃんとするのよ」

「はぁい、姫巫女さま!」

「お仕事頑張ってね!」


 と、エシュリンが笑顔で手を振りながら子供たちを見送る。


「みんなに挨拶とかしてこなくていいの?」


 考えてみれば、エシュリンって一ヶ月振りの帰郷だったよね。


「大丈夫、ぷーん」

「家族とかは?」

「いない、ぷーん」

「じゃぁ、友達とかは?」

「いない、ぷーん、友達はナビーだけ、ぷーん」

「ふーん……」


 文化の違い……、そう言われればそれまでだろうけど、何か、違和感を覚える……。

 そうこうするうちに広場に到着する。


「みなさん、こちらを好きなように使ってください」


 おじいさんが手で広場を案内する。

 広場は直径50メートルほどの円形状、真ん中には水路から水が流れ込む溜池がある。


「すまない、あるじ」


 と、私たちは広場の外縁の手頃な街路樹の下に移動して荷物を下ろす。

 うん、いいとこだね。

 私は麦わら帽子を押さえながら空を見上げる。

 雲ひとつない青空、広葉樹の隙間から、きらきらと木漏れ日が無数に降りそそぐ……。


「それじゃ、はじめるぞ」

「ういーっす」


 と、管理班の面々が荷をほどき、まずはゴザから敷きはじめる。


「ハル、ハル、こっちも!」

「はい、はい……」


 私も和泉の荷物からみろり色のゴザを取り出して、くるくるっと転がして地面に敷く。

 そして、その上に箱を三つほど並べる。

 それはひんやり冷たい……。

 魔法の力で冷却してあるから。

 その箱の中には、雨宮たちが作ってくれた冷凍果物がぎっしりと入っている。


「これは、おいしそう……」


 果物の中だけをすりつぶして、それから砂糖水につけて凍らせて作った特製シャーベットだ。

 で、冷凍果物を刺す木の串を並べて準備完了。

 そして、顔を上げて広場を見渡す。

 水汲みをする女性、走り回る子供たち、あとは、遠巻きに私たちのやることを見ている大人の集団……。


「まずは、客寄せからだね……」


 すぅ、と、息を吸い込んで……。


「ラグナロクから参りました、割と普通なナビーフィユリナ記念行商団です! 異国情緒溢れる、珍しい品々を取り揃えてあります、お気軽に見ていって下さい!」


 と、大きな声で、現地の言葉で宣伝する。

 現地の人たちが顔を見合わせる。

 大丈夫かな? 昨日、エシュリンに翻訳してもらったものそのままだから、ちゃんと通じているか心配……。


「な、何があるのかな……」

「こ、これは、何かな……」


 と、現地の人たちが集まってくる。

 おお……。

 通じた。


「ノートとペンです」

「じゃぁ、これと交換はどうですか?」


 と、基本的に物々交換で取引が行われる。

 私たちの通貨、ラグナで取引したいけど、あれは、ラグナロクに行商にくる人たちが魔法のネックレスを購入するために溜め込んでいるので使用される事はまずない。


「これは、お菓子ですか……?」


 と、クーラーボックスの中の冷凍果物を覗き込みながら年配の女性が尋ねてくる。


「はい、おいしい果物を凍らせたシャーベット、アイスです」


 笑顔で答える。


「ひとつくださいな」


 と、彼女は1000ラグナ札を差し出す。

 おお、意外と流通しているみたい。


「ありがとうございます!」

 と、冷凍果物と、おつりの900ラグナを彼女に渡す。

 ちなみに、冷凍果物は1個100ラグナ、日本円に換算すると100円相当。


「お、おいしいわ!」


 と、冷凍果物を口にした年配の女性が頬に手を当てて言う。


「さっ、子供たちも、これで、あるだけくださいな」


 年配の女性が1万ラグナ札を出す。


 おお、100個! 


「よーし、みんなおいで!」


 と、1万ラグナを受け取って広場の子供たちを大声で呼ぶ。


「アイス?」

「凍っているの? 夏なのに?」

「なに、なに?」


 子供たちが興味津々で集まってくる。


「ハル、配って、配って、100個売れたから!」

「了解」


 と、私と和泉が冷凍果物に串を刺して子供たちに配っていく。


「ありがとう!」

「すごーい! 本当に凍ってる!」

「なにこれ、おいしい!」


 広場に子供たちの笑い声がこだまする。


「俺たちにもください」

「こっちも」


 と、大人たちにも大繁盛! 

 300個ほど冷凍果物を持ってきたけど、瞬く間に全部売り切れてしまった。


「暇になった……」


 と、クーラーボックスの後片付けをしながらつぶやく。


「これは小物入れ、収納ボックスです」

「では、こちらの織物と交換はどうでしょう?」

「問題ないです、商談成立です」


 あちら、管理班のブースではエシュリンの通訳のもと交渉が行われているけど、お客さんもまばら。

 まぁ、本当の目的は偵察だから、別に売れなくてもいいんだけどね……。

 南条、うまくやっているかな……。

 彼の姿は広場にはない。

 こっそり村の偵察に行っているはず……。


「お姉ちゃん、おいしいね!」

「それは、よかった」


 と、広場の中央、溜池の縁に座る姉妹の会話が聞えてくる。


「お姉ちゃんは食べなくていいの?」

「うん、お姉ちゃんはいいから、リジェンが全部お食べ」

「やったぁ!」


 年の頃は、妹のほうが小学校低学年くらい、姉のほうは、私と同じくらいかなぁ……。


「冷たくておいしい!」

「そう、よかった」


 なんか、姉のほうが冷凍果物を物欲しそうに見てるね……。


「よし」


 と、私は自分のリュックからお弁当箱を取り出して、おやつの冷凍果物に串を刺す。

 そして、あの姉妹のほうに走っていく。


「これ、食べて」


 と、笑顔で姉のほうに、冷凍果物、黄色い洋ナシを差し出す。


「え?」

「どうぞ」


 笑顔で受け取るように促す。


「で、でも、交換出来るもの何もないです……」


 もじもじしながら答える。


「いいよ、いいよ、サービス、余り物だから」

「ほ、本当ですか? では、お言葉に甘えて……」


 おそる、おそる、私の手から冷凍洋ナシを受け取る。

 そして、舌を出してぺろりとなめる。


「冷たぁい! でも、おいしい!」


 彼女が笑顔になった。


「こう、下から食べていくといいよ」


 私は身振り手振りで食べ方の説明をする。


「こ、こうですか?」

「こう?」


 妹のほうも食べ方を真似る。


「そうそう、とけてきたら、カジカジするの」

「あ、垂れてきた!」

「なんか、出てきた、甘いの!」


 姉妹は夢中で冷凍洋ナシを食べ続ける。


「ふふっ」


 と、私も彼女たちの隣に座る。

 ああ、溜池のほとりって涼しい。

 風も心地いい、少し汗ばんだ身体をやさしく冷やしてくれる……。


「あと一時間くらいかな……」


 ぼんやり、空を見上げながらつぶやく。

 あと一時間くらいで行商は終り、それくらいに村を立たないと日没までには帰れない。


「あ、あの、ご馳走様でした、とてもおいしかったです」


 姉のほうが立ち上がって深々と頭を下げる。


「おいしかったです」


 妹のほうも姉の真似をして頭を下げる。


「いいよ、いいよ、それよりお名前は?」

「えっと、この子がリジェンで、私はシュナンです」

「リジェンです」


 姉妹が自己紹介してくれる。

 二人ともベージュ色の厚手の浴衣って感じの服装。

 顔はそうだね、エシュリンと違って黒髪、黒い瞳の彫りの深い目鼻立ちをしている。

 なんか、エシュリンと全然違う人種に見えるなぁ……。

 ラグナロクに来ていた人たちはみんな大人の男性で結構年配の人が多かったから気にもしなかったけど、こうして同じくらいの年頃の少女と比べるとその違いは一目瞭然。

 ちょっと、首を傾げてしまう。


「うーん……」


 シュナンたちと、あっちで通訳をしているエシュリンを交互に見比べる……。

 エシュリンって、この村の出身じゃない? 

 いや、どうだろうなぁ、アルビノって可能性もあるよね、だから、姫巫女なんて呼ばれているのかも……。


「ちょ、ちょっと、やめてくれ! 誤解だ、俺は何もしていない!!」


 と、考え事をしていると、広場の向こう、大通りのほうからそんな叫び声が聞えてきた。


「み、みんな、助けてくれぇ!!」


 見ると、大通りからこちらに全速力で走ってくるのは、参謀班の南条大河だった。


「あ、あいつ、偵察しているのがばれたのか!?」


 そう叫んで立ち上がる。


「な、ナビー、みんなぁ!?」


 南条の後ろには盛大な砂煙……。

 ドドドド、という重低音とともに、砂煙の中から姿を現す……。

 騎馬だ。

 それも、30騎以上はいる。


「ま、まさかの、大量トレイン……」


 私はその光景に息を飲む。

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