別3話 利己的なサンドスター
森の中にそびえるこの木は「トケイトウ」と言うらしい。
「トケイソウならつる草ではないのか!?」
「『時計』って、時間を知らせる『機械』だよ~。つまり、『時計の針』が動いて指し示す場所を見れば、今が一日のいつごろなのかが分かるのさ~」
ど、どういうことなのだ!? トケイトウとは木ではないのか、動くのか!? ミツバチみたいに針があるのか!?
「……つまり、今が昼か夕方か夜かって分かるってこと? そんなの、お日さまの場所やネコ科のけものの瞳を見ればすぐに分かるんじゃないかしら?」
うむ、その通り。もっともなことを言うユキヒツジ。
「それに、夜はお星さまやお月さまの場所を見ればいいのだ!」
「お日様やお月様やお星さまが出てない時でも、一日のいつかが分かるんだよ~」
「はァいッ! 質問ですッッ! し・つ・も・んッッッ!」
大声で叫んで、勢いよく手を上げるイボイノシシ。
……おぬしが一番背も声もでかいのだから、わざわざ手を上げなくても、すぐ分かるのだぞ……。
「ど、どうぞ~、イボイノシシ先生」
「……ナマケモノくん、トケイトウの針というのは、この『まんまる』の真ん中のトゲの枝のことだな? そしてこのまんまるの模様を……先生は知っている! ヒトの使う文字の『すうじ』だ! トケイトウのトゲがどの『すうじ』を突っついているかによって――お昼の初めとか終わりとか、そういうもっと細かいコトまで分かるというわけなのだな!」
「すっ、すごい! なんと頭が良いのだっ、イボイノシシ!」
「かしこい! さっすがよね!」
「だてにイボイノシシ『先生』って~、名乗ってるワケじゃないねぇ~!」
「むふふっ! 先生は頭の筋肉も最強になりたいんだぁっ!」
「……でもイノシシ先生、そんなに細かいコトまで分かっても……それってとくに意味あるのかしら……?」
「たしかにそうだな……。今トケイトウのトゲはふたつとも、上の
「それは12時……今の時刻は正午だよ~。太陽が南中……一番高い所にあるから、分かりやすいけどね~」
うーむ……ナマケモノの口ぶりからすると、この「トケイトウ」は驚くべきヒトのはつめいらしいのだが……ワガハイもユキヒツジもイボイノシシも、イマイチそのすごさがピンと来ないのである。
話していると、トケイトウの
すると! なんとトケイトウが悲しげな鳴き声を出し始めて、「まんまる」が少し崩れて巣穴が空いて、そこからたくさんのハトと一羽の鳥の子のフレンズが飛び出してきたのである!
「どういうことなのだ! トケイトウとは、鳴くのか!?」
「それに巣穴が開いて、ハトが出てきたわよ!? あっ!! また巣に戻っていくし!?」
「おまけに、なぜフレンズまで勢いよく出てくるのだぁっ!? しかも飛んでったぞ!?」
ワガハイもユキヒツジもイボイノシシも驚いているのだ!
「み、みんなの三つの質問~……最初のふたつは分かるけど~。最後のはぼくも分からないよ~」
「そうか! 何だか分からんが、とりあえずあの子を助けるのだ!」
「メェーッ!」
「ブォォーッ!」
トケイトウから飛び出していった鳥のフレンズは、近くの木に逆さに引っかかっていたのだ。
鳥の子といえども、ああやって突然吹っ飛ばされたら、すぐにはサンドスターで飛べないのである。
「ア、アテンション、プリ~ズ……エマージェンシーでございます……ヘ、ヘルプミー……」
「待ってるのだ! 名も知らぬ鳥の子よ! 木登りなら、ワガハイに任せるのだ!」
ワガハイは素早く木の太い枝を伝っていって、高い所に引っかかっていたフレンズを引っ張って助けたのだ!
「ケガが無くて良かったのだ!」
「どうもありがとうございました! サンキュー・ベリマッチ! アンド、ナイストゥーミーチュー、はじめまして!」
「うむ! はじめましてなのだ! ……ワガハイはアライグマ、
「レディース・アンド・ジェントルメン、みなさま……マイネーム・イズ、わたくし、リョコウバトと申します。ドクター博士にリクエスト頼まれまして、あなた方を『さばんなちほー』までガイド、ご案内する『エージェント』でございまぁ~す!」
「おお! それはありがたいのだ!」
そうしてワガハイらは、お互い自己紹介したのだ!
「……にしてもだ、リョコウバト……おぬし、なぜトケイトウの巣穴の中に入っていて、突然飛び出してきたのだ?」
そうワガハイが尋ねると、リョコウバトは「お恥ずかしい話で、言いにくいのですけれど……」と断ってから、理由を話し始めたのだ……。
「いやぁ~、わたくし博士に言われまして、みなさんをこのクロックタワー――『時計塔』というモノの下でお待ちしていたんです……みなさん、十二時ごろにいらっしゃるだろうって……」
うむ、なるほど。トケイトウとは、待ち合わせの時に便利なのだな。
「そしたらこの時計塔、悲しそうな歌を歌ったかと思うと、大勢のピジョン――ハトさん達が巣穴から飛び出してくるじゃないですか。それを見てたら、わたくし、なんだか寂しい気持ちになっちゃって……。で、あのハトさん達のおもちゃの近くに飛んでって、一緒に枝に止まっていたら……オー・マイ・カバンサン! そのまま巣穴が閉じて……中に閉じ込められちゃったんですよ~!」
「なるほどなのだ~」
「えへへ~……しょうがないから時計塔の中で、みなさんが来るのを待ってましたら……暗くて、そのまま寝ちゃいまして……。で、ハトさんが飛び出るのと一緒に放り出された時は、オーノー、ホントビックリしましたよ! アイワズ・サプライズド・ベリマッチ!」
「リョコウバトは見た目はしっかりしてそうだが……意外とうっかりものさんなのだな」
「ハ、ハズかしいので……博士にはキープ・イット・シークレット、ナイショにして下さいね……ドント・テルザット・トゥーハー」
「うむ、分かったのだ。ワガハイ、秘密は絶対守るぎりにんじょうの
「それにしても、リョコウバト……おぬしは、うっかりもの以上にさびしがりやさんなのだ」
「でもアライさん、たしかにあのトケイトウの歌は、悲しい歌だったわ。秋から冬に移り変わるような、寂しい感じ……」とユキヒツジ。
「きっとリョコウバトくんは、群れで暮らす鳥なのだな! イボイノシシも、さばんなちほーではシマウマやレイヨウとよく一緒にいるけものだから、センセイも気持ちがよく分かるぞっ!」
「……わたくし、『絶滅種』という種類の鳥なんです……つまりむかしの鳥で、今はもういないんですよ」
「『ゼツメツシュ』とな!? よく分からないが、仲間がいないのは、とても寂しいことなのだ……どうして、リョコウバトの仲間は、いなくなってしまったのだ?」
「ア、アライさん……そういう質問はちょっと……」
んんん? いつものんびり顔をしてるナマケモノが、心なしか困った顔をしているような……?
「ナマケモノさん、お気遣いはありがたいですが……なぜ、リョコウバトがいなくなってしまったかですか、はっきりお答えしましょう、アライさん。アイル・テルユー・ジアンサー……そのリーズン、理由は……」
「リョコウバトさん~……」
やっぱりすごく困った顔をしているぞ、ナマケモノ。それは眉毛の傾きで分かるのだ。
フレンズの眉毛も、時計塔のふたつの針と同じで、目に見えない細かいところまで表しているのだなあ。
「リョコウバトがいなくなった理由……それは産む卵が少なかったからなんですよ! フューエッグズ・フューピジョンズ! ザッツ・ザシークレット・オブ・ジエクスティンクション」
「なるほどなのだ!」
「たしかに卵が少ないと、生まれるヒナが少なくなっちゃうわね!」
「うむ! 生きるための戦いとは……筋肉と、そして子供の数で決まるからな! センセイもハッソーマッソーベリマッチョ!」
「リョ、リョコウバトさん、でも本当は……」
「私の言ったこと、ワットアイセッド、合っていますよね? ワズアイコレクト? ナマケモノさん?」
「う、うん、そうだけど……でも、それは……」
なんか言い方が怖い気がするが……リョコウバト? ナマケモノのほうも、喋り方が、ちょっとだけハキハキしているのだ。
「リョコウバトさん……ぼくたちはこれからヒトのことを調べに行くって、知ってるよね。リョコウバトのあなたは、ヒトのことをどう思って――」
ナマケモノのゆっくりした問いが終わらないうちに、言葉のおしりをさえぎって答えるリョコウバト。
……もしかしてリョコウバト、せっかちさんでもあるのか?
まあ、ワガハイも気持ちはちょっと分かるのだが。
「ノー、ノー! ナマケモノさん……これからあなた方が会うのは、ヒトではなくて、ヒトのフレンズでしょう? つまり、彼女もわたくしの友達なんです……友達を嫌ったりするわけ、ないじゃないですか?」
「そうだけど……」
「わたくしは、かつてたくさん生きていたリョコウバトの代表者ではありません、アイム・ワンノブゼム。それと同じく……そのヒトのフレンズも、たくさんのヒト達の代表ではないのですから……」
「……」
「リョコウバト、ナマケモノ、おぬしら、さっきから何を言ってるのだ? ヒトとヒトのフレンズは違うとか、そんなの当たり前なのだ」
「そうよね、ヒトのフレンズ、あのかばんさんと同じ種類。まだどんな子か、よく分からないけど、きっとすてきな子に決まってるじゃない」
「先生もなんだか全然分からないが……リョコウバトくんは、仲間が大好きなフレンズなんだなァ!」
「ワガハイら、話が全然分からないが、でもふたりは何かとても大事なお話をしているのだな、ってことは分かるぞ!」
「いえ……そんな……わたくしのつまらないお話なんか……」
「つまらない話なんかじゃないよ……リョコウバトさん……」
ぼそりと小さな声で、だが、しっかりした調子で言うナマケモノ。
そうハッキリ言い切るなんて――まだ、ほんの少ししかお話したことないけれど――なんだかおぬしらしくないって、ワガハイ思うぞ。
「……『ザ・セルフィッシュ・ジーン』というコトバはご存知ですか、ナマケモノさん?」
「……『利己的な遺伝子』……リチャード・ドーキンスか……」
い、いきなりいったい何の話なのだ!? リョコウバト、ナマケモノ、おぬしら!?
「わたくし、博士から聞いたことがあります。よくは分かりませんが、それはヒトの思った『動物の考え方』で、『いでんし』って……『けものの心』みたいなものですよね……?」
「うん、そうだけど……。でも、なぜ今そんな話を――?」
「わたくし、すごくりこてきなんです……。『はくぶつかん』で他のリョコウバト達の『はくせい』を見せてもらったことがありますが……思ったより、何も感じなくて……つまり、わたくしは、冷たいフレンズなんです……本当の自分の仲間よりも、全然違うはずのフレンズさんのほうに、わたくしのいでんしを――『より近い心』を感じるんです……わたくし、おかしいですかね……?」
「おかしくなんかないよ。昔の仲間より、今の友達、だよ……」
「わたくし、ワガママなフレンズなんです……」
「そんな、気にすることはないよ……。誰だってそう……今のフレンズの自分のことで……」
リョコウバト、さらにわがままさんなのか? おぬし、どういう性格なのだ!?
リョコウバト、ナマケモノ、おぬしらの話すこと、思ってることが全然分からん! でもワガハイ、分かりたいのだ!
「ちょ、ちょおっと待つのだァッ!! ふたりだけ悲しそうにして!! いったい何の話なのだぁ!?」
しびれを切らしたワガハイは、高らかに声を上げて、ふたりの話に割り込んだのだ!
「そ、そうよっ! ふたりだけで納得してないで、わたしたちに分かるように言ってよっ! わたしは『ゼツメツシュ』じゃないから、リョコウバトがどうしてそんなに悲しんでいるか、よく分からないかもだけど……でも、よき話し相手になってあげることぐらい、できると思うわっ!」
「そうだぞ! リョコウバトくん! センセイもキミの助けになりたい! キミの悲しみを支えるためなら、何でもするぞっ! 人という『もじ』はな、ヒトとヒトとが、くんずほぐれつ……ええっと、何のきんとれしてるんだっけ……ふりーすたいるれすりんぐ……? つっ、つまりだなぁ……センセイはフレンズ同士で組み合って、心の筋肉を鍛える『すぽおつ』をしたいんだ!」
ユキヒツジとイボイノシシも、こう言っているのだ!
「リョコウバト、ナマケモノ、おぬしらの悲しみも、みんなで分け合ってこそ! それがワガハイたち、ぎきょうだいなのだ! あ、リョコウバト、おぬしはきょうだいじゃないが……でも、ワガハイらの心は――ワガハイらのいでんしは、とても深くて広いから、おぬしの大きな悲しみを分けてくれたって、全然だいじょうぶなんだぞっ!」
「あはは……うふふ……ワット・ワンダフル・フレンズ! なんて素敵な友達なのかしら! ……ねえ、ナマケモノさん、わたくし、仲間がいないなんて言ったけど、あれウソでした! イット・ワズ・アライ!」
え! アライって……ワガハイがどうかしたのか!?
「そして、これからわたくしたちが向かう『さばんなちほー』に生まれたヒトのフレンズだって、みなさんと同じく、わたくしの素敵な友達に決まっていますよねっ、フォア・シュアー!」
?? むつかしいことを言っていたと思ったら、また当たり前のことを言い始めるのだなぁ……。
とにかく悲しんでいたリョコウバトが、ワガハイらの言葉で元気になったのは良かったのだが……けっきょく何の話だったのだ? 最後までよく分からなかったのだ。
顔を見合わせるワガハイとユキヒツジとイボイノシシであった。
「すみません! かつてのわたくしの昔話をお聞かせして、長らくお時間取らせてしまいました! ヒト探しツアーご一行、出発しましょう! レッツゴー・アヘッド!」
うむ! 何だか分からんが良し!
ワガハイらはトケイトウの根本を出発して「しんりんひろば」へ向かうのである!
「わたくし、ヒトに縁の深い種類の鳥でして、アバウト・ヒューマン、ヒトについてはグッド・リサーチ、よく調べているのですよ」
何かヒラヒラしたもの(大きな花びらに見えるのだ)を振って、ワガハイらの先頭を歩いて案内しながら、ヒトについてのお話をしてくれるリョコウバト。
「おお! ヒトに縁が深い鳥、とな! リョコウバトは、ヒトは仲良しの鳥だったのか?」
「ええ! そうなの? うらやましいわ! それって『かちく』とか『かきん』というのかしら? 私の仲間の『ヒツジ』はかちくだったらしいのよ!」
「先生の仲間の『ブタ』もかちくらしいぞ! それに先生を連れてきてくれたデンショバトも『かきん』だったらしいなぁ!」
「……ちょ、ちょっとみんな~……そうじゃない、そうじゃないんだよ~……危なっかしいなぁ~……」
ナマケモノがまた不安そうにしているのだ。どうしてなのだ?
そうして「しんりんひろば」……森の開けた空き地に着くと……そこでワガハイらは、またまた変なモノに出くわしたのだ。
「アテンション・プリ~ズ! ルック! えー、オン・マイ・ライトサイド、わたくしの右手に見えますのは~、博士がたいへん苦労して、こしらえました~『
な、なんなのだこれは……。こういう角ばった形のものは、さっき博士が『としょかん』で言ってたように「はこ」と言うはず……。だが、これはフレンズひとりがはいれそうなほど、大きな「はこ」なのだ。
「ここでしばらくテイク・ア・レスト、休憩しま~す。スーベニール、お土産のお買い物をされる方は『ジャパリコイン』をお持ちになって、『ボックス』のホール、穴にお入れくださぁ~い!」
おお、よく分からんが、さっき博士にもらったジャパリコインの出番なのだな! さっそく穴に入れてみるのだ!
……あれ、二枚ともジャパリコインを入れたけど、何も起こらないのだ……?
「あー! しかも、入れたジャパリコインが戻って来ないのだぁー!」
「なによ、なによぅー! このどろぼー! ジャパリコインを飲み込んじゃったのかしら! えぇーい! 吐きだしなさいよぅ!」
「『くいず』もしてないのに『ぼっしゅーと』とは! センセイ、それは良くないと思うぞー! キミのお母さんは泣いているぞー!」
ばんばん! どかどか!
「あぁ~、みんな~、そんなに自販機を乱暴に叩いたり~揺すっちゃ~だめだよ~!」
ぱかっ! ばたんっ!!
あ! 『カラスのじはんき』のはこ、壊れたのだ!
……中には何にもないのだが!? どういうことなのだ!?
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