第3話 銃・病原菌・鉄

「物語に登場する銃は、必ず発砲されなければならない」

                           ――A.P.チェーホフ




 ダチョウさんと別れた私たちは、サバンナ地方の獣道けものみちを進む。

 道中では、多様な樹木や動物を観察することができた。


「あのレイヨウの子、高い所の葉を食べるために、よくフレンズみたいにわよね。どういうトリックかしら!」

「……あれはジェレヌクだね。別名『キリンカモシカ』らしいよ」


 疑問を口にするキリンに対して、私は……出発する前に「大村家」からしてきた「動物図鑑」を読みながら解説する。


 持ち出す際にヘビクイワシに、借りていいか尋ねたのだが……。

「え? ここは私だけの縄張りってワケでもないですし、そもそもでありましょう?」などと、非常にな意見を言っていた。


 さすがジャパリパーク。


「うーん、確かにわたしに似ているところあるわね、足も首も細いところとか。あの子がキリンの『ごせんぞさま』かしら?」

「そうかもしれないね」


 キリンの素直な感想――それは、分類学的には否定されている仮説なのだが――自分の観察や経験から導き出したその素朴な想像力を、「科学的に間違いだ」と無下に否定する権利は、誰にも無いのではないだろうか……私はそう思う。


 ……私もだいぶ人間ぶんめいじん失格になってきたようだ……。




「あれは私が大好きなアカシアの木! トゲトゲしてるけど、おいしい葉っぱよ!」

 さらにキリンが喋る。

 アカシアのトゲはどころじゃないだろ……鋭いのがびっしり生えてるぞ……。サバンナのアカシアにメジロの仲間が止まっているのは、なんだか変な感じだ……。


 手持ちの図鑑をひもとくと、ビャクダンやアンズ、オジギソウなど、キリンは60種類ほどの植物を食べるらしい。何でも好き嫌いしないで食べることが、グラビアモデル並みの高身長と、豊満なバストのヒケツか……? 私も見習おう。




 私の優秀な「サバンナ図鑑」は新聞記事や手書きの観察記録、様々な参考文献からのページ引用に加え、豊富なスケッチや写真が付属している。これは市販の図鑑ではなく、で野生動物の研究観察資料をファイリングしたもののようだ。専門的で詳細なレポートや英語の論文なども挟まっている……。この図鑑の作成者はいったい何者なのか……。


 読んでいくと、作成者の欄に『大村暦』と書いてある。さらに英語資料のページには『Koyomi Omura』の文字が……。


 オオムラ・コヨミ――資料の作成者のが、あの『大きな家』の表札のものと一致するのは偶然ではなさそうだ……。


 パーク・サバンナ在住の野生動物の専門家、コヨミ氏……。男性か女性かは分からないが……このサバンナの動植物にたいする資料の詳細さ……。あの家で見つけた雑誌や新聞記事などによると、ジャパリパークは「超巨大動物園」らしいから、この人は飼育員や研究家のような立場の人間だろうか……? 




 ふと音が聞こえて、図鑑から目を離す。見ると、大きな鳥が遠くの砂地を走っている。


「あ、あれはアフリカオオノガンですねー! わたくしと同じで、飛ぶより走るのが得意なんですよ!」

「うわぁ~! すごい大きい鳥の子だなぁ~! 背の高さが私と同じくらいありますね。図鑑によると、体重は20kg弱もあるとか……」


「あの大きさだとワシやタカでも襲うのはムリですし、ライオンやヒョウからは飛んで逃げちゃうんですよ~。たぶんあの子は、飛ぶことができるギリギリまで重くなってるのでありましょう。私も鳥だから、なんとなく分かります」


 なるほど……鳥の子ヘビクイワシゆえの、鋭い観察眼と理論は説得力がある……。




「あの岩の上のレイヨウは、クリップスプリンガーでありましょう」

「わっ、すごいジャンプ力ですね~。あの子は、イワハイラックスさんのお友達らしいですね」

「私もジャンプには自信があるけど、足場の悪い岩場コピエでは、あんなにキレイにぴょんぴょんできないわ」

「あ、そういえばあの岩場は、を罠にかけた場所ね……岩の形から導き出される推理!」


 キリンの言う通りだ。あの山は、満月の光の下で見た青黒いくシルエットによく似ている気がする。


 あの激戦の舞台だった岩山は、どうやらこの近くらしい。




 そうして自然観察を続けながら、太陽の位置が15度ほど南に近くなり――つまり1時間ほど経過して――私たちフレンズ一行は、一息つけそうな場所にたどり着く。それはトタン屋根と木造の壁の……のような、小さな小屋のような建造物だ。前面がひらけていて、中には壁に備え付けの木製のベンチがある。


 木造部分の表面や角は触るとすぐ剥がれそうだし、金属部はひどく腐食している……。幾度の雨季と乾季を経ているようだ。ヒトの手で作られてから、どのくらいの年月が過ぎ去ったのだろうか……?


 辺りを観察すると、近くの1mほどの背の高さの、ふちの鋭いイネ科の草むらの中に、コンクリート製の円形の台座のような物体がある。台座の中央には、鉄が腐食したような穴があいている。

 さらにその周辺の茂みを探ると、円形や長方形のプレートが固定された鉄パイプが落ちていた。ひどく錆びてぼろぼろだ。


 やはりここは「バス停」だったのか……。これらは待合所の後ろに落ちていたが……邪魔になるからと、力持ちのフレンズがどかしたのだろうか……?




 停車案内のプレートは錆によってかなり表面が傷んでいて、地名がほとんど判読できない。


 け……の……セ……タリ……。

 銭湯ヴ……ト……ア……の湯。

 ト……マ……小……校……。


 だって? 初耳だが、そんなものがサバンナ地方にあるのか? もしかしてヒトの子供の学校ではなくて、


 さらに私は円形の鉄板の文字を読む。

 第3……避……難……シ……ルタ…………『第3避難シェルター前』?


 見晴らしの良いサバンナの周囲を見渡して……目をよく凝らすと遠くには……明らかに人工的な、「例の裁判」直前に私が軟禁されていたとよく似た土の盛り上がりがあり、その近くの木の下には、先のセルリアンとの戦いで使用した「サイドカー付きヒョウ柄バイク」が置いてある。

 戦闘後に岩場コピエで仮眠を取った後で、帰る途中でバッテリー切れになったのであそこに置いてきたものだ。


 ではあそこは、私が勾留されていた施設……あれはだったのか?


 中には大型動物用のおりがあったが、あれは何のために……? そして不可解なのは、なぜ人間用と思われる寝台や寝具も、檻の中に設置されていたのか……?


 考えられる理由だが……ように……?


 ……動物がサンドスターでフレンズ化するように、体内のするとフレンズはのだろうか?

 避難中に、フレンズが動物化した場合に備えて、に檻を……?




「体が熱くなってきた! ここでちょっと休憩しましょ!」思考が堂々巡りする私を尻目に、カラカルが提案する。

 フレンズ達はバス停の休憩所で、それぞれ個性的な姿勢を取ってくつろいで涼んでいる。


 お腹を晒して地べたをごろごろ寝転がったり(下着が見えるからやめて……)、うつ伏せになって背筋を伸ばして、木製の壁で爪とぎを始めるカラカル。正座をして顔を伏せているキリン。待合所ベンチの下にもぐっているアードウルフ。待合室のに、優雅に直立して休むヘビクイワシ。


「も、もしかして……この『小さな家』の使い方、間違ってますか? ハナコ先生?」

「い、いやあ……『家』は、好き好きに楽な格好をしてくつろぐ場所ですから……」

「そうですよね~。これなんか、まさしく『止まり木』にピッタリでありましょう。わたくし巣はやっぱり、木の上じゃないと落ち着かないですから~。ここはちょっと低すぎですけど~」




 それにしてもフレンズ達を観察すると、私よりだいぶ疲労している。まるでイヌのように口から舌を出して、はぁはぁと荒い息をしている……。彼女たちの顔を見ると、あまり汗をかいていないようだ。


 もしかして、フレンズ達は高温の条件下では、発汗能力や体温調節がヒトより劣るのかもしれない。

 彼女たちは短距離においてはヒトよりも格段に速いが、となると、ウマ以上の能力のあるヒトに軍配が上がるというわけか……?


「ああ~、アタシつかれた~。『せんとう』って水場の一種でしょ。早くお水をたくさん飲みたいわね」

「ハナコ、あなたの『ちず』を見せてよ……よく分からないけど、ここからもうちょっとなのかしら? ……う~ん、私はあまり水を飲まないけど、こう熱いとのどが渇いて……灰色の『のうさいぼう』が働かないわね~」

「今は『大乾季』だから、ガマンですよ。わたくし、『かれんだー』をつけてますが、もう少しで『大雨季』になりましょう」

「雨季になると、おいしいシロアリが湧いてくるんですよね~」


 フレンズ達はすっかりお昼休みの休憩ムードだ。




「むむ! 向こうで足音! それに、風が吹いての臭い!」

「この足音の響きかた、体の重さ……! ……フレンズですね!」


 地面に寝転がってだらだらしていたカラカルとアードウルフだが……突然、その大きな耳を動かし始める――鋭敏な聴覚で何かの動きを察知したようだ。鼻で嗅いで、風で流れてくる臭いのもとを探っている。


「むこうの『しぇるたー』のそば! あのはそう言うらしいですけど!」

「ハナコの『ばいく』のそばに、レイヨウのフレンズがいるわ! 行ってみましょう!」

 ヘビクイワシとキリンが、その優れた視覚を駆使して遠くの様子を伝える。


 フレンズたちはまるで、野生の世界に暮らす現地部族の戦士たち……あるいは、高度な視聴覚訓練をうけた軍人……いや、それ以上だろうか……。


 彼女たちは、人間のような知識こそ無いものの、その……鋭い五感の知覚力や警戒心においては、ヒトの私をはるかに凌駕する生物なのだ。




 そして……。


「ごるぁー!! もう逃げられないわよ!! ぬすみはんにん! 『ごーとーさつじん』の『げんこーはん』で、『ひぎしゃ』かくほーっ!! こっそりモノをなんて、力づくでより重罪よっ!!」


 ある程度距離をつめてから、キリンが猛ダッシュでその問題の?の前に踊り出る。レイヨウ特有の俊足と警戒心を併せ持つ彼女はんにんは、キリンの接近を察知していたはずだが、まったく身じろぎもせず逃げようともしなかった。


 ……話は変わるがキリン、あなたの言動……どっから突っ込めばいいんだ?


 べつに、それ私のバイクじゃないし……むしろ、私のほうがあの夜に、盗んだバイクで走り出した窃盗犯だし……。

 そう、窃盗だからね、これ。今あなた「強盗殺人」とかパークらしくない言葉使っただろ。


 あと、とかワケの分から法律を……いや、確か中世ヨーロッパの裁判では、暴力で襲撃するほうが、所有者の不在時に盗むより罪が軽かったような……。


 それに、だいたいなぁ……出発するときにヘビクイワシさんが言ってたとムジュンしている! ……まあ、それはフレンズの習性によっても考え方が違いそうだし……そもそも、キリンがはた目に見ても、フレンズだから――。


「うもーっ!! ばりつさくれつ!! んみょうにおにつけいっ!!」


 訂正。

 どころじゃねえぞ、この子。

 完璧パーフェクト変人じゃないか……。




「何すんだっ、このっ!! 痛いだろっ!! やめろよっ、お前っ!!」と、レイヨウの子げんこうはんが叫ぶ。


 赤茶けて乾いた地面の上で土ぼこりを巻き上げ、密着して取っ組み合うふたりのフレンズ。探偵キリンによる壮絶な逮捕劇……っていうか、二人とも可愛いし、って感じ?


 そのレイヨウのはんにんは、赤褐色と白色のツートンカラーのライダースーツを身につけていて……そ、そのいるから……お、大きな……柔らかい、ものが、ふたつ……揺れて、と、飛び出そうで…………ううっ、これ以上は言わせないで!




 め、目のやり場を移そう……。


 被疑者は、前髪を左右に分けた広いおでこに、を身につけている。頭上近い高度からの太陽光線で、黒いレンズがぴかぴかと反射する。


 頭の上には、ふたつの耳がついていて、興奮して上向きになっている。……加えて、ウシ科特有の枝分かれしない――それにそっくりの黒い髪の毛が二本、頭上で激しく揺れている。セミロングの茶髪の上部の一部を、後頭部の高い位置で結っていて……上品ながらアクティブな印象を受ける。


 ライダースーツの下部、腰のあたりはスカート状になっており、さらに太ももの内側の部分には穴が空いていて……股関節付近の地肌が露出したデザイン……。


 い、いかん……やっぱり興奮してきた……。だ、ダメだ、大好きな友達フレンズに対してそーゆーなのは!!


 仏道の功徳よ、邪念を祓いたまえ!! ぼんのーむじんせーがんだん……。




「キリンって、いつもああなのよねー」

「やはり、キリン特有のが原因なのでありましょう」

カラカルとヘビクイワシは呆れた様子で遠目に眺めているのみ。


「や、やめてください、らんぼうは……! きゃっ!」

「じゃましないで、アードウルフ! こーむしっこーぼーがい!」

 アードウルフが止めに入るが、キリンの馬鹿力で外へ弾かれてしまっている。


「オ、オレが何したって言うんだよ!! オレはただ、このを……」

「推理しなくても、げんこうはんたいほ! バイクぬすみ犯人め!!」


 ……あれ、あのレイヨウの子、今「バイク」って言ってたな……。そういう文明的なものを知っているのか……?


 そんなことを考えている場合ではないな……。どうやら私の置いたオートバイがトラブルを招いたらしい、私がを仲裁するのがスジというものだろう。絡む相手がキリンなので、あまり気が進まないのだけれど……。




「キリン! いいから落ち着け!」

 私はキリンに叫ぶが、とうの相手は興奮状態で……うもう!うもう!と、ウシのような叫び声を出すばかりで話を聞こうともしない。


 これではらちが明かない。

 では……貴重な弾薬を消費してしまうが……この方法しか……。キリンはアホだから、このままだと相手の子がケガしかないし……。なんて、気は進まないが……仕方がない……。




 ぱん……。


 鮮やかな青い空に乾いた音が響き渡り、空薬莢が砂の中に落ち、銃口から硝煙が立ち昇った……。




 あのセルリアンとの戦いの夜、まさしく問題のバイクから見つけた――なので、平時は薬室をカラにして携帯している――スライドを引いて初弾を装填してから、威嚇のため近くの地面に向けて一発、発砲したというわけだ。

 だが、やむを得ず行ったこの威嚇射撃は効果的……すぎるほどで、ほどだった……。




「ハ、ハナコっ!! ビックリさせないでよっ、もうっ!!」

「『じゅう』を使うなら、そう言ってくださいっ!!」

 しゃがんだ姿勢のままのカラカルとアードウルフが、震えながら怒っている。


「ご、ごめん……そこまで驚くなんて、思ってなくて……みんな、セルリアンとの戦いでは平気そうだったし……」


「それはですね……あの時は、ハナコ先生が前もって『じゅう』を使うのをフレンズに説明していたし、使った場所が遠くだったからですよ……」とヘビクイワシが、全身を地べたに屈みこんだ姿勢のまま、頭だけこちらに向けて説明する。


「今みたいに使われると、でフレンズはびっくりするのです。ヒトの道具だから、ハナコ先生は大丈夫でありましょうが……」

「ご、ごめんなさいっ!」




 とばっちりで驚かせたフレンズには悪いことをしたが、おかげで暴走キリンも落ち着いて……ではないか。結果的には、最も平和的な騒動の納め方だったのではないだろうか?


「ば、バカッ!! 何よアレっ!! お、おしっこ、チビっちゃうところだったわよっ!!」

ほど怒ってるね……元からだけど。いきなり撃った私も悪いけど、もとはキリンが乱暴するから悪いんだからね。『疑わしきは罰せず』ってのは初歩的なことエレメンタリーだよ、名探偵君?」


「ぐっ……わ、私はハナコの……盗まれたばいくを……とっ……とり、取り返したく……て……うもぉーんっ! うもーおおんっ!」


 キリンが泣き出してしまった。


「私のためにしてくれたのはありがたいけど……でもだからって、ああやっていきなり乱暴するのははダメだよ」

 の説教だから、説得力皆無だけど……。


 即時判断で撃っちゃったけど、「銃で動物たちを脅して言うことを聞かせる」って、考えるとこれほど酷い話は無いよな……ううう……罪悪感が……。みんな、そんなに気にしている様子ではないけど……。


「あの、みんな、ごめんなさい……。私、みんなの気持ちを考えないで、軽い気持ちで銃を……」

「ん? そーよ、ビックリしたじゃない。今度から、使う時は使うって、前もって言ってよね」と軽い調子で返事するカラカル。


「ハナコ先生、どうやら、もう一回『じゅう』で、キリンさんをおどかした方が良さそうですよ。そうでもしないと、あの子、泣き止まないでありましょう」


「うももももーっ!!」

 確かに……どこにそんなに水分があるのか、とばかりにいつまでも泣き続けるキリン……。




「まあまあ、落ち着けって。人のものを勝手に触ってたオレも悪いんだからさ……腹減ったろ? ほら、ジャパリまんでも食うか?」

「うもももーっん! ぐすっ! もぐもぐもぐ!」


 レイヨウの子がキリンを……つまり! どういう状況……?

 泣きながら食べるジャパリまんは味か……?




 それからしばらくして、キリンが落ち着いた後、レイヨウの子が自己紹介してきた。

「よっ! オレは『ヒロラ』ってんだ、よろしくな! お前、ハナコって呼ばれてたっけ……、ヒトのお前のバイクか?」

 レイヨウのフレンズ、ヒロラがそう男性的な口調で喋りかける。


 そのぴっちりしたライダースーツごしに、とてもをしていることが分かるのだが……中身の方は、だいぶらしい。


「……いえ、私のモノってわけじゃないんですけど……さっきのは、このキリンの子の勘違いで……」

「ふーん、そうなのか。まあでも、前までアンタが使ってたモノらしいから、頼むけどさ……このバイク、オレにないか?」


 なんと、これは予想外な展開……!

 ともかく私は、ヒロラに単車を欲しがる理由を聞いてみた。




「たいした意味はないんだけどさ……オレのこのカラダの毛皮とか、頭のコレ……『ばいくすーつ』だとか『ごーぐる』って言って、に似ているって、博士に前に言われてな……。いろいろ調べてもらったけど、バイクって、レイヨウみたいに地面を走って……『オレの仲間』みたいなもんだろ……?」


 ヒロラはそこで話を一旦止めると、サバンナの遠くのほうを指して、再び喋り始める。


「オレ、フレンズになってからも、と他の仲間のいる群れの中で、あちこち移動しながら一緒に暮らしてたんだけど……ついこの前、ほかの皆は、病気になって死んじゃったんだ……。食べた草が悪かったのか、吸った空気が悪かったのか、フレンズのオレだけは大丈夫だったんだけどさ……」


「そうですか……そんなご不幸が……」

 ……言葉に詰まる……。彼女にどういう言葉をかければいいのだろうか。ヒト同士の「ご愁傷様でございます」「お悔やみ申し上げます」……といった弔辞の挨拶は、ジャパリパークでは場違いに思えてならない……。


「あっ、ゴメンな~。暗い話をしちまって。……それでさ、オレ、今までさばんなちほーで、……これでパークで独りぼっちなのかなあ……って思って……。家族も親戚もみんな死んじまったし、前から気になってた『バイク』を探そうと決めたんだ」


 あっけらかんとした明るい口調で話し続けるヒロラ。


 ……さらに暗い話になってきたぞ。

 家族の全滅……。そして、自分以外の種の絶滅……!?


 ますますどう話せばいいか分からないじゃないか……。

 ほかのフレンズも気まずそうな顔をしている……。


「しばらく、さばんなちほーを歩き回って、『オレの仲間』のバイクを探してたんだけど……。で、これを見つけて……思わず近寄って触ってたんだけど……。バイクって、固くて冷たいんだな、ツノやヒヅメや骨みたいに。……絵で見ただけだけど、もっとふさふさしてて、柔らかくて温かいのかと思ってた」




「ゴメン……長々話したけど、ほんと、たいした理由じゃないんだ。オレの勝手な思い込みなんだ。……バカバカしい、って思ったろ? ゴメンな……」

 自嘲気味……とまではいかない調子だが……気恥ずかしそうに……そして寂しそうに……単車のシートに目を落とすヒロラ。


「そ、そんなことないっ! このバイク、私はいらないしヒロラさんにあげるよっ!」

「ええっ! いいのかコレ、お前の大事なバイクじゃないのか?」

「いや、私のモノじゃなくて、拾ったモノだしっ! ……でも、バッテリーが切れてて動かないんです」


「『ばってり』ってのは、オレも調べたことがあるが……『でんち』のコトだな。『でんち』は、どうにかしててから使うらしいけど……」と、ヒロラが言う。やはり彼女は、ある程度バイク関連の知識を持っているらしい。


――それは『じゅうでん』ですね。『じゅうでん』のための『きかい』が、パークのどこかにあるらしいですが、わたくしもどういうものかは分かりません……」

 ヘビクイワシが説明する。


 電池の充電装置か……それっぽいのは、私も見かけた覚えが無いけど……。とりあえず、このバイクのバッテリーは……前面部にそれらしきモノが……。




 私は、ヒョウ柄オートバイ前面の、にあたる部分の「取っ手」に手をかけてみる。

「この部分が取り外せそうです……お! 取れた!」


 引っ張ると……丸みを帯びた三角柱状のバッテリーが簡単に取り外せた。

が入りそうな形をしていたら、多分それが『充電装置』だと思いますよ」と、ヒロラに教える。




「おおう! 何から何までありがとうなー! ……あの、お礼と言っちゃ何だけどさ。もしバイクが壊れてたら直せるように、『こうぐ』を、『こうぐばこ』に集めたんだけど……好きなのを持って行ってくれよ! 使い方は、どれも分かんないんだけどさ!」


 そう言ってヒロラは足元に置いてあった「こうぐばこ」――ラタンの「バスケット」のフタを開く。


 取っ手付きのバスケット……トウフジの仲間の、植物の乾燥したツルを編んで作ったもののようだ。「板」の製作技術が必要な「箱」に比べて、「籠」は原始的な道具だが……しかしこのバスケットは、とても編み目が細かく、直方体に近い形であり、蝶番ちょうつがいでフタまでついた、洗練された技術の高度なもの……フレンズの手作りのものではないらしい。パークの民芸品のお土産か?


 彼女はその「こうぐばこ」から「こうぐ」を取り出す……。もっとも、人間の視点では「修理用工具」に分類されないものばかりだが……。


 潰れたアルマイトのコップ、プラスチック製スプーン、コンビーフの巻取り鍵、「ジャパリソーダ」の空き缶、金属製トング、ピンセット、ヘッドがボロボロの歯ブラシ、耳かき、ブリキ製のちりとり、曲がった安全ピン、レンズが無い虫メガネ、雲形定規、ハンドグリッパー、刃が引っ込むおもちゃのナイフ、麻雀の点棒、トラックに変形するロボット人形、紫色の馬のおもちゃ、電池が液漏れした白黒液晶の携帯ゲーム機、何かの接続用ケーブル、やたらと大きな釘、水道の蛇口……。


 フレンズ判断でを適当に集めたのだろう―――いや、あからさまに違うものも混じっているけど――ほとんどはガラクタばかりだが、中には私の注意を惹くものが混じっていた……!


 とそのっ! 本物だッ!




「こ、これ!? どこでこんなものを!?」

 私は慎重にそのを手に取り、ヒロラに尋ねる。


「……どこで?って……その辺で。場所なんて、いちいち覚えてないから、忘れたよ」

 そんなに驚いてどうしたんだ?とばかりに、平然と答えるヒロラ。

 ……ってことはないだろう!?


「ほしいのか、それ? バイクの代わりにやるよ」

「えっ!? そのバイクとこの拳銃を交換……!?」

「う~ん、とそんなじゃあ、やっぱりワリに合わないよな……」

「い、いやっ、そうじゃなくてっ! すごいモノですよコレっ! もらえるなら、ありがたくもらいますけどっ!」

「ん? そーなんか? あげるのがそんなもので、すまんけどな」




 そういうわけで、私の「サイドカー付きバイク」を、ヒロラの「サイレンサー付きリボルバー」(+その他工具)とを、物々交換したのだった……。


「世話になったな。ありがとうよー」そう言って、バイクを押して歩いていくヒロラ。パークを旅して「バッテリー充電器」を探して充電してから、乗り方は自分で練習すると言っている。


「バイク……は、けっこう重いなあ。私の倍くらい重かったより重い……みんな最後は、簡単に持ち上げられるほど軽くなっちゃったけど……ああ、こいつは本当に重いなあ。一緒にサバンナを走れたら、すごく気持ちいいだろうなあ……それじゃーなー!」




 バイクと一緒に、ヒロラはサバンナの遠くのイネ科植物の枯草に混じって消えて、そして見えなくなった。




 私は交換してもらった銃をよく調べる。


 うーん……七発装弾で、減音器サプレッサー装備のリボルバーとは珍しい……。

 確かこの銃は、帝政ロシア時代に採用されて……21世紀の初めまでは、ロシア連邦の司法省や郵便局で現役で使われていたと聞く……。

 調べると、設計こそ骨董品並みの旧式だが、金属疲労もほとんどなく製造じたいはかなり新しいものだ……。


 コルトSAAシングルアクションアーミーのように、弾倉固定式ソリッドフレームだから戦闘中の再装填リロードには時間がかかりそうだ。予備の銃弾も一緒にもらったけど、ついでに回転弾倉シリンダーもいくつかあったら良かったな……。そしたら、弾切れになったら『ペイルライダー』のイーストウッドのレミントンM1858ニューモデルアーミーみたいに、シリンダーを交換すれば瞬時に――。




 つんつん。


 ……フレンズが、銃を調べる私の背中を指でつついている。

 振り向くと、アードウルフだった。


「どうしたの、アードウルフさん?」

「ハナコさん、交換してもらったそれ『じゅう』でしょう? わたしにください!」


 またも予想外の展開に私は言葉を失い……そして数秒ののちに、失った言葉を取り戻した私は、力強く返答する。


「ダメ」

「わたしも『ばんばん』ってカッコよくしたいんですっ! なんでダメなんですか!?」

「なんでもダメ」


「納得いかないっ!」

「いいから、ダメなんです」

「理由を聞かせて下さいっ!」


「……19世紀末に設計された前時代的なこの銃は安全対策が乏しく、撃鉄ハンマーがレストポジションの状態では、回転弾倉シリンダー内の銃弾底部の雷管プライマーに接触した状態であり、衝撃を加えると暴発する恐れが――」

「だあぁっ!! むずかしいコト言ってごまかさないで!! 理由を聞かせて下さいっ!」


 くそぉ~、女の子はワガママだなぁ……。


「よーするに、キケンだからダメ。フレンズの手には渡せない」

「ハナコさんだってフレンズでしょ!?」

「いや、そういう問題じゃなくて……」


「じゃあ、もうひとつのほうの『じゅう』をちょうだい!」

「ダメ。あっちだってキケンなのは同じだから」

「けち!」


「……だいたい、さっき私が銃を撃った時、アードウルフさん怖がってたでしょ?」

「だいじょぶだもん! へいきだもん! うわああん!」


 ああもう、ああいえばこう言う……。

 これだから、女の子の取り扱いは難しくて困るよ……。


 ……あれ? そういえば、私もだったっけ……忘れてたけど……。

 今回の目的地の「銭湯」では、それを否応なく認知させられるわけだが……。




「わとそん! わとそんの!」

 キリンが銃のことを指して言う。


 ……どういう意味だ?


 ……ああ、シャーロック・ホームズ譚では、ホームズよりワトソンのほうが頻繁に拳銃を使ってるから、多分そういう意味で言ってるのか?




「『じゅう』って、どーゆー仕組みなんでありましょうか、コレ?」

 うわあああッ!!

 やめてぇっ!!


 銃口を覗かないでちょうだい!! ヘビクイワシさん!!




「ちょうだい! ちょうだい! うわあぁーん!」

「ダメよ! フレンズなんだから、ガマンしなさい!」

 アードウルフさん、いいかげんにしなさい!




「あはは……なんだか全然分からんけど……おもしろ!」

 カラカルが笑う。

 もう! ちっともおもろないわい!

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