第29話 勝負のゆくえ

 人見は私の叫びに、軽くうなずき、目を閉じる。


「ジルアス、カルキアス、サムトリアス、告げ鳴く鹿よ、風かけたるひさかたの白雪よ……」


 静かに、彼の魔法詠唱がはじまる……。


「ディウスグラム、インフェルベウム、ラミルダード、その身を引き裂く至れり永遠、狂騒と静寂の、累世永遠クラス・オ・ダール


 そして、魔法は完成する……。

 囲いの前で、肩車をしようとしていた男子たちの動きが止まる。


「な、なんだ……」

「か、壁が……」

「こ、これって、まさか、累世永遠クラス・オ・ダールか……?」


 囲いの壁が光る……。

 青銀色に光る……。


「に、逃げろ、くるぞ、これは、累世永遠クラス・オ・ダールだ!」

「うわああああ!?」

「おおおお!?」


 囲いの壁がさらに強く光った瞬間、彼ら男子たちがバリバリという音とともに勢いよく弾き飛ばされる。


「ぎゃああぁ!?」

「なんだぁ!?」

「うおおお!?」


 軽く5メートル以上は弾き飛ばされた。


「だ、誰の魔法だ!?」

「綾原か? 海老名か……?」

「い、いや、累世永遠クラス・オ・ダールなんて、人見以外に使えねぇぞ……」


 と、地面に転がりながら男子たちが口々に言う。


「ひ、人見? ま、まさか……」

「う、うそだろ、おい……」


 彼らが人見彰吾を見る。

 その人見は囲いに向かって手をかざし、その手の平からはシューと云う感じでうっすらと白い煙が立ち昇っていた。


「な、なんで、人見が……?」

「ひ、人見、裏切るのか?」

「裏切ったのか、人見!? 何とか言ってくれ!!」


 その言葉に人見が手を下ろし、かすかに口元を緩めてうつむく。

 そして、顔を上げて言い放つ、


「裏切っただと? ふっ、最初からおまえらの味方などではない、俺は常に女性の味方だ」


 と。

 場が凍りつく……。

 なにを言ってるんだ、こいつは……。


「さ、さすが、人見くん!」

「やっぱり、人見くんは私たちの味方なのね!」

「まっ、私は最初から人見の事は信じてたけどね……」

「かっこいい、人見くん!」


 でも、女子たちからはそんな歓声があがる。


「ふっ……」


 人見がメガネを直しながら頬を赤らめる。


「う、うそだと言ってくれよ、人見、おまえが一番ノリノリだったじゃねぇか!?」

「そうだよ、あの熱意はどこにいったんだよ、人見!?」

「人見、俺たちは仲間だろ、何とか言ってくれよ!?」


 もちろん、男子たちからはそんな非難が飛んでくる。


「黙れ、ケダモノども! おまえらと一緒にするな! 女性を泣かすやつは俺が許さん、全員かかってこい!!」


 と、彼らの非難を遮るように腕を横に払いながら叫ぶ。


「きゃああ! かっこいい、人見くん!」

「もう頼れる人は人見くんしかいないわ!」

「私たちを守ってくれるのは人見くんだけだよ!」

「ふふっ……」


 その言葉にまた人見はメガネを直しながら頬を赤らめる。


「ひでぇ……、ひでぇよ……」

「信じられない、まさか、あの人見が……」

「これから、俺たちは何を信じて生きていけばいいんだ……」


 うん、むしろ、これからの彼の人間関係が心配になってくるよ……。

 でも、これで勝負ありかな、もう戦闘訓練は終りだよね、私たちの勝利って事で……。


「さて、麻美たちに、終わったよぉって伝えてこよ……」


 と、私は踵を返し、露天風呂の入り口に向かう。


「ナビー、どこへ行く気だ、最終決戦はまだだぞ!?」


 人見がなんか言っている……。


「うん……?」


 私は振り返る……。

 すると、人影が三つ見えた、それも凄いスピードで囲いに向かって行っている人影。


「話を聞いていたんじゃなかったのか、ナビー!? 今までのはすべて陽動だ、狩猟班がまだ残っている、やつらがフィニッシャーだ!!」


 ええ!? 

 そ、そう言えば、和泉たち、いなかった気がする……。


「ぐおおおおおお!!」


 先頭は佐野獏人、その彼が2メートル近い巨体を揺らしながら囲いに突進していく。


「うおおおおおお!!」


 そして、両腕を囲いの前に張ってある人見のバリア、青銀色の半透明の壁に突っ込む。


「がああああああ!!」


 バリバリバリって、放電するような音とともに激しい火花が散る……。


「はああああああ!!」


 その雄叫びとともに、人見のバリアが砕け散った……。

 そして、そのまま両手を囲いに打ち付け頭を少し下げてどっしりと構える。


「な、なにをする気なの……?」


 呆然とつぶやく。


「いいぞ、佐野!」


 すぐ後方にいた和泉が反転して、佐野と背中と背中を合わせる形になる。

 ちょうど、空気椅子みたいな姿勢。


「こい、蒼!」

「おうさぁ!!」


 秋葉がそこに向かって全速力で走っていく。

 そして……、


「うおおおおお!!」


 一歩目に和泉のふともも、二歩目に佐野の背中……、


「うおりやあああ!!」


 三歩目で空高く舞い上がる。


「行ってこい、蒼!! 俺たちの夢を乗せて!!」


 和泉が空を見上げて叫ぶ。


「どうりゃあああ、まぁみぃ!!」


 囲いの高さは2メートル弱、彼、秋葉蒼はそれを軽々と上回る高さまで飛び上がった……、おそらく、3メートルはゆうに超えている……。

 と云うか、飛び越えていくって、もう覗きじゃないじゃない、これはもう立派な侵入よ……。


「まぁああみぃいいいい!!」


 ど、どんだけ、福井の裸がみたいのよ……。

 そして、秋葉が囲いを越える……。

 その瞬間……。

 囲いの向こうから水の壁がせり上がってきた。

 ウォーターカーテン……? 


「うおおおおっ!?」


 秋葉が水の壁にぶちあたって体勢を崩す。

 そして、そのまま背中から地面に落ちていく。


「おげぁあああ!?」


 背中からどすんって感じで地面に落ちた……。


「やったぁ、決まったぁ!」

「見たかぁ! これがバンジステーク、にくだけ、ぎょくよ!!」


 と、囲いの向こうから福井たちの声が聞こえてくる。

 ああ、そっか、バンジステーク、にくだけ、ぎょく、か……、そっか、そっか……。

 うん? 

 空からなんか降ってくる。


「あべっ!」


 と、それが秋葉の頭にコツンとヒットする。

 それは桶、丸いやつ……、丸いやつ……、ああ、これが、ぎょく、か……。

 それにしても、凄い戦いだった……。

 でも、あれだよね、いいストレス発散にはなったよね、みんな団結して大盛り上がりだったし、運動会みたいで楽しかった。

 東園寺はそれを見越してやったのかな? だとしたら、流石だよね、彼も……。


「あ、ああ……、あ、あの……」


 うん? なんか秋葉が地面に座り込みながら言っている。


「あ、ああ……、ご、ごめん、たぶん、折れちゃった……」


 ええ!? 

 秋葉が肩を押さえながら、涙目で言ってるよ! 


「だ、大丈夫、蒼、折れたって、どこ!?」


 私は大急ぎで彼に駆け寄る。


「こ、ここ、ここっこ……」


 震える手で肩の辺りを指差す。


「大丈夫か、秋葉!!」

「無茶しやがって!!」

「秋葉くん、見せて!!」


 と、みんなも駆け寄ってくる。


「ここ、ここっこ……」

「ここね!」


 綾原と海老名がすぐに治療にあたってくれる。


「あっくっ、あっくっ、こ、こっちも、頼む……」


 と、遠くでも地面に這いつくばりながら手を挙げている人がいた。

 よく見ると、それは参謀班の南条大河だった。


「あっくっ、ひっくっ、折れた、あばら、折れた……」


 その彼が必死に訴えている。


「そ、そっちもか、無茶しやがって!!」

「騎馬から落ちた時か、なんで、早く言わないんだ!?」


 ああ!? 怪我人多数じゃない!! 


「雫は秋葉くん見てて、私は南条くん見てくるから!」

「うん、唯、お願い!」


 海老名が駆け出していく。


「私、包帯と消毒液取ってくるね!」

「うん、お願い、翼!」


 夏目もロッジに向かい走りだす。

 わ、私もなんかしなきゃ! 

 と、こうして、私たちは夜遅くまで彼らの治療に追われる事となった……。

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