第5話 枯れた技術の水平移動

 湿地帯を一列で歩く水鳥の親子と、それを虎視眈々と見つめるふたりの爬虫類フレンズ、アフリカニシキヘビとナイルワニ!


「カルガモ食べる気なの! とっ、止めてくるっ!」

「大丈夫ですよ、放っておいても」

 焦る私に冷静に言い放つヘビクイワシ。


「……言いたいことは分かります! 自然の世界の捕食を止めるのはルールに反している……でも、私、見てられなくって!」

「いえ……そうじゃなくてぇ~……」

 彼女が止めるのも聞かずに、私はニシキヘビとワニのもとへ走って行った。




「ああ……やっぱり食べちゃいたいねえ。じゅるり……」

「うむ……よだれが出るのじゃ。じゅるり……」


「ハァハァ……ストーーップッ!」

 私は息を切らしながら、ふたりの目の前にに躍り出た。


「おお~! 『ピット器官』でけど……何のフレンズと思えば……お前、あの『ヒト』じゃねーか! 久しぶりっ!」

「たしかお名前は『ハナコ』じゃな? こないだの『さいばん』で会ったのう。お久しぶりなのじゃ~」


「あっ、これはご丁寧に。どうもお久しぶりです……ジャパリパークではなんですね……って、そうじゃなくてぇっ!」

 ヘビとワニがニコニコしながら挨拶してきたので、私もつい笑顔で挨拶を返してしまった。


「ハナコー、そこちょっと、どいてくれよ。ああ~、カルガモ可愛くて……ぜぇ……」

「前が見えないのじゃよ~。カルガモの親子……ほど可愛いのじゃ~」

「ダメぇっ!! ジャパリまんなら私の分をあげるから、あんな可愛い親子、食べないで下さいっ!!」

 目をらんらんと輝かせる二人が怖くなって、私はそう叫んだ。

 だが……。


「ええ!? たっ、食べねえよ~っ!?」

わたしだって、食べないってばぁ~!!」

「……え……?」




 お互いに驚いていると、カラカルたちがのんびり歩いてやって来た。


「あはは~。この子達、小鳥食べたりなんてしないわよ~! なだけだもん!」

「そーよ。ふたりとも、だからね! 食べちゃうだなんて~」

「だ、ダメですよぅ……。笑っちゃあ悪いですよ……あはは……! ハナコさん、かわいい!」

 笑いながらそう言うカラカルとキリンとアードウルフ。


「そ……そうだったのか……すみません、てっきり私、あの……」

「ね? 大丈夫だって、わたくし言ったでありましょう……。ハナコ先生、勘違いして走ってっちゃうから……」

 含み笑い気味に、そう言うヘビクイワシ。

 ……もう! それならそうと早く言ってよ!


「お前、本気マジでオレたちがあの子たちかるがもおやこを食べようとしてるって、思ってたのかよ!」

わたしたち、なるものをしておっただけじゃ! ……あぁ……うるさくするから、いつのまにかカルガモさん達に逃げられちゃったのじゃ!」

「ごっ、ごめんなさいっ!」


 ショックを受けて、ガックリする様子のアフリカニシキヘビとナイルワニ。


「……あ、いや。べつにそんなに謝らないでもいいよ……。結構よく、小っちゃいフレンズに勘違いされたり、怖がられたりするから、オレたち……」

「ぐぬぬ……かわいいフレンズに逃げられちゃうのは、何故なのじゃ~! もしかしてわたしたち、食いしん坊に見えるんじゃろうか……?」


「はい。食いしん坊っていうか、二人とも見た目はすごく怖いですよ」と、にべもなく断言するヘビクイワシ。

 あの……もう少し、婉曲にというか……オブラートに包んでというか……。


「オレは、お前の名前ヘビクイワシのほうが怖いって思うけどなぁ……」

「……むむ……。それ、ヘビの子によく言われるんですよね……名前、書記官鳥しょきかんちょうに変えたほうがいいかしら……でもなぁ『文字を書く鳥』って意味ですし……わたくし『かんじれんしゅう』をもっと頑張らないと……」

 悩み多きフレンズたちである。




「あはははっ! かんちがい! 推理ミス! ハナコは一人で突っ走ってェ!」

「ぐぬぬ……わ、笑うなキリン! あなたに言われたくないっ!」

「あなた『むてっぽう』なのよ……『てっぽう』を使うくせに……! うもーう、おもしろいっ!」

「ト、だけ上手いな……そういう時だけ使ってェ……。口にさっき食べたでも刺さってんじゃないの……」


「そーよ、キリンの言うとおりよ。あのカバンサンと同じけものなんだから、アタシ、ヒトってもうちょっと賢いのかと思ってた」

「カ、カラカルまでそんなこと言うの……。ヒ、んだからねっ!」


「そうですよ! 間違ったら、わたしたちが言ってあげればいいんですっ!」

「ううぅ~。ありがとう、アードウルフさん……」


「そうよね! 名探偵の私でさえ、間違いはしょっちゅうするし! 間違っても笑ったりしないわよ!」

「おいこらお前なあっ! 前の発言とムジュンしているぞっ!」




「……ねえ、ハナコは、ネズミやゴキブリが食べられるのは平気なのに、なのね? それは、どうしてなの?」

 ふいにカラカルが尋ねる。


「……それは……確かに命に対して不平等なんだけど……。人間のエゴ……いや、私のエゴだ……だって、だって……ううう……。そういう、差別的な生き物なんだよ、私は……」

 自分の感情を言語化できずに、私は言葉に詰まった。


「……?? よく分からんけど、ゾウさんの子供といい、カルガモの親子といい……ハナコ、アンタはなんだっ!」

 とても答えにくそうにする私の心情をおもんばかってか、あるいは全然分からずに無意識にか……カラカルはそう結論付けた。


「え! お前も……ヒトも小っちゃいもの、かわいいものが好きなのか!」

わたしたちも、にそういうものが好きなのじゃよ~! ナカマなのじゃ~!」


 見た目はちょっと怖いけど、いい人だな、ふたりとも。

 ……動物のニシキヘビは卵をお腹で温めるし、ナイルワニはそれに加えて子供を口に入れて運んだりする……『子育て』の習性がある珍しい爬虫類だそうだ。

 このふたりも、フレンズになってもそういうを受け継いでいるのだろうか……?




「それにしても、こんなまで、何しに来たんだ?」

「うむ……もう少し行けばがあって、なのじゃ」


 私はニシキヘビとナイルワニに説明した。先日のセルリアンとの戦闘で死んでいった動物たちの遺品を「霊園」に持っていく前に……お風呂や洗濯をしに、川向こうの「銭湯」に行きたいのだと……。

 そう、これから何をするにしても、私の服装は血と汗と泥で汚れすぎているのだ。


 でもこの銭湯は……思っていたより距離が遠いし、大きな川も挟むし、私の今の拠点となっている「サバンナ屋敷」から頻繁に通うのはムリだな……。ヘビクイワシさんは道中「すぐ着く」って言ってたけど、それ、鳥のフレンズの感覚だもの……。




「この川を渡りたいのか……。でもなぁ、泳ぎが上手くて、水の中での戦いが得意なナイルワニならともかく、お前らは泳いで行くのはキケンだと思うぞ。この辺に棲むフレンズも、すごく怖がっているんだよ……」

「近ごろ、この『しつげん』で動物たちがことがあるのじゃよ。セルリアンのしわざだと思うんじゃが……。泳いでいるところを襲われると、危ないのう……。みんな怖がって川を渡れなくて、困っておるのじゃよ……」


 この辺で……? なんだそれは……フレンズが一目で分かるような……とは……。


「どうしようか、みんな……? ここまで来てもらって悪いけれど……川を渡るのはキケンそうだし、引っ返して、サバンナの家に帰ろうか……? お風呂に入りたいとか、洗濯したいとかは、私のただのワガママだし……。危険を冒してまで付き合ってくれなくても……」


「イヤよ、ここまで来て諦めるなんて! それにアタシ、アンタがワガママで、それに付き合ってるんじゃないわよ。から、ハナコについてってるのよ」カラカルが反対する。


「そうよっ! だいたい、動物たちの『れんぞくさつじんじけん』なんて放っておけないじゃない! やっぱり川を泳いでいって、犯人のセルリアンが出てきたらやっつけて、『しつげん』に平和を取り戻せばいいのよっ!」と、正義感に燃えるキリン。

 こういう時こそ、ふだんは暴走しがちな、彼女の勇敢さと腕っぷしの強さがとても頼りになる。


 ……だが、水中や水上でキリンが戦えないだろうことは言うに及ばず……足場の悪いこの湿地帯だって、では動きにくいのでは……。


「あ、危ないですっ! そんな怖いセルリアンと戦うなんて! 見つけてやっつける……とまではいかなくても、、それでいいんじゃないでしょうか?」と、アードウルフが提案する。




「私もアードウルフさんに賛成です。確かにそんな危ないセルリアンは、見つけ出してしたいところだけど……それよりも使ような、があればいいんですが……」

 私は自分の意見を言う。


「う~ん……飛ぶのはそんなにトクイじゃないですが、やっぱり私がムリしてでも、一人ずつ向こう岸まで運ぶってのはどうでしょう? それが無理なら、遠回りしてでも渡れそうな場所を……」

 ヘビクイワシが意見を出すが……私はもっとを思いついていた。


「あの……みなさん協力してもらえれば……私にいい考えが……」

「えっ! なになに?」




 そして……。


「こんなにたくさん枯れ草を集めてどうするのよ?」

 鋭利なツメを振り回して河岸に生えるあしを刈り取りながら、カラカルが尋ねる。

「枯れ草を束ねて――カヌーを作ろうと思って……」

~?」


 葦船あしふね――日本神話の「国産み」でイザナミとイザナギが蛭子ひるこを、葦の舟に乗せて流したという逸話が有名である。

 日本だけではなく、アシやイグサなどの水辺に自生する背の高い水草を乾燥させて束ねた原始的な舟は、世界中の文化圏で見られる。古代エジプト、メソポタミア、インド、中国……。

 現代でも、ペルーとボリビアの国境のチチカカ湖に住む人々はトトラと呼ばれる水草を乾燥させて束ねてバルサ(スペイン語でいかだの意味。超軽量の木材の名前でもある)と呼ばれる藁の船を作る。のみならず《《浮き島』》まで作って、その「ウロス島」と呼ばれる人工島に枯れ草で家まで建てて集落にしているとか……。


 フレンズのパワーをもってすれば、木材のいかだのほうが本当は作りやすいのだが、この辺には適当な太い木や竹が無いので仕方がない。しかし、古代の葦舟か……本や映画でしか知らないが、作ってみる価値はあるだろう……。




「それにしてもさ、思ったよりよく切れるわね~

「このツメは『刃物』って言うんだよ。さっきは手伝ってくれてありがとうね」

 私は先ほど製作した「即席のナイフ」で草を刈りながら答える。

物? ふーん……キバなのそれ? やっぱりおもしろいわね……自分でキバをつくっちゃうけものなんて、珍しくて」


 先ほど焚き火でお茶を淹れた時、私はヒロラと物々交換したの中の、鉄筋らしき鋼材を加工しようと思いついたのだ。


 鉄の杭の先端を焚き火で赤熱させてから、大きな岩の上に置いて拾った石で叩いて変形させる……。なかなか上手くいかなくて、加工には苦労したが、フレンズ達が面白がってナイフづくりに協力してくれた。キリンの馬鹿力と固いヒヅメ、カラカルとヘビクイワシの鋭いツメの手助けもあって、なかなか良いものが製作できた。


 これは「フレンチネイル」と呼ばれる簡素な小型の刃物。第一次世界大戦の頃、テントのペグや鉄条網用の鉄杭、建築用の鉄筋などを材料に、兵士たちが前線で加工して作ったという、塹壕戦での接近白兵戦用のナイフだと聞いたことがある。

 メリケンサック付きナイフといった外見で、平たくしたブレード部分と持ち手の部分で構成されている。この持ち手部分は曲げられていて、そこに四本の指を入れてしっかりと握れる形になっている。この柄はしっかりナイフを堅固に保持するためだけでなく……拳部分を包み保護して、さらにこの部分で殴れるというナックルダスターの役割もある。道具としても武器としても使えるナイフだ。


 以前に作成した「黒曜石のナイフ」はよく切れるけれど、欠けやすいのが欠点だった……。この「ネイルナイフ」は一般的な刃物に比べたらだいぶだけれど、それでも材質ははがねだけあって丈夫だし、上手く使えば草などスパスパとよく切れた。しっかり握れるから、力を入れやすいのもいい。……いや、もしかして鹿……だったりする?




 カラカルのツメと私のナイフで川辺の枯れ草を刈り取り、力持ちのキリンとニシキヘビに運んでもらう。

「うもっ! 枯れた草なんて食べてもマズいだけって思ってたけど……さっきの焚き火みたいに、ことってあるのね!」

 キリンがちょっと哲学的とも取れるセリフを言いながら、大量の枯れ草を持ち上げ、軽々と運んでいく。


「よいしょ! よし、キリンこれもお願い、向こうへ運んでちょうだい――って、うおっ!? あなた誰ぇ!?」

「やぁ~……どもども~。どうぞよろしく~」

 いつのまにか、が作業に混じっていた。黒くて長くて太い、毛の薄い尻尾から推測するに……げっ歯類のフレンズさんだろうか?


「は、はじめまして……私はヒトのハナコと言います」

「ねえ、なでなでして~」

「は、はい……なでなで~……って、あのう……あなたは何のフレンズさんですか?」

「ぼく、ヌートリア。なんか面白そうだから、ぼくも混ぜて~」

「あ、ありがとうございます」

 なんだか分からんが、人手が多ければその分助かるのでありがたい。




 私たちは使えそうな枯れ草を求めて周囲を探索する。この辺りの地理と植生に詳しいヘビクイワシと、泳ぎが得意なナイルワニ、そして半水棲ネズミであるヌートリアが活躍してくれた。


 ヌートリアは地上ではボーッとした動きをしていたが――水中ではうって変わって、水泳選手以上の機動性を見せる。さらにその鋭い前歯で、水生植物のゴムタイヤのように太く硬い茎を、ハサミで画用紙を切るみたいに楽々に齧り切る切断力ぅ……。フレンズとは、本当にすごい生物なのだ……。


 また、細かい仕事が得意なアードウルフには、藁を編んでロープを作ってもらった。植物繊維を束ねて端を結び、三つの束に分けてそれぞれをって細い紐にしてから、それらの紐を編んで太い縄にする作業だ。乾燥すると柔軟さが落ちるツタよりも、こうして編んだロープのほうが丈夫なのだ。


「おぉ~っ! このロープなら、強度も十分! ……すごい器用なんだなぁ、アードウルフさんは……」

「えへへ~、ありがとうございます。わたし、こういう細かいこと、好きなんです!」


 動物のアードウルフのほうも、小さなシロアリを見つけて食べるというが得意だが……その習性が、彼女の繊細な性格や器用さに関係しているのだろうか? とりあえず、飽きっぽいカラカルや、大雑把で不器用で力馬鹿でなキリンには向かない仕事ではある。


「ぶへっくしょいっ! ……ハナコ、今あなた私のことウワサしなかった? 名探偵のカンによると、何故か『ふりな』されたような、そんな気がするけど……?」

「してないよ~。気のせいだよ~」




「あれ? なんか向こうから変な声がするわね。フレンズがいるのかしら」草刈り作業を続けながら、カラカルが言う。


「私、ちょっと行って見てくるよ」

 私は声のした方向に行ってみる。背の高い水草が密集する湿地を抜けて、開けた川辺で私は……私はを目撃してしまった。


「このぉ~っ! 吐けっ! 吐くんですっ! ウミウちゃん!」

「うぐぐ……も、もっと! もっとだう、カワウちゃん! あぁ~っ! もっと吐かせてだうっ!」


 黒い服を着た、の、頭に翼のあるフレンズ――つまり、鳥のフレンズがふたり……。片方の子がもう片方の背中をばんばん叩いて、ではないか! ノドに何か詰まって窒息しそうなのか、と思ったがそうでもない様子。なんだか、ようだ。……どういうことなの? あの、もしかしてこのプレイは……。


「お、お取込み中、おじゃましました……のところを……。でもまあ、やり過ぎない方がいいかと……あっ、いえ、そういうだって全然アリだって私は思いますケド……」

 私はSMプレイ中のフレンズにそそくさと謝った。


 だが、ふたりはきょとんとした顔をしている。

「あなた、なにか勘違いしてるんだう? あのねー、ウミウたち『さかなあたえ』ごっこで遊んでたの」

「『さかなあたえ』ごっこ……?」


「そう、ひとりが魚を捕まえてから、もうひとりに与える遊びですよ。今は、私の方が『うしょう』の役をしていたんです。役割を交代しながら遊ぶんです。……ところでわたし、カワウです」

「そ、そうだったんですか……」

 ……どういう遊びなんじゃそりゃ?


 ……ふたりはのフレンズらしいから「鵜飼ごっこ」の遊びらしいが……。たしかウミウは日本の鵜飼、カワウは中国の鵜飼で使役されるんだったかな……。


 よく観察すると、二人は鵜の翼のようなが違うし、カワウさんのほうが薄手の服を着ている。また、鵜のクチバシの根本を模したの形が異なるし……それに、ウミウさんのほうが少し胸が大きい。


 大人っぽい雰囲気のカワウさんのほうが胸が控えめなのに対して、童顔のウミウさんが意外と胸が大きくで……そういう、ギャップがね、良いよね……。

 エ、エッチな目線でフレンズを見てるわけじゃないぞ! こういう細部への瞬時の観察力こそが、ジャパリパークで生き抜くためには必要不可欠なのだ!


 ……ともかく、遠目だと似ているが、細かい差異でこの双子フレンズは区別できるようだ。




 私は彼女たちに自己紹介して、舟作りをしていることを伝えた。


「ハナコちゃん! ウミウもお手伝いしたいんだう! だから『手伝って』ってだう!」

「は、はい……。もしよろしければ、手伝っていただけますでしょうか……?」

「もちろん手伝いますともっ! ウミウちゃんとわたし、と、やる気まんまんになるのですっ! いよーしっ、がんばるぞっ!」


 よく分からないけど、のこのふたりも作業に加わってもらった。

 水鳥のフレンズであるふたりは、水辺での活動はとても得意な様子(だが、たまに水から上がって翼をぶるぶる震わせて乾かしている。服の防水性が低いのか?)。彼女たちは常に二人組で行動して、抜群のコンビネーションでよく働いてくれた。




 製作開始からしばらくして……水辺のフレンズのヌートリアやウの二人が飛び入りで手伝ってくれたこともあり、とうとう葦のカヌーが完成した!

 乾燥した水草を束ねて、ロープで縛っただけの原始的なボートだ……かなり不格好な出来だが、はたして水に浮いてくれるだろうか……。


「うももももーっ!」

「うりゃうりゃー!」

 木の枝を地面に並べて摩擦を減らすにして、その上のカヌーを全員で押すと、フレンズの膂力の凄まじいこと……数人乗りのカヌーは軽々と動いて、勢いよく水しぶきを上げて川へ着水した。


 私は自作のパドル――木から削り出すと時間がかかるし材料が無かったので、若木の枝の先端を丸く曲げて紐で固定し、横木を付けてテニスラケットのようにして、樹皮や大きな葉で覆ったもの。防水性に難アリ――を漕いで推進力と舵取りにするつもりだったが、その必要はなかった。

 水辺のフレンズたち――ナイルワニ、ヌートリア、ウミウ、カワウが水に飛び込んで、泳いでカヌーを押すと、水面を滑るようにすごいスピードで舟が動き出す。


「すっごーいっ! 草のかたまりが水に浮いてる!」

「どーゆートリックなのかしら、これは……!」

 カラカルとキリンが目を丸くして驚いている。


「これなら、泳げない子でも素早く川を渡れますね! さすがハナコ先生!」

「いえ……簡単な作りの舟だし、ちゃんと浮くかどうか心配だったんですが……うまくいったみたいで良かった……。みなさんが手伝ってくれたおかげです、ありがとう!」


「おぉ~……ぼく、おもしろい……」

「『ふね』って、なぜだろう……懐かしい感じするんだう!」

「わたしも懐かしい感じする! ウミウちゃん! いいですねえ、『ふね』って!」

 ヌートリアも、ウのふたりは泥にまみれて喜んでいる。




 何事も無く、カヌーはあっというまに大きな川を渡って対岸に到着した。


「お前ら、『せんとう』?に行くなら、心配だし、あたしたちも着いていくよ」

「セルリアンがでてきたら、わたしたちがやっつけてやるのじゃ!」

「ふたりとも、ありがとうございます! 頼りになります!」

 ニシキヘビとナイルワニに同行してもらえることになった。たいへん心強い。


「ねえねえ、アタシのことも頼りにしてもいいのよ?」

「何言ってんだカラカル、当り前じゃない。出会った時からいつも頼りにしてるよ」


「わ、私の『灰色ののうさいぼう』――名探偵のずのうも頼ってちょうだい!」

「イヤ……キリンは……もちろんあなたのネッキングはすごく頼りになるよ……」


「わ、わたしも頼って下さいっハナコさん!」

「ハナコ先生、わたくしも!」

「な、なんですか……アードウルフさんとヘビクイワシさんまで……」




「ぼく、もっとこの『ふね』で遊ぶー」

「ウミウもこの『ふね』大好き!」

「わたしたちは、この『ふね』で遊んでますね」

 ヌートリアとウミウとカワウとはここでお別れだ。


「ありがとうございます。三人が手伝ってくれたおかげで助かりました。この川、セルリアンがいるかもしれないから、気を付けて下さいね」

「ありがと! でもだいじょぶだよ。ぼく、泳いで逃げるの自信あるんだ~」

「心配しないでう! ハナコちゃん!」

「私たちも泳ぎは得意ですし、いざとなったら飛んで逃げますから」


「じゃあ、遊び終わったらこの長いロープで、舟を流されないようつないでおいてください。これがと言って、それでこれが――」

「覚えられないよう! 難しくて全然分からんのだう! だから、遊んだ後は『ふね』は陸に引っぱり上げておくんだう!」

 そ、そりゃ何とも男らしい方法ですな……。




「あ、そうだ。舟のあまりの材料でも作ったんで、お礼にあげます。……でも、せっかくあんなに手伝ってもらったのに……あげられるものがこんなしかなくて、本当に申し訳ないですけど……」

 私は舟に積んである、藁で編んだ簡素なカゴ――フレンズや自分の運搬用に、作業の空き時間に手早く製作しておいたもの――を三つを取り出して、ヌートリアとウ達の三人に手渡す。彼女らの見事な働きに対して、こんなものでは割に合わないとは分かっているが……。


「?? なんで、こんなすごいお礼がだう? 作るのは楽しかったし……それに、みんなで使う「おふね」なんだからお礼なんて――」

 そう言いかけて、粗末な出来のをじっと見つめたまま、沈黙するウミウだが……?


「うおおーっ! 『かご』! なんてなんだう!」

「な、何故だか分からないけどぉ……無性になりますぅ~っ!」

 ウミウとカワウが興奮している!


 地面においたカゴに、無理やり一緒に頭を突っ込んで、逆さになって足をばたばたさせるウミウとカワウ!

「うっ!」

「まんぼっ!」

 す、スカートめくれてますよっ! はしたないからやめなさいっ、ふたりとも! せめて、一つのカゴに一人ずつ入りなさいってば!


「『かご』ってこういう風に使うの? 海にいるの殻みたいな感じ? でもあれはお尻を隠すけど~?」

 のふたりを尻目に、カゴを帽子のように被って、口笛を吹きながら、のんびりした調子で尋ねるヌートリア。虚無僧スタイル……?


「おお……この音を聞いているとぉ……オレも『かご』に入りたくなるなぁ~……」

 アフリカニシキヘビ、あなたまで! ……エスニック風なダンスを踊りながら、ヌートリアの口笛の音色に誘われて、尻尾をとぐろ状に丸めてカゴにお尻を突っ込もうとするニシキヘビ!


 ヘビは退しているので……あの有名なインドのヘビ使いの曲芸の場合は、ヘビが笛を振る動きや地面の振動を察知するのだという。それでヘビが驚いて行う威嚇が、まるで踊っているように見えるのだと言われているが……。っていうか、あれはインドコブラの話でしょ!


 みんな、違う。使い方違うんだってっ! そうじゃないよっ!

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