第3話 銃・病原菌・鉄
「物語に登場する銃は、必ず発砲されなければならない」
――A.P.チェーホフ
ダチョウさんと別れた私たちは、サバンナ地方の
道中では、多様な樹木や動物を観察することができた。
「あのレイヨウの子、高い所の葉を食べるために、よくフレンズみたいに後ろ脚で立ってるわよね。どういうトリックかしら!」
「……あれはジェレヌクだね。別名『キリンカモシカ』らしいよ」
疑問を口にするキリンに対して、私は……出発する前に「大村家」から無断拝借してきた「動物図鑑」を読みながら解説する。
持ち出す際にヘビクイワシに、借りていいか尋ねたのだが……。
「え? ここは私だけの縄張りってワケでもないですし、そもそも誰かの縄張りからモノを持ってっちゃダメって理屈はないでありましょう?」などと、非常にけもの的な意見を言っていた。
さすが原始共産制ジャパリパーク。
「うーん、確かにわたしに似ているところあるわね、足も首も細いところとか。あの子がキリンの『ごせんぞさま』かしら?」
「そうかもしれないね」
キリンの素直な感想――それは、分類学的には否定されている仮説なのだが――自分の観察や経験から導き出したその素朴な想像力を、「科学的に間違いだ」と無下に否定する権利は、誰にも無いのではないだろうか……私はそう思う。
……私もだいぶ
「あれは私が大好きなアカシアの木! ちょっとトゲトゲしてるけど、おいしい葉っぱよ!」
さらにキリンが喋る。
アカシアのトゲはちょっとどころじゃないだろ……鋭いのがびっしり生えてるぞ……。サバンナのアカシアにメジロの仲間が止まっているのは、なんだか変な感じだ……。
手持ちの図鑑を
私の優秀な「サバンナ図鑑」は新聞記事や手書きの観察記録、様々な参考文献からのページ引用に加え、豊富なスケッチや写真が付属している。これは市販の図鑑ではなく、手作りで野生動物の研究観察資料をファイリングしたもののようだ。専門的で詳細なレポートや英語の論文なども挟まっている……。この図鑑の作成者はいったい何者なのか……。
読んでいくと、作成者の欄に『大村暦』と書いてある。さらに英語資料のページには『Koyomi Omura』の文字が……。
オオムラ・コヨミ――資料の作成者の名字が、あの『大きな家』の表札のものと一致するのは偶然ではなさそうだ……。
パーク・サバンナ在住の野生動物の専門家、コヨミ氏……。男性か女性かは分からないが……このサバンナの動植物にたいする資料の詳細さ……。あの家で見つけた雑誌や新聞記事などによると、ジャパリパークは「超巨大動物園」らしいから、この人は飼育員や研究家のような立場の人間だろうか……?
ふと音が聞こえて、図鑑から目を離す。見ると、大きな鳥が遠くの砂地を走っている。
「あ、あれはアフリカオオノガンですねー! わたくしと同じで、飛ぶより走るのが得意なんですよ!」
「うわぁ~! すごい大きい鳥の子だなぁ~! 背の高さが私と同じくらいありますね。図鑑によると、体重は20kg弱もあるとか……」
「あの大きさだとワシやタカでも襲うのはムリですし、ライオンやヒョウからは飛んで逃げちゃうんですよ~。たぶんあの子は、飛ぶことができるギリギリまで重くなってるのでありましょう。私も鳥だから、なんとなく分かります」
なるほど……
「あの岩の上のレイヨウは、クリップスプリンガーでありましょう」
「わっ、すごいジャンプ力ですね~。あの子は、イワハイラックスさんのお友達らしいですね」
「私もジャンプには自信があるけど、足場の悪い
「あ、そういえばあの岩場は、おおきなセルリアンを罠にかけた場所ね……岩の形から導き出される推理!」
キリンの言う通りだ。あの山は、満月の光の下で見た青黒いくシルエットによく似ている気がする。
あの激戦の舞台だった岩山は、どうやらこの近くらしい。
そうして自然観察を続けながら、太陽の位置が15度ほど南に近くなり――つまり1時間ほど経過して――私たちフレンズ一行は、一息つけそうな場所にたどり着く。それはトタン屋根と木造の壁の……バス停のような、小さな小屋のような建造物だ。前面が
木造部分の表面や角は触るとすぐ剥がれそうだし、金属部はひどく腐食している……。幾度の雨季と乾季を経ているようだ。ヒトの手で作られてから、どのくらいの年月が過ぎ去ったのだろうか……?
辺りを観察すると、近くの1mほどの背の高さの、
さらにその周辺の茂みを探ると、円形や長方形のプレートが固定された鉄パイプが落ちていた。ひどく錆びてぼろぼろだ。
やはりここは「バス停」だったのか……。これらは待合所の後ろに落ちていたが……邪魔になるからと、力持ちのフレンズがどかしたのだろうか……?
停車案内のプレートは錆によってかなり表面が傷んでいて、地名がほとんど判読できない。
け……の……セ……タリ……。
銭湯ヴ……ト……ア……の湯。
ト……マ……小……校……。
小学校だって? 初耳だが、そんなものがサバンナ地方にあるのか? もしかしてヒトの子供の学校ではなくて、フレンズ用の学校?
さらに私は円形の鉄板の文字を読む。
第3……避……難……シ……ルタ…………『第3避難シェルター前』?
見晴らしの良いサバンナの周囲を見渡して……目をよく凝らすと遠くには……明らかに人工的な、「例の裁判」直前に私が軟禁されていたあの留置場とよく似た土の盛り上がりがあり、その近くの木の下には、先のセルリアンとの戦いで使用した「サイドカー付きヒョウ柄バイク」が置いてある。
戦闘後に
ではあそこは、私が勾留されていた施設……あれは緊急避難用のシェルターだったのか?
中には大型動物用の
考えられる理由だが……ヒトでも動物でも収容できるように……?
……動物がサンドスターでフレンズ化するように、体内のサンドスターが不足するとフレンズは動物に戻るのだろうか?
避難中に、フレンズが動物化した場合に備えて、隔離用に檻を……?
「体が熱くなってきた! ここでちょっと休憩しましょ!」思考が堂々巡りする私を尻目に、カラカルが提案する。
フレンズ達はバス停の休憩所で、それぞれ個性的な姿勢を取ってくつろいで涼んでいる。
お腹を晒して地べたをごろごろ寝転がったり(下着が見えるからやめて……)、うつ伏せになって背筋を伸ばして、木製の壁で爪とぎを始めるカラカル。正座をして顔を伏せているキリン。待合所ベンチの下にもぐっているアードウルフ。待合室の屋根の上に、優雅に直立して休むヘビクイワシ。
「も、もしかして……この『小さな家』の使い方、間違ってますか? ハナコ先生?」
「い、いやあ……『家』は、好き好きに楽な格好をしてくつろぐ場所ですから……」
「そうですよね~。これなんか、まさしく『止まり木』にピッタリでありましょう。わたくし巣はやっぱり、木の上じゃないと落ち着かないですから~。ここはちょっと低すぎですけど~」
それにしてもフレンズ達を観察すると、私よりだいぶ疲労している。まるでイヌのように口から舌を出して、はぁはぁと荒い息をしている……。彼女たちの顔を見ると、あまり汗をかいていないようだ。
もしかして、フレンズ達は高温の条件下では、発汗能力や体温調節がヒトより劣るのかもしれない。
彼女たちは短距離においてはヒトよりも格段に速いが、長距離移動となると、ウマ以上の能力のあるヒトに軍配が上がるというわけか……?
「ああ~、アタシつかれた~。『せんとう』って水場の一種でしょ。早くお水をたくさん飲みたいわね」
「ハナコ、あなたの『ちず』を見せてよ……よく分からないけど、ここからもうちょっとなのかしら? ……う~ん、私はあまり水を飲まないけど、こう熱いとのどが渇いて……灰色の『のうさいぼう』が働かないわね~」
「今は『大乾季』だから、ガマンですよ。わたくし、『かれんだー』をつけてますが、もう少しで『大雨季』になりましょう」
「雨季になると、おいしいシロアリが湧いてくるんですよね~」
フレンズ達はすっかりお昼休みの休憩ムードだ。
「むむ! 向こうで足音! それに、風が吹いてけものの臭い!」
「この足音の響きかた、体の重さ……ふたつあし! ……フレンズですね!」
地面に寝転がってだらだらしていたカラカルとアードウルフだが……突然、その大きな耳を動かし始める――鋭敏な聴覚で何かの動きを察知したようだ。鼻で嗅いで、風で流れてくる臭いのもとを探っている。
「むこうの『しぇるたー』のそば! あの土のもりあがった穴はそう言うらしいですけど!」
「ハナコの『ばいく』のそばに、レイヨウのフレンズがいるわ! 行ってみましょう!」
ヘビクイワシとキリンが、その優れた視覚を駆使して遠くの様子を伝える。
フレンズたちはまるで、野生の世界に暮らす現地部族の戦士たち……あるいは、高度な視聴覚訓練をうけた軍人……いや、それ以上だろうか……。
彼女たちは、人間のような知識こそ無いものの、その動物由来の生存能力……鋭い五感の知覚力や警戒心においては、ヒトの私をはるかに凌駕する生物なのだ。
そして……。
「ごるぁー!! もう逃げられないわよ!! ぬすみはんにん! 『ごーとーさつじん』の『げんこーはん』で、『ひぎしゃ』かくほーっ!! こっそりモノをぬすむなんて、力づくでうばうより重罪よっ!!」
ある程度距離をつめてから、キリンが猛ダッシュでその問題の犯人?の前に踊り出る。レイヨウ特有の俊足と警戒心を併せ持つ
……話は変わるがキリン、あなたの言動……どっから突っ込めばいいんだ?
べつに、それ私のバイクじゃないし……むしろ、私のほうがあの夜に、盗んだバイクで走り出した窃盗犯だし……。
そう、窃盗だからね、これ。今あなた「強盗殺人」とかパークらしくない言葉使っただろ。
あと、強盗が窃盗より重罪とかワケの分から法律を……いや、確か中世ヨーロッパの裁判では、堂々と暴力で襲撃するほうが、所有者の不在時に卑怯に盗むより罪が軽かったような……。
それに、だいたいなぁ……出発するときにヘビクイワシさんが言ってた財産共有の概念とムジュンしている! ……まあ、それはフレンズの習性によっても考え方が違いそうだし……そもそも、キリンがはた目に見ても、ちょっと変わったフレンズだから――。
「うもーっ!! ばりつさくれつ!! ちんみょうにおはなにつけいっ!!」
訂正。
ちょっとどころじゃねえぞ、この子。
「何すんだっ、このっ!! 痛いだろっ!! やめろよっ、お前っ!!」と、
赤茶けて乾いた地面の上で土ぼこりを巻き上げ、密着して取っ組み合うふたりのフレンズ。探偵キリンによる壮絶な逮捕劇……っていうか、二人とも可愛いし、くんずほぐれつって感じ?
そのレイヨウの
め、目のやり場を移そう……。
被疑者は、前髪を左右に分けた広いおでこに、白いバンドのゴーグルを身につけている。頭上近い高度からの太陽光線で、黒いレンズがぴかぴかと反射する。
頭の上には、ふたつの耳がついていて、興奮して上向きになっている。……加えて、ウシ科特有の枝分かれしない竪琴状のツノ――それにそっくりの黒い髪の毛が二本、頭上で激しく揺れている。セミロングの茶髪の上部の一部を、後頭部の高い位置で結っていて……上品ながらアクティブな印象を受ける。
ライダースーツの下部、腰のあたりはスカート状になっており、さらに太ももの内側の部分には穴が空いていて……股関節付近の地肌が露出したデザイン……。
い、いかん……やっぱり興奮してきた……。だ、ダメだ、大好きな
仏道の功徳よ、邪念を祓いたまえ!! ぼんのーむじんせーがんだん……。
「キリンって、いつもああなのよねー」
「やはり、キリン特有の高血圧が原因なのでありましょう」
カラカルとヘビクイワシは呆れた様子で遠目に眺めているのみ。
「や、やめてください、らんぼうは……! きゃっ!」
「じゃましないで、アードウルフ! こーむしっこーぼーがい!」
アードウルフが止めに入るが、キリンの馬鹿力で外へ弾かれてしまっている。
「オ、オレが何したって言うんだよ!! オレはただ、このバイクを……」
「推理しなくても、げんこうはんたいほ! バイクぬすみ犯人め!!」
……あれ、あのレイヨウの子、今「バイク」って言ってたな……。そういう文明的なものを知っているのか……?
そんなことを考えている場合ではないな……。どうやら私の置いたオートバイがトラブルを招いたらしい、私がことを仲裁するのがスジというものだろう。絡む相手がキリンなので、あまり気が進まないのだけれど……。
「キリン! いいから落ち着け!」
私はキリンに叫ぶが、とうの相手は興奮状態で……うもう!うもう!と、ウシのような叫び声を出すばかりで話を聞こうともしない。
これでは
では……貴重な弾薬を消費してしまうが……この方法しか……。キリンはアホだから、このままだと相手の子がケガしかないし……。暴力で脅迫なんて、気は進まないが……仕方がない……。
ぱん……。
鮮やかな青い空に乾いた音が響き渡り、空薬莢が砂の中に落ち、銃口から硝煙が立ち昇った……。
あのセルリアンとの戦いの夜、まさしく問題のバイクから見つけた例の拳銃――安全装置が無い拳銃なので、平時は薬室をカラにして携帯している――スライドを引いて初弾を装填してから、威嚇のため近くの地面に向けて一発、発砲したというわけだ。
だが、やむを得ず行ったこの威嚇射撃は効果的……すぎるほどで、フレンズ全員が頭をかかえてその場に伏せてしまったほどだった……。
「ハ、ハナコっ!! ビックリさせないでよっ、もうっ!!」
「『じゅう』を使うなら、そう言ってくださいっ!!」
しゃがんだ姿勢のままのカラカルとアードウルフが、震えながら怒っている。
「ご、ごめん……そこまで驚くなんて、思ってなくて……みんな、セルリアンとの戦いでは平気そうだったし……」
「それはですね……あの時は、ハナコ先生が前もって『じゅう』を使うのをフレンズに説明していたし、使った場所が遠くだったからですよ……」とヘビクイワシが、全身を地べたに屈みこんだ姿勢のまま、頭だけこちらに向けて説明する。
「今みたいに急に近くで使われると、大きな光と音でフレンズはびっくりするのです。ヒトの道具だから、ハナコ先生は大丈夫でありましょうが……」
「ご、ごめんなさいっ!」
とばっちりで驚かせたフレンズには悪いことをしたが、おかげで暴走キリンも落ち着いて……被疑者と仲良く抱き合っているではないか。結果的には、最も平和的な騒動の納め方だったのではないだろうか?
「ば、バカッ!! 何よアレっ!! お、おしっこ、チビっちゃうところだったわよっ!!」
「ツノが生えるほど怒ってるね……元からだけど。いきなり撃った私も悪いけど、もとはキリンが乱暴するから悪いんだからね。『疑わしきは罰せず』ってのは
「ぐっ……わ、私はハナコの……盗まれたばいくを……とっ……とり、取り返したく……て……うもぉーんっ! うもーおおんっ!」
キリンが泣き出してしまった。
「私のためにしてくれたのはありがたいけど……でもだからって、ああやっていきなり乱暴するのははダメだよ」
いきなり銃ぶっぱなした奴の説教だから、説得力皆無だけど……。
即時判断で撃っちゃったけど、「銃で動物たちを脅して言うことを聞かせる」って、考えるとこれほど酷い話は無いよな……ううう……罪悪感が……。みんな、そんなに気にしている様子ではないけど……。
「あの、みんな、ごめんなさい……。私、みんなの気持ちを考えないで、軽い気持ちで銃を……」
「ん? そーよ、ビックリしたじゃない。今度から、使う時は使うって、前もって言ってよね」と軽い調子で返事するカラカル。
「ハナコ先生、どうやら、もう一回『じゅう』で、キリンさんをおどかした方が良さそうですよ。そうでもしないと、あの子、泣き止まないでありましょう」
「うももももーっ!!」
確かに……どこにそんなに水分があるのか、とばかりにいつまでも泣き続けるキリン……。
「まあまあ、落ち着けって。人のものを勝手に触ってたオレも悪いんだからさ……腹減ったろ? ほら、ジャパリまんでも食うか?」
「うもももーっん! ぐすっ! もぐもぐもぐ!」
レイヨウの子がキリンを……つまり犯人が探偵を慰めている! どういう状況……?
泣きながら食べるジャパリまんはカツ丼味か……?
それからしばらくして、キリンが落ち着いた後、レイヨウの子が自己紹介してきた。
「よっ! オレは『ヒロラ』ってんだ、よろしくな! お前、ハナコって呼ばれてたっけ……これ、ヒトのお前のバイクか?」
レイヨウのフレンズ、ヒロラがそう男性的な口調で喋りかける。
そのぴっちりしたライダースーツごしに、とても女性的な体型をしていることが分かるのだが……中身の方は、だいぶ男性的な性格らしい。
「……いえ、私のモノってわけじゃないんですけど……さっきのは、このキリンの子の勘違いで……」
「ふーん、そうなのか。まあでも、前までアンタが使ってたモノらしいから、頼むけどさ……このバイク、オレにゆずってくれないか?」
なんと、これは予想外な展開……!
ともかく私は、ヒロラに単車を欲しがる理由を聞いてみた。
「たいした意味はないんだけどさ……オレのこのカラダの毛皮とか、頭のコレ……『ばいくすーつ』だとか『ごーぐる』って言って、バイクに乗るヒトの格好に似ているって、博士に前に言われてな……。いろいろ調べてもらったけど、バイクって、レイヨウみたいに地面を走って……『オレの仲間』みたいなもんだろ……?」
ヒロラはそこで話を一旦止めると、サバンナの遠くのほうを指して、再び喋り始める。
「オレ、フレンズになってからも、親父やお袋と他の仲間のいる群れの中で、あちこち移動しながら一緒に暮らしてたんだけど……ついこの前、ほかの皆は、病気になって死んじゃったんだ……。食べた草が悪かったのか、吸った空気が悪かったのか、フレンズのオレだけは大丈夫だったんだけどさ……」
「そうですか……そんなご不幸が……」
……言葉に詰まる……。彼女にどういう言葉をかければいいのだろうか。ヒト同士の「ご愁傷様でございます」「お悔やみ申し上げます」……といった弔辞の挨拶は、ジャパリパークでは場違いに思えてならない……。
「あっ、ゴメンな~。暗い話をしちまって。……それでさ、オレ、今までさばんなちほーで、ヒロラの他の群れを見たことがなくって……これでパークで独りぼっちなのかなあ……って思って……。家族も親戚もみんな死んじまったし、前から気になってた『バイク』を探そうと決めたんだ」
あっけらかんとした明るい口調で話し続けるヒロラ。
……さらに暗い話になってきたぞ。
家族の全滅……。そして、自分以外の種の絶滅……!?
ますますどう話せばいいか分からないじゃないか……。
ほかのフレンズも気まずそうな顔をしている……。
「しばらく、さばんなちほーを歩き回って、『オレの仲間』のバイクを探してたんだけど……。で、これを見つけて……思わず近寄って触ってたんだけど……。バイクって、固くて冷たいんだな、ツノやヒヅメや骨みたいに。……絵で見ただけだけど、もっとふさふさしてて、柔らかくて温かいのかと思ってた」
「ゴメン……長々話したけど、ほんと、たいした理由じゃないんだ。オレの勝手な思い込みなんだ。……バカバカしい、って思ったろ? ゴメンな……」
自嘲気味……とまではいかない調子だが……気恥ずかしそうに……そして寂しそうに……単車のシートに目を落とすヒロラ。
「そ、そんなことないっ! このバイク、私はいらないしヒロラさんにあげるよっ!」
「ええっ! いいのかコレ、お前の大事なバイクじゃないのか?」
「いや、私のモノじゃなくて、拾ったモノだしっ! ……でも、バッテリーが切れてて動かないんです」
「『ばってり』ってのは、オレも調べたことがあるが……『でんち』のコトだな。『でんち』は、どうにかして中身をためてから使うらしいけど……」と、ヒロラが言う。やはり彼女は、ある程度バイク関連の知識を持っているらしい。
「電池の電気をためる――それは『じゅうでん』ですね。『じゅうでん』のための『きかい』が、パークのどこかにあるらしいですが、わたくしもどういうものかは分かりません……」
ヘビクイワシが説明する。
電池の充電装置か……それっぽいのは、私も見かけた覚えが無いけど……。とりあえず、このバイクのバッテリーは……前面部にそれらしきモノが……。
私は、ヒョウ柄オートバイ前面の、ヒョウの鼻っ面にあたる部分の「取っ手」に手をかけてみる。
「この部分が取り外せそうです……お! 取れた!」
引っ張ると……丸みを帯びた三角柱状のバッテリーが簡単に取り外せた。
「これが入りそうな形をしていたら、多分それが『充電装置』だと思いますよ」と、ヒロラに教える。
「おおう! 何から何までありがとうなー! ……あの、お礼と言っちゃ何だけどさ。もしバイクが壊れてたら直せるように、『こうぐ』を、『こうぐばこ』に集めたんだけど……好きなのを持って行ってくれよ! 使い方は、どれも分かんないんだけどさ!」
そう言ってヒロラは足元に置いてあった「こうぐばこ」――
取っ手付きのバスケット……
彼女はその「こうぐばこ」から「こうぐ」を取り出す……。もっとも、人間の視点では「修理用工具」に分類されないものばかりだが……。
潰れたアルマイトのコップ、プラスチック製スプーン、コンビーフの巻取り鍵、「ジャパリソーダ」の空き缶、金属製トング、ピンセット、ヘッドがボロボロの歯ブラシ、耳かき、ブリキ製のちりとり、曲がった安全ピン、レンズが無い虫メガネ、雲形定規、ハンドグリッパー、刃が引っ込むおもちゃのナイフ、麻雀の点棒、トラックに変形するロボット人形、紫色の馬のおもちゃ、電池が液漏れした白黒液晶の携帯ゲーム機、何かの接続用ケーブル、やたらと大きな釘、水道の蛇口……。
フレンズ判断で工具に見えるものを適当に集めたのだろう―――いや、あからさまに違うものも混じっているけど――ほとんどはガラクタばかりだが、中には私の注意を惹くものが混じっていた……!
拳銃とその弾丸っ! 本物だッ!
「こ、これ!? どこでこんなものを!?」
私は慎重にその旧式の回転式拳銃を手に取り、ヒロラに尋ねる。
「……どこで?って……その辺で。場所なんて、いちいち覚えてないから、忘れたよ」
そんなに驚いてどうしたんだ?とばかりに、平然と答えるヒロラ。
……その辺でってことはないだろう!?
「ほしいのか、それ? バイクの代わりにやるよ」
「えっ!? そのバイクとこの拳銃を交換……!?」
「う~ん、大きいバイクとそんな小さいものじゃあ、やっぱりワリに合わないよな……」
「い、いやっ、そうじゃなくてっ! すごいモノですよコレっ! もらえるなら、ありがたくもらいますけどっ!」
「ん? そーなんか? あげるのがそんなもので、すまんけどな」
そういうわけで、私の「サイドカー付きバイク」を、ヒロラの「サイレンサー付きリボルバー」(+その他工具)とを、物々交換したのだった……。
「世話になったな。ありがとうよー」そう言って、バイクを押して歩いていくヒロラ。パークを旅して「バッテリー充電器」を探して充電してから、乗り方は自分で練習すると言っている。
「バイク……私の仲間は、けっこう重いなあ。私の倍くらい重かった親父やお袋より重い……みんな最後は、簡単に持ち上げられるほど軽くなっちゃったけど……ああ、こいつは本当に重いなあ。一緒にサバンナを走れたら、すごく気持ちいいだろうなあ……それじゃーなー!」
バイクと一緒に、ヒロラはサバンナの遠くのイネ科植物の枯草に混じって消えて、そして見えなくなった。
私は交換してもらった銃をよく調べる。
うーん……七発装弾で、
確かこの銃は、帝政ロシア時代に採用されて……21世紀の初めまでは、ロシア連邦の司法省や郵便局で現役で使われていたと聞く……。
調べると、設計こそ骨董品並みの旧式だが、金属疲労もほとんどなく製造じたいはかなり新しいものだ……。
つんつん。
……フレンズが、銃を調べる私の背中を指でつついている。
振り向くと、アードウルフだった。
「どうしたの、アードウルフさん?」
「ハナコさん、交換してもらったそれ『じゅう』でしょう? わたしにください!」
またも予想外の展開に私は言葉を失い……そして数秒ののちに、失った言葉を取り戻した私は、力強く返答する。
「ダメ」
「わたしも『ばんばん』ってカッコよくしたいんですっ! なんでダメなんですか!?」
「なんでもダメ」
「納得いかないっ!」
「いいから、ダメなんです」
「理由を聞かせて下さいっ!」
「……19世紀末に設計された前時代的なこの銃は安全対策が乏しく、
「だあぁっ!! むずかしいコト言ってごまかさないで!! わたしに分かるように理由を聞かせて下さいっ!」
くそぉ~、女の子はワガママだなぁ……。
「よーするに、キケンだからダメ。フレンズの手には渡せない」
「ハナコさんだってフレンズでしょ!?」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「じゃあ、もうひとつのほうの『じゅう』をちょうだい!」
「ダメ。あっちだってキケンなのは同じだから」
「けち!」
「……だいたい、さっき私が銃を撃った時、アードウルフさん怖がってたでしょ?」
「だいじょぶだもん! へいきだもん! うわああん!」
ああもう、ああいえばこう言う……。
これだから、女の子の取り扱いは難しくて困るよ……。
……あれ? そういえば、私も一応女の子だったっけ……忘れてたけど……。
今回の目的地の「銭湯」では、それを否応なく認知させられるわけだが……。
「わとそん! わとそんの!」
キリンが銃のことを指して言う。
……どういう意味だ?
……ああ、シャーロック・ホームズ譚では、ホームズよりワトソンのほうが頻繁に拳銃を使ってるから、多分そういう意味で言ってるのか?
「『じゅう』って、どーゆー仕組みなんでありましょうか、コレ?」
うわあああッ!!
やめてぇっ!!
銃口を覗かないでちょうだい!! ヘビクイワシさん!!
「ちょうだい! ちょうだい! うわあぁーん!」
「ダメよ! フレンズなんだから、ガマンしなさい!」
アードウルフさん、いいかげんにしなさい!
「あはは……なんだか全然分からんけど……おもしろ!」
カラカルが笑う。
もう! ちっともおもろないわい!
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