第16話 追い風

 さらさらと風がそよぐ草原……。

 ここ、ラグナロク広場は中央付近の開拓が進み、十軒以上の建物が立ち並んでいるけど、それ以外の場所はまだまだ花々が咲き誇り、光溢れる美しい草原がそのまま残っていた。

 また、木材を大量に消費するためか、この広場は最初と比べてふた周り以上大きくなり、だいたい、直径200メートルくらいの広さにはなっていた。

 そして、木を伐採したあとには、そこに陽射しが届くようになり、すぐに草花が芽吹いてくる……。


「畑、作れそうだね……」


 私は芽吹いたばかりの新芽を指でつつきながらつぶやく。

 そう、畑、野菜はもちろんだけど、シウスたちのごはんやベッド用のイネ科の植物をなんとかしたい。


「基本的に攻撃魔法には、耐風レジスト・ヴィント耐火レジスト・ファイアー耐冷レジスト・アイスの三つで対応するけど、それを使用する前に、追い風シュトラーゼを入れておくと便利です」


 と、そんな声が聞えてくる。


追い風シュトラーゼはその名の通り、ただの追い風ですが、これにはもうひとつ特徴があって、こちら側の魔法を通しやすくし、また、相手側の魔法は通しにくくするという性質を持っています」


 話しているのは、参謀班の綾原と海老名の二人だ。

 今は魔法の授業中。

 ちなみに授業を受けているのは、生活班や狩猟班の女子たちであって、私ではない……。

 私には魔法を教えてくれない……。

 危ないとか、なんとか言って……。

 なので、どうしても魔法を習得したい私は、こうやって、大人しく遊んでいるふりをしながら聞き耳を立ててるしかないってわけ。

 それにしても魔法は本当に死活問題だ、おそらく、もう、この身体では東園寺や人見には敵わないだろう、他の連中も時間の問題だ……。

 なので、私がハイジャック犯だとばれたらあっという間に捕まってしまう……。

 恐ろしい、私がハイジャック犯だとばれた、いったい、どんな拷問が待ち受けているんだろうか……。

 背筋が凍り、身体をぷるぷるとさせる。


「うう……」


 想像してしまった、なんてひどい高校生たちなんだ………。


追い風シュトラーゼは名前こそ風ですが、一応、障壁系の魔法なので、シロスを使います、シロスはさっき言った通り、自由奔放な神様です、なので、自由に空を飛びまわるイメージで呪文を唱えましょう」


 ふむふむ、メモを取りたい……。


「では、行きます。シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、追い風シュトラーゼ


 と、海老名が魔法を唱えると、ふわっとした生暖かい風が草原を駆け抜ける……。


「シロス、権力によらず、暴力によらず、その身を押せ、追い風シュトラーゼ……」


 小さく、小さく、誰に聞えないように呪文を唱える……。

 そわそわと、髪が浮く感じがする……。

 あれ、できた……?  


「こら、ナビー、今、魔法使ったでしょ?」


 うっ……。

 振り向くと、そこには綾原雫が立っていた……。


「うん、魔法の起動を観測した」


 と、さらにうしろの海老名までもが言う。


「う、うう……、ご、ごめんなさい、ちょっと、真似したくて、で、でも、何も起こらなかったよ……?」


 涙目で言い訳をする。


「そうね……、魔力は放出したけど、魔法の発動までには至らなかったみたいね……」


 と、綾原が顎に手を当てて考える。


「ナビーにも教えてあげたら? 危ない事をするとも思えないし、そもそも、防御、治癒、解毒だけで危ないも何もないと思うけど、ナビーも魔法使いたいんでしょ?」


 同じ狩猟班の笹雪めぐみがそうフォローしてくれる。


「うん、魔法使いたい!」


 と、私は元気よく手を挙げて言う。


「別にナビーが危ない事をしそうだから教えないわけではないのよ、めぐみ……」

「じゃぁ、なんで?」

「まだ魔法による副作用の有無がわからないから。身体が成長しきっていないナビーにどんな悪影響があるからわからない、ホルモンバランスが崩れて成長が止まってしまったり、臓器にも損傷を与えるかもしれない、人格形成にも影響があるかも……、危険って云うのは、そういう意味でよ」

「ああ、なるほどね……」

「本音で言えば、みんなにも魔法は教えたくないのよ、どんな副作用があるかわからないから……、でも、全員が対等、平等、それを実現するためには全員で魔法を共有するしかない、それが私たち参謀班の行き着いた結論よ……」

「色々考えてるんだね……」

「ええ、前に人見が魔法の力を見せ付けて傲慢に振舞っていたけど、あれは、みんなに魔法の危険性を認識させて、自分も魔法を覚えないと命が危ないと思わせるための彼なりの芝居よ、本気であんな事を考えていたら真っ先に私がぶん殴っていたところよ」


 と、綾原がクスリと笑う。

 実は綾原って冷たいように見えて案外優しいんだよねぇ……。

 それにしても、私の身体を気遣っての事だから、これ以上魔法を教えてって無理強いするのも悪いよね、困った……。

 まぁ、でも、最低限の防御魔法は学んだ、相手の攻撃魔法さえ防げれば、あとは私の無敵のCQCでどうとでもなる。

 ちなみに、CQCとはクロース・クォーター・コンバットの略で、簡単に言えば、軍隊式の近接格闘技のこと……。


「うわああああああ!!」


 と、そんな事を考えていると、森のほうからそんな叫び声が聞えてきた。


「た、大変だぁあああ!!」


 うん、もう嫌な予感しかしない。

 見ると、やっぱり、森の中から弓や槍を持った三人組み、狩猟班の和泉、秋葉、佐野の三人が走り出てきた。


「ハル、今度はなんの赤ちゃんを拾ってきたの……?」

「いや、違うんだ、ナビー、これを見てくれ!!」


 と、和泉が血相を変えて言う。


「うん、うーん、うん?」


 彼の後ろにいる二人、秋葉と佐野が何かを肩に担いでいる……。


「ああ!? そ、それは!?」

「そう! 捕れたんだよ、獲物が、はじめて!!」


 なんと、秋葉と佐野が木の棒に吊るした猪みたいな動物を肩に担いでいたの!! 


「し、信じられない……」


 てっきり、和泉たちは赤ちゃんキラーだとばかり思っていたよ。


「う、うそ、本当に捕ってきちゃったの?」

「なにこれ、なんていう動物!?」

「ちょ、ちょっと待って、まだ心の準備が……」


 と、女子のみんなも興味津々で、秋葉と佐野の担ぐ猪みたいな動物の周りに集まってくる。


「いや、わからない、たぶん猪だと思う」

「それか、豚だね」


 秋葉と佐野が猪みたいな動物を地面に下ろしながら答える。


「うわぁ……、すごい、生々しい……」

「私、こんなのはじめて見たよ……」

「こ、これを調理するの……? 匂いも、なんか……」


 確かに彼女たちの言う通り、傷口が生々しくて、また匂いも酷いものだった……。


「や、やるしかないわよ、前にもナビーに馬鹿にされたし、大人のすごいところを見せなくちゃ……」


 と、生活班の班長、福井麻美が猪みたいな動物の耳をめくりながら震えた声で言う。


「うん、そうね、麻美、やってやろうじゃないの!」

「不安だけど、私たちも逞しくなったし、このくらい出来るはず」

「そうよ、今夜はBBQよ!」

「「「おう!!」」」


 と、生活班の女子たちがみんなで猪みたいな動物を調理室に運ぼうとする。


「じゃぁ、私たちは詰め物用のネギとか香菜の採集に行ってくるね」

「あ、そうだね、それは必要ね」

「うん、やっちゃいましょう」


 狩猟班の女子、笹雪、雨宮、夏目の三人も採集セットを取りに自分たちのロッジに戻る。

 私も狩猟班なので、彼女たちのあとを追う。

 どうやら、今夜はBBQになるみたい。

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