第28話 切り札
外ではすでに戦いが始まっていた。
「シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、
「アポトレス、水晶の波紋、火晶の砂紋、風を纏え、
綾原、海老名、両名の魔法詠唱も聞える。
私は周囲を見渡して、状況の確認を行う。
まず、正面、誰もいない!
そして、側面、こちらも誰もいない!
やっぱりボイラー室のほうだ! そっちから声がする!
私は風を受けながら走っていく。
と云うか、風が強い、さっきより、強く吹いている……。
「唯、追い風負けている、方向を合わせて、もう一回、シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ!」
「くぅ、人見彰吾、やっぱり強い、いくよ! シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、
そんな切羽詰った声も聞こえてくる。
私は強風の中、腕で顔を庇いながらボイラー室のほうを見る。
手前では、女性班や狩猟班の女子たちが右往左往している……。
そして、その奥には……。
人影……?
ではない、なんか、巨大な影が3つ……。
それが、どすん、どすん、って、強風の中を歩いてくる……。
「な、なに……?」
やがて、その巨大な影がかがり火の近くまでやってきて、その正体があらわになる……。
そう、それは、騎馬戦のあれ、下に3人いて、その上に人が乗っているあれ。
「そ、そうくるのね、やっぱり、上から覗く気なのね」
ちょっと、吹きだしてしまった。
「ど、どうすればいいの!?」
「こ、怖いよ!」
「と、とりあえず、タックルして足止めとか!?」
「よ、よし、いこう!」
と、女子たちが「わあああ」って、感じで騎馬に向かって走っていく。
「やぁ!」
「たぁ!」
そして、肩からタックルする。
でも、びくともしない……。
「駄目、退散、退散!」
と、すぐに諦めて引き返してくる。
どすん、どすん、と、男子たちがこっちにやってくる。
「こ、怖い、こっちきたよ!」
「このままじゃ、覗かれちゃうよ!」
うーん、困った……。
あの騎馬を崩さないと何も始まらないよね……。
よく見ると、中央の騎馬の向こうにも誰かいるのね、騎馬にはならずに、ひとりだけぽつんと立っている。
なんか、その人がしきりに私の事を気にしている……。
「うーん?」
と、目を凝らして見てみると、それは、銀縁メガネの男、参謀班の人見彰吾だった。
その彼が私に視線を送って、合図はまだかって感じで催促してくる。
どうしよう……、いきなり人見を使うかぁ?
でもなぁ、切り札は最後まで取っておきたいのよねぇ……。
と云う事で、私は人見に向かって首を横に振る。
あの騎馬は私たちだけでなんとかする。
人見はそのあと、騎馬が崩れたら、絶対ばらばらになってアタックしてくると思うから、彼にはその時に活躍してもらう。
「よし、翼、めぐみ、ひらり! こっちも騎馬よ! 準備して、私が乗るから!!」
私は狩猟班の3人に指示を飛ばす。
「そうこなくっちゃ!」
「騎馬には騎馬ね、わかったわ!」
「そ、それしかないよね」
と、3人が騎馬を組む。
私は急いでそれに飛び乗り、
「よし、出発進行!」
と、敵を指差しながら叫ぶ。
「「「おお!!」」」
笹雪を先頭とした私たちの騎馬は敵に向かって走り出していく。
「お、きたぞ!?」
「迎え撃て!」
「左翼、右翼は散会して敵を包囲しろ!」
「了解!」
男子たちの騎馬の左右が展開して、私たちの騎馬の側面を付くような動きをはじめる。
「な、ナビー!?」
「大丈夫よ、翼……、全速前進! 敵の正面を突破する!!」
私たちの騎馬の走る速度が上がる。
「いけ、いけぇ!」
正面には東園寺が乗る騎馬のみ、しかも、彼の体重が重いのか、その動きは鈍重そのものだった。
「よし!」
そして、お互いが衝突する瞬間、
「右に飛んで!」
と、ひょいっと、彼らを右にかわす。
すると、ぶつかる相手がいなくなった東園寺が乗る騎馬が前のめりになって倒れていく。
「ぐぁ!!」
「き、消えたぁ!?」
「と、とまれぇ!!」
彼らが折り重なるように倒れる。
「やったぁ!」
見たか、これが機動力の差よ!
「美衣子、そっちはまかせた!」
「うん!」
「「「わああ!」」」
と、女性班の3人が左側の騎馬にタックルして足止めしてくれる。
「よし、私たちはこっちをやるよ!」
「「「おお!」」」
私たちは右側の騎馬に向かう。
彼らもこっちに向かってくるけど、さっきと同じように横にかわされるのを恐れているのだろう、速度を緩めて警戒しながら近づいてくる。
でも、予想通り。
「全速前進! おもいっきり正面からぶちあたれ!!」
「「「おお!」」」
どーんと、ぶつかると、相手の騎馬が少しよろける。
「お、おお!?」
と、騎馬に乗る騎手、参謀班の南条大河が騎馬から落ちないように手をぐるぐる回しながらバランスをとる。
騎馬同士が密着している……、そして、南条はバランスをとるのに意識を集中しているのか、こっちを見ていない……。
チャンス。
拳に魔力を込める……。
そして、ゴッドハンド!
がら空きの脇腹に強烈な一撃を叩き込んでやった。
「ひゅっ? あたっ!?」
そして、両腕で脇腹を押さえて、前かがみになる彼の頭を掴んで、そのまま転がすように、騎馬から引きずり降ろしてやった。
「うわああああ、東園寺と南条がやられたぞ! ひけ、ひけ!」
と、最後に残る騎馬の騎手、生活班の山本新一が叫ぶ。
「逃がさないよ!」
「おまえも落ちろ、山本!」
「この、この!」
徳永たち女性班の3人がうしろから飛び乗るようにして、騎手の山本を引き摺り下ろそうとする。
「うわ、やめて、許して!」
彼の必死の抵抗も虚しく、山本も地面に引きずり降ろされる。
「ちっ、まだだ、野郎ども、突撃するぞ、二人一組、肩車作戦だ!!」
東園寺が立ち上がりながら男子たちに指示を出す。
これも予想通り。
「みんな、降ろして、今度は地上戦よ!」
「「「おお!」」」
私は騎馬から飛び降りて、やつらに向かって走っていく。
まだ、魔力拳は生きている……、全員南条みたいにしてやる!
防衛隊のみんなが男子たちを追い駆けるけど、彼らの数が多く追い切れない……。
しかも、あいつら足も速い……、こっちは浴衣と下駄で走りづらいのに……、全然追いつけない……。
「とめて、とめて、タックルよ、膝を狙って!」
「膝じゃ駄目よ! 足首を狙ってタックルして!」
みんなが必死に防戦する。
「いけぇ! ターゲット、福井麻美は中だ、風呂の中にいるぞ!!」
「待ってろよ、麻美、今覗いてやるからな!!」
「ふはははっ、楽しみだなぁ、福井ぃ!?」
とか言いながら、男子たちが囲いに殺到する……。
福井? なぜ、福井麻美? 彼女がいいの?
「ナビー、駄目、覗かれちゃう!」
「ど、どうしよう、雫、何か策はないの?」
「ば、万策尽きたわ……」
「そ、そんなぁ……、覗かれちゃうよぉ……」
「最初から無理だったんだんよ、だって、数が違うもん……」
みんなが泣き言を言う。
でもね、切り札はあるのよ、しかも強烈なやつがね……。
「彰吾! やって!!」
私は後方で静観している人見彰吾に向かって叫ぶ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます