9話 準備
内戦が終わってから一週間は忙しい毎日だった。
取材が幾重にも重なったスケジュール表を見るたびに憂鬱になっていたがそれも一週間を過ぎればその数はめっきり減った。
ウルマニスの指示によって編成された第一旅団は解散し、戦車小隊も旅団直轄から自動車化中
隊直轄へと復帰した。
「忙しいのも嫌だけれど、暇すぎるのも困りものね」
私は自室でコーヒーを飲みながら悪態をつく。
大尉に任命されたが、特に変化があるわけでもなく小隊長として日々の生活を漫然を過ごしている。
というのも砲弾と燃料の不足からしばしの間は訓練を停止してくれとの達しがあったためにやることといえば今日のようにコーヒーを飲むくらいのことしかない。
「じゃぁお出かけでもする?」
ベッドに腰かけたリマイナは足をふらふらさせながらこう尋ねてきた。
私はそれに溜息を吐いて「遠慮しとくわ」と返す。
彼女と買い物に行った日には荷物持ちをさせられるのが目に見えているのだ。
軍人であるというのに荷物の量は膨大でそのほとんどが私服で占められている。
一体その私服は何に使うのだろうかと思わなくもないが、聞いてはいけないことなのかもしれない。
ただ、リマイナはよく街に繰り出しているのでそのために服を買いそろえているのかもしれない。
故郷も近いそうだし。
私がリマイナと談笑していると不意に扉がノックされた。
「小隊長、ウルマニス閣下がお見えです」
外から女性の声が届く。
私たちの部屋があるのは簡易的に設けられた女性司厨員用の宿舎で、今回呼びに来たのも伝令を受け取った司厨員だろう。
「ん。解ったわ、今行くと伝えて」
今回のようなことは珍しいことではない。
この一週間は取材に対して合同で応じたり、または取材へどのような受け答えをしたかという報告書を提出しなければならない。
「じゃぁ、行ってくるわね」
私はそう言って戸を開ける。
「行ってらっしゃい!」
リマイナの元気な声に背中をおされて私はウルマニスのまつ面会室へと向かった。
「遅れて申し訳ありません」
ウルマニスと机を挟んで反対側に座る。
するとウルマニスは少し困ったような顔をして「そんなに遅れていないから大丈夫だよ」と柔和な笑みを浮かべて歓迎した。
「それで、今回はどのようなご用件で?」
もうすでに主要なメディアの取材は受けつくしたものの週一で取材が入っているが、それも今日ではなく昨日のことだ。
「いやなに。ただの雑談をしに来ただけだよ」
不可解なことを言う、と率直に思った。
イェルカヴァと首都は離れており、多忙の身であるウルマニスがただの雑談をしに来るなどまさに不可解なのだ。
「貴重なオフに申し訳ないのだが、少しは爺の雑談に付き合ってもらえないか?」
いろいろ言いたいことはあった。
が、それを押しとどめて「もちろんですとも」と笑顔で返す。
するとウルマニスは「これは単なる妄言とでも考えてくれて構わないのだが――」とある『計画』について語り始めた。
「それは……真ですか?」
私の問いにウルマニスは口角を上げて笑う。
「単なる疑問だよ」
「…………」
答えに窮する。
ウルマニスの問いにどうこたえるべきなのだろうか。
ここでの返答が大きな歴史の流れを作る気がする。
誤ってしまえば……。
否、迷いは捨てろ。
大胆に答えればそれでいい。
冷静な答えは参謀が幾度となく出している。
そのうえで彼は聞いているのだ。
私という一人の軍人に。
『現在のラトーニャ陸軍で二方面作戦はできるのか』と。
そして
『なおかつ敵を圧倒することはできるのか』と。
答えは簡単だ。
「できるかできないかではありません」
ウルマニスを正面から見つめ、大胆に答える。
「すべて実行に移し、そして――」
この時、歴史の歯車のうち一つが突然――
「必ず成功を収めます」
逆回転を始めた。
私の答えに満足したのだろうか、ウルマニスは「解った」とだけ言いってまた首都へと戻っていった。
彼が語った内容は極めて特質であり、機密性が高いと思われる。
ラトーニャの北部と南部にはそれぞれ小国が一つずつある。
北部にはエストーニャ。南部にはリトーニャという国が存在し、エストーニャはラトーニャの半分程度、リトーニャは同等といった国力をゆうし、両国を併せれば我が国の1,5倍程度の国力があり、その二国を同時に相手取るのでさえ難しいのに勝利しなければならず、あまつさえ列強の介入を許さぬほど素早く攻め落とせと言われたのだ。
戦史に詳しい人間ならば『不可能』と答えるだろうが、今現在国力を拡張するためにはこうするしかない。
私がウルマニスに提唱した第二次世界大戦論は私の知る歴史をなぞったもので彼と私しか知らないものではあるが、ウルマニスは受け入れている。
私と彼の見解は一致しているのだ。
一刻も早く国力を増強させ、来るべき戦争に備えるべきだ。
後日、正式な指令がウルマニスから届いた。
自動車化中隊を増強し大隊規模とすること、戦車小隊も同じく増強し中隊規模となること。
定員不足に関しては騎兵からの転属と士官学校からの新入隊員で補えとのことだった。
後日、首都から中央施設大隊が臨着し、基地設備の増強が始まった。
訓練の回数を減らし、なるべく多くの人員を施設大隊に派遣することによってその工期を短縮させた。
秋になるころには兵舎が完成し、演習場も残り数割と順調に工事は進んでいった。
また、冬の終わりになると新規隊員の名簿と配属通知、戦車の授与が行われた。
春、士官学校で学び終えた新任士官たちが入隊すると同時に他の部隊からも人員が転属してきた。
1935年4月。
内戦からおおよそ一年が経過したこの日戦車中隊への中隊旗授与が行われ、式典は順調に進む中、中隊長訓示が来た。
あまり多くない私の出番の一つで、ここでミスを犯すと一生ついてくる。
私は気を引き締めて中隊員の前に登壇した。
「諸君、ようこそ。我が国で最も先進的で先鋭的な部隊へ。歓迎しよう。諸君らは聞かずとも今まで過酷な訓練や任務に就いてきただろう」
士官学校の訓練は過酷であり騎兵部隊の任務は治安維持など精神的に来る任務ばかり。
それらを経験した彼らは大きな自負を抱いているだろう。
「しかし、君たちが経験してきたものはわが部隊では日常である。貴様らの非日常は我々の日常である。わが部隊はラトーニャにおける尖兵である、一番槍である」
幾度か同じことを繰り返し、思考に刷り込む。
「貴様らがこれから乗るのは鉄の箱だ。それをただの棺にするか、歩兵と共に進み兄弟仲力を持って敵の陣地を破砕する戦象とするかは貴様らしだいだ」
新任士官が息をのんでいるのが見える。
「だが努々忘れるなよ。貴様らの背後にはラトーニャ全国民の命がかかっているのだ。我々第一戦車中隊が壊滅するとき我が国がつぶれるときだと思え」
わが部隊がいなくなればラトーニャは攻撃力を失うだろう。
つまり、中隊の運命=国家の運命なのだ。
それを理解してもらいたい。
「以上だ。諸君らの愛国心を私は信ずる」
そういって降壇した。
私の去り際、何処からか「ラトーニャ万歳」と聞こえ、それが次々に波紋していった。
私は確信した。
この戦争、我々は生き残れる。と。
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